自然が六角形やらせんを繰り返すのはなぜか iPhoneカメラ開発責任者が撮った写真集

 ある肌寒い秋の朝、米国太平洋岸北西部でキャンプをしているとき、私(筆者であるフェリス・ジャブル氏)は浜辺を散歩した。立ち込める霧が景色の大部分を覆い隠していたため、面白い石や貝殻が見つかることを期待し、足元の砂をじっくり観察することにした。私の目を奪ったのは特定の物体ではなく、不思議な模様が織り成す風景だった。 ギャラリー:iPhoneカメラを率いる写真家が撮った、自然に秘められた「幾何学」 写真10点  月面のクレーターを思わせる小さな丸いくぼみの集合体、蜂の巣のような構造をした波の花(波打ち際の泡)が点在していた。砂に刻まれた細くうねる道、うどんのように盛り上がった砂の下のトンネルにも気づいた。  浜辺のあちこちにある山と谷は、まるでミニチュアの砂丘のようだった。ほかの場所は羽のような模様や波紋、あるいはシェブロン(山形模様)、放物線、三日月模様で覆われていた。一本の植物の周りに、完璧な同心円が描かれている場所もあった。  旅から戻った後、私はそこで目にした模様のことを考えずにいられなかった。複雑で美しく、明らかに偶然ではない形のことを。なぜそれらが存在するのか? どうやってできたのか? 私は調べ始めた。  波が打ち寄せては引く動きによって、ひし形波紋と呼ばれるV字模様が生まれることを知った。波が小石などの物体にぶつかると、その周囲の砂を削り取り、より鮮明な三日月形模様を形成する。風に乗った砂粒は、浜から跳ね上がり、再び浜に打ち付けられ、さらに多くの砂粒を空中に巻き上げる。そして、繰り返される粒子の動きが、自然に生じた尾根やくぼみを強調し、砂丘のようなひだをつくり出す。  巻貝のような動物は餌を探す際、砂の表面に道筋を残し、穴を掘る軟体動物は、曲がりくねったトンネルの網目をつくる。さらに、しっかり根を張った植物の茎を風が平らにしたりねじったりすると、まるでコンパスを操るかのように、砂に弧や円を描くことがある。浜辺に描かれていたのは、風、波、潮、そして生きものによって、秘密の言語で書かれたテキストだった。解読可能な言語だ。私が見たすべての模様はルーン文字だった。神秘的でありながら、意味に満ちていた。  海岸は、ジョン・マコーマック氏が自然の模様とその隠された意味を改めて実感した場所でもある。著名な写真家であり、自然保護活動家、そしてアップル社でiPhoneのカメラ・写真ソフトウェアの開発を統括するバイスプレジデントでもあるマコーマック氏は、安らぎと避難場所を求めて、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック初期、夫婦で米国カリフォルニア州に移り住んだ。毎晩、カメラを携えてアシロマ州立ビーチを訪れ、自然の「静かな調和」に魅了された。 「私が魅了されたのは、潮の満ち引き、光、石が組み合わさって消えゆく模様を生み出す小さな瞬間でした」とマコーマック氏は語る。「それは、ビーチの壮大な景色そのものよりはるかに興味深いものでした。私は以前から環境に強い関心を持っていました。それがきっかけで、自然界のパターンや構造を主題とする写真家になりました」  マコーマック氏は自身のアーカイブを振り返り、たとえ自覚していなかったとしても、自然のパターンが自身の構図を導いてきたことに気づいた。そこでマコーマック氏は、それらを意図的に撮影し、共通点を探求したいと考えた。ときには、隣家の裏庭で咲き誇るハイビスカスの花びらを観察したり、顕微鏡で宝石のようなプランクトンを撮影する方法を学んだりした。またあるときは、北極海の群島スバールバルまで足を運び、氷の洞窟が放つ幻想的な美しさを捉えた。  その成果が『Patterns: Art of the Natural World』だ。