【コラム】移民やビザ巡るトランプ氏の二枚舌、米経済に打撃-ロペス
トランプ米大統領が掲げる移民受け入れ削減の公約は、製造業や投資を呼び込み米経済を活性化させるというもう一つの目標と完全に矛盾している。両立は不可能なのだが、大統領はその点を理解していないように見える。
ここ数カ月、トランプ氏は移民を萎縮させる容赦ない強制送還と、影響を受ける産業に対する曖昧な例外措置の約束との間で揺れ動いてきた。明確な計画は一度も示されていない。政権が発する矛盾したシグナルは、企業と労働者の双方に耐え難い混乱をもたらし、米経済に悪影響を及ぼしている。
宿泊業、建設業、農業、製造業のいずれであっても、経済には豊富な労働力が不可欠だ。米国は高齢化が進む国であり、移民を締め出せば立ち行かなくなる。
この矛盾が鮮明になったのが、9月4日にジョージア州の現代自動車とLGエナジー・ソリューションの合弁電池工場で行われた摘発だ。約500人が拘束され、その中には数百人の韓国人技術者が含まれていた。この事案は外交問題に発展し、韓国側では「国辱」との声も上がった。韓国政府は人権侵害の可能性について独自調査に着手し、大統領は今後の投資を継続すべきか疑問を呈している。
これを受け、トランプ氏や政権幹部はようやく強い衝撃を受けたようだ。トランプ氏は最近のトゥルース・ソーシャルへの投稿で懇願にも近い調子となり、「外国や外国企業による対米投資を追い払ったり、やる気をそいだりしたくはない。彼らもその従業員も歓迎するし、そこから学ぶ用意があると誇りを持って言える」と述べた。その後、ランドー国務副長官がソウルを訪問し、このメッセージを直接伝えた。
ジョージア州での摘発は、政権が相反する政策を同時に進めていることを示す実例に他ならない。疑問なのは、移民税関捜査局(ICE)が企業関係者や従業員と協力し、特定目的で一時的に滞在していた就労者のビザ問題を解決する道はなかったのかという点だ。あえて「揚げ足取り」のような摘発に踏み切る必要はなかったはずだ。ジョージア州と韓国は数十年にわたりビジネス上のパートナー関係を築いており、電池工場は双方にとって戦略的に重要なプロジェクトだ。これまでの歴代米政権であれば、大げさな騒動にせず問題を解決していただろう。しかし、トランプ政権にはそうした発想がなかったようだ。
問題は対米投資にとどまらない。移民労働力に依存する米国企業は、深刻な人手不足に直面している。
トランプ氏は6月の時点で、農場やホテルなど特定業種で移民が働けるようになる「一時パス」の導入を示唆していた。その際、同氏は臆面もなく「私は両方の立場にある。史上最強の移民規制派であると同時に、史上最強の農業支持者でもある」と語った(ワシントン・ポストやニューヨーク・タイムズの報道によれば、トランプ・オーガニゼーションは過去にホテル、ゴルフ場、ワイナリーなど十数カ所の施設で不法移民を雇用していた)。
19日にトランプ氏が突如発表したH-1Bビザに対する新たな措置で、混乱はさらに拡大した。専門技術を持つ外国人向けの同制度を見直し、申請に10万ドル(約1480万円)の手数料を課すというものだ。H-1Bビザを取得した就労者はITやエンジニアリングをはじめ多くの業界で活躍しており、企業側には激震が走った。いつものようにトランプ政権は週末を費やし、釈明や修正に追われた。
大量送還やその他の規制は萎縮効果をもたらし、景気減速の一因となっている。米労働省の非農業部門雇用データを分析したピーターソン国際経済研究所は、2025年の建設業、ホテル、外食、在宅介護分野での雇用増加が横ばいにとどまっていると指摘した。それまで非正規移民に依存してきた業種の雇用は、民間部門全体と同じ歩調で増加していた。
同研究所はさらに、トランプ氏が掲げた「不法移民を取り締まれば米国人労働者の雇用が増える」との公約は、いまだ実現していないと結論づけた。移民の減少は、米国生まれの労働者の雇用を押し上げることにはつながっていない。
パウエル連邦準備制度理事会(FRB)議長は先週、トランプ氏による移民制限と景気の減速を直接結び付けた。雇用が低迷した理由を問われたパウエル氏は「主に移民の変化によるものだ。労働供給の伸びはほとんど、あるいは全くない」と答えた。米議会予算局(CBO)は、2029年までに29万人の移民が国外退去となり、労働力人口が縮小し、国内総生産(GDP)成長に影響を及ぼすと試算している。
トランプ氏が取れる現実的な手段はいくつかある。まずは、これまで一貫して避けてきた議会との交渉に踏み出し、米国が必要とする移民の合法的な受け入れの枠組みを整備することだ。また、4月の閣議で言及したように、国土安全保障省に指示を出し、一時的な就労ビザを拡充・改善させることも可能だろう。移民論議を過激化させてきたスティーブン・ミラー大統領次席補佐官ら、政権内の強硬派の声を抑えることも選択肢となろう。
先週、トランプ氏は新たに市民権を取得した人々に向け、異例ともいえる歓迎と融和のメッセージを発した。「米国との神聖な絆を築いた」と称賛し、「我々の歴史はいまやあなた方の歴史だ」と強調。さらに、合衆国憲法は「あなた方が守り、尊び、敬うべきものだ」と呼びかけた。
立派で心を打つ言葉だ。しかし、具体的な行動と明確な方針を伴わなければ意味がない。移民はこれまでも、そして今も米国の生命線である。この国へ入るための合法的で尊厳ある手段を彼らに与え、企業には自社の労働者が正当に滞在できるという安心を与えるべきだ。
(パトリシア・ロペス氏はブルームバーグ・オピニオンの政治・政策担当コラムニストです。ミネアポリス・スター・トリビューン紙でシニア政治エディター・記者として働き、編集委員も務めました。このコラムの内容は、必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)
原題:Trump Wants It Both Ways on Illegal Immigration: Patricia Lopez(抜粋)