【衝撃】普通の大学生がサーカスで学んだ「限界の超え方」がヤバ過ぎた / 木下サーカスの思い出:第7回

世界一のサーカスをめざし、ごく普通の大学生が木下大サーカスに入団。「旅は若いうちに」とはよく言うが、たった2年で横浜、鶴見緑地、岸和田、高松、沖縄、調布、新潟、柏、そして気づけば京都である。

そんな旅の途中でスターの血を引く15歳の彰吾 & 夜の街から飛び込んできた怪人物・マ〜シ〜が仲間入り……ここまで刺激が過剰だと落ち着いて仕事などしていられない。言うまでもなく、その後もヤバい展開が待っていた。

・サーカスについてくるパターン

高崎公演のアルバイト・マ〜シ〜が “サーカス社員寮” であるコンテナハウスに空きが出るのを待って……2年越しで入団

アルバイトとして雇われた子がサーカスに憧れ、または芸人に恋をして次の公演地までついてくるパターンは意外と多い。そのままサーカスに入団するケースだってある。

マ〜シ〜は高崎公演の約2カ月間、接客とピンスポット(照明)を担当。目の前で繰り広げられるダイナミックなパフォーマンス、割れんばかりの歓声と拍手……その熱量を全身で浴びて、体操経験バリバリの彼がサーカスにハマらないわけがなかった

・勧誘

そんな彼を「サーカスに入れよ」と誘ったのが高岡さん(現在も空中ブランコ等で活躍)である。熊本県出身の高岡さんは高校卒業後に木下サーカスに入団。

新体操で鍛えた運動能力を武器に、20代前半にしてオープニングショーの “バク転マン” (アクロバット)などに出演していた。

キャプテンシーが抜群の彼は、個性派集団を1つに束ねる若手リーダー。曲がったことが嫌いで、理不尽と見れば先輩相手でも容赦なく筋を通す男気の持ち主である。

そんでもって酒はめっぽう強く、話もうまい。ロシア人団員とコミュニケーションを取るために短期間でロシア語までマスターしてしまう行動力もある。情熱的でとにかく熱い。後輩からすると頼もしさしかない男の中の男だ。

一言でいえば、市原隼人さん的存在。年下(私の3つ、マ〜シ〜の4つ下)とは思えない先輩オーラを常にまとっていた。

そのカリスマは街でも通用する。新潟公演の夜、ふらっと入ったバーで、ママが高岡さんに一瞬で惚れてしまい「今度オープンするお店をあなたに任せたい」と本気のトーンで口説いたほど。

ただ、そんなカリスマにも素顔がある。なぜか部屋はいつも開けっぱなし。中をのぞくと『ビー・バップ・ハイスクール』を見ながら鏡の前でヘアスプレーを連射……前髪は常にガチガチ。厳しさと昭和ヤンキー美学を併せ持つ “前髪職人” だった。

・高岡教室

サーカス団員らしい毎日がいきなり始まった。マ〜シ〜の入団が引き金だった。「せっかくだから3人まとめて鍛えるか」と鬼軍曹・高岡。現役団員の間で今も語り継がれる “高岡教室” の始まりである。

舞台志望のマ〜シ〜(26)と彰吾(15)に加え、なぜか裏方の私(25)まで召集されるハメに……ここから運命の歯車が回り出す。

仕事終わりの夜、テントが無人になると舞台が道場に変わった。練習生の3人が体操マットを並べて先生を待っていると……ジャージ姿の高岡さんが登場。

高岡教室へようこそ、新人諸君」と、鬼軍曹はサーカス・ショーの司会者風の大袈裟な挨拶をした。いや、どこかの宗教の教祖様と言った方が正しいかもしれない。

最初の練習メニューは前転・後転……と、まるで小学生の体育の授業である。ただし「でんぐり返しかよ!」などと口にできる雰囲気ではない。

号令とともに前転を永遠にくり返す。どの芸でも姿勢の美しさが大事。失敗してもきれいに演技するため、基礎から徹底的に。汗がマットにじわりと染み込む。

体操経験のあるマ〜シ〜は、くるっときれいに回って真っ直ぐ進む。一方で私と彰吾は回るたびに軸がぶれる。だんだん進路が少しずつ斜めに……最終的にはコースアウト、体操マットからごろんと転がり落ちる。クソッ。

そして柔軟、筋トレと続く。股割り、腕立て、2人1組の手押し車、仰向けに寝て脚を上下するレッグトス(腹筋)、ロープ登りなどを終わりの合図もなく延々とくり返す。回数は告げられず、タイムもない。限界がわからないまま限界を超えさせるやり方だ

悲鳴を上げると「これで頑張ってるつもりだと?」と、鬼軍曹のひと言が低く突き刺さる。気づけば飲み帰りの先輩まで客席から見学……叱咤と監視の二重苦の中、心身の限界値は毎晩更新される。(現在は練習内容が異なりますので安心してください)

・勇気と情熱が試される

約3カ月後に名門大学の体操部キャプテンが鳴り物入りで入団した。仁王像みたいな胸板と肩をしていたが、練習の “濃度” に耐えられなかったのか3カ月も経たずに姿を消した

もしかしたら私たちのレベルの低さにドン引きして、練習に付き合っていられなくなったのかもしれない……残ったのは大きすぎた期待だけ。去る者は追わず

夢と覚悟を言葉で交わし、練習が終わっても熱は冷めず、余ったパワーでそのまま相撲・柔道対決へ……ここでは運動能力以上に困難に立ち向かう勇気が磨かれ、そして毎晩容赦無く試される。

そんなガチンコファイトクラブさながらの夜を重ね、我々は心身ともにサーカス団員として磨かれていくのだった

・木下サーカスは名古屋市で公演中

というわけで今回はここまで。現在、木下大サーカスは愛知県名古屋市の「白川公園」で公演中だ。名古屋公演は10月27日までなので、お近くの方はぜひ足を運んで生のサーカスを楽しんでみてほしい。

参考リンク:木下サーカス 執筆:砂子間正貫 Photo:RocketNews24.

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