微生物から山脈に至るまで、あらゆるスケールで見られる興味深い「形」を紹介している。見事な写真のギャラリーを彩るのは、生物学者デヴィッド・ジョージ・ハスケル氏、ナショナル ジオグラフィックのエクスプローラー(探求者)であるウェイド・デービス氏、シルビア・アール氏といった著名な思想家や作家による瞑想(めいそう)的な短編エッセイだ。  自然が描き出す模様は、文字による記録が残るはるか以前から人類を魅了してきた。先史時代の洞窟壁画や貝の化石を中央に残した握斧(にぎりおの)がそれを物語る。哲学者や科学者は何千年もの間、それらについて考察を重ねてきた。人類の歴史の大部分において、稲妻や月の満ち欠け、動物の魅惑的な斑点や縞などの模様は、民間伝承やもっともらしい寓話によって説明されてきた。  現在、科学者たちはこれらの現象の解明においてかなりの進歩を遂げているが、依然として多くの謎が残されている。研究者は繰り返し、自然界の最も驚くべき複雑なパターンの背後には、秘密の論理が存在することを発見してきた。  自然界における対称性の象徴として最も愛されているものの一つ、雪の結晶を例にとってみよう。雪の結晶の魅惑的な美しさは、分子レベルで形づくられる。空気中の水分子が凍ると、水分子どうしが結びついて、まず六角形の氷の結晶が形成される。つまり、すべての雪の結晶は、浮遊する単純な六角形として始まるのだ。  六角形の結晶が空中を落下する際、水蒸気を取り込んで氷に変えながら、その大きさを増していく。結晶の突出した先端は空気中の水蒸気と接触しやすいため、その部分がより速く成長する傾向があり、しばしば細い突起が形成される。この突起が繰り返し分岐し、はるかに複雑な形状をつくり出す。  湿度や温度の微細な変動が、これらの枝の成長の仕方や雪の結晶の最終的な形を決定する。この過程は極めて可変的で、全く同じ雪の結晶が生まれる可能性は極めて低い。しかし、すべての雪の結晶は同じ物理法則に従い、同じ大気の過程から生まれ、同じ六角形を土台にしている。  六角形は、自然界で最も普遍的な模様の一つだ。ミツバチの巣、昆虫の目、カメの甲羅、パイナップルの皮、水晶、玄武岩の柱、水面に浮かぶせっけんの泡などに見られる。  六角形は空間を埋めるのに極めて効率的な形だ。平面を隙間なく埋め尽くせる同じ大きさの正多角形は、正方形、三角形、六角形の3つだけだ。この3つのなかで、六角形は円に最も近い形であり、周長が同じであれば最大の面積を囲む。つまり、最小限の材料で最大の面積を覆うことができる。また、六角形の角度は構造的安定性にも優れている。  葉や貝殻からハリケーンや銀河に至るまで、あらゆるものにフラクタル(拡大しても似た構造が現れる図形やパターン)やらせんが広く見られる背景には、同様の説明があると考えられる。川や稲妻は、どちらもその先で最も進みやすいところへ次々と伸びてゆくため、フラクタルな形状で枝分かれしていく。フラクタルは、ある空間を完全に埋め尽くさずに広がるときに優れているため、生体内で気体や液体を効率的に運ぶ分岐ネットワークとして特に有用だ。  同様に、らせんもまた、生物が効率を最大化するのに役立っているようだ。例えば、ヒマワリの中心で互いに交差するらせんは、小花や種子を最も効率的に配置することを可能にしていると考えられている。このように、際立った秩序と相互関係において、パターンは、自然にそもそも備わった詩情の表現と言える。 「自然の中に私が見ているものを見てほしかったのです」と、マコーマック氏は自身の新著について語る。「私が見ている驚異を人々の目の前に提示し、誰もが親しみやすい形でそれを伝えたかった。気取ったアートブックや教科書、学術書にはしたくありませんでした。この本は、私たちの惑星にささげる、私の視覚的な詩なのです」

文=フェリス・ジャブル(Ferris Jabr)/訳=米井香織

ナショナル ジオグラフィック日本版

関連記事: