米海軍の中東海域における兵站が破綻、対イラン作戦参加中の艦艇補給に失敗
対イラン作戦に参加している米空母リンカーンは乗組員の精神状態や艦内状況の悪化が問題になっているが、これは米海軍の中東海域における兵站破綻も原因の1つで、ある海軍兵士は「海上展開中の艦艇に対する食料、物資、スペアパーツなどの補給が完全に失敗している」と述べた。
参考:The US Navy has battled operational tempo ordeals for years. The Iran war exposed the flaws. 参考:Multiple USS Abraham Lincoln sailors have tried to go overboard amid extended deployment, families say 参考:US aircraft carrier arrives in Middle East amid Iran tensions
米海軍の空母リンカーンは母港のサンディエゴを2025年11月21日に出港し、展開先のインド太平洋地域で予定されていた作戦を順調に消化していたものの、2026年1月19日にマラッカ海峡を通過してインド洋入りし、そのまま2月28日に始まった対イラン作戦=エピック・フューリー作戦に参加したため当初予定されていた5月の母港帰還も立ち消えになり、しかも2025年12月に数日間だけグアムに寄港してから2026年7月まで海上展開(200日超)が続き、乗組員の精神状態や艦内状況の悪化が報告されて問題になり、海軍は空母ワシントンをインド太平洋地から中東地域に移動させ空母リンカーンは母港に向けて移動を開始した。
出典:U.S. Navy photo
この問題についてDefense Newsは「世界中に展開する空母打撃群の作戦ニーズは変わらないのに空母の数が15隻から11隻に減り、2027年末にニミッツが退役すれば空母は10隻まで減ってしまう。この限られた数では持続的なローテーションを守りながら必要な作戦ニーズを満たすことができず、1回あたりの海上展開が長期化した結果、艦艇の状況が悪くなり、メンテナンスに要する時間が増加し、訓練時間が削減され、海軍の艦艇も人員もすり減ってしまい、この問題を解決するには空母を増やすか作戦ペースを落とすかのどちらかだ」と指摘。
さらにエピック・フューリー作戦に参加した兵士は「海上展開中の艦艇に対する食料、物資、スペアパーツなどの補給が完全に失敗していた」と証言し、これはバーレーンにある海軍の兵站拠点=マナマの第5艦隊司令部がイランのミサイル攻撃で被害を受け、中東地域から2000マイル以上も離れたインド洋のディエゴガルシアに兵站拠点を下げたためで、この兵士は「30日前に食料を発注するよう要求されたが、そもそもの兵站計画がずさんで補給スケジュールが悪化していたため、30日前に食料を発注することなどほぼ不可能だった。兵站拠点からの補給が期待できないため洋上補給艦から調達できるものをかき集めるしかなかった」という。
出典:U.S. Navy photo
マイク・レビン下院議員も「作戦に派遣された人々から話を聞いたが、この問題はイランの鼻先にあるバーレーンを補給、食料調達、休養などを提供する兵站拠点として利用する前提だったという点で、少なくともそれが機能しなくなった時点で作戦の軌道修正を考えるべきだったんだ」と述べた。
エピック・フューリー作戦に空母の乗組員として参加した兵士は「機械と同じように人間も壊れることがある。だから休息が必要なんだ」と訴え、海軍は最低でも7.5時間の睡眠機会を兵士に約束しているが、水上艦艇で勤務する兵士の平均睡眠時間は24時間あたり5.25時間(2023年調査値)に過ぎず、エピック・フューリー作戦に参加した兵士は「睡眠時間の問題は派遣中に経験した弊害の1つにすぎない。他にも食事の質が最悪だった。生焼けか、火が通り過ぎているか、出されたものが何の食べ物なのか全く見分けがつかない状態だった」と述べ、作戦期間が長くなるにつれて兵士の士気はどんどん低下していったらしい。
出典:U.S. Navy photo
戦いの激しさに違いはあっても2月末に始まった対イラン作戦は現在も続いており、トランプ大統領やヘグセス国防長官らはベネズエラ侵攻が軍事的にも外交的にも想定より上手く行き過ぎたため、この成功体験に基づいて「強大な軍事力を少し行使すれば短期間で政治的勝利が得られる」と勘違いし、ベネズエラ侵攻よりも規模の大きな戦争をイランに仕掛けて斬首作戦に成功したものの政治的意思の押し付けに失敗し、どう見ても想定していなかった長期戦の泥沼にはまってしまったのだ。
米国の主要メディアも「ヘグセス国防長官が『迅速かつ容易に勝利できる』と主張してトランプ大統領を説得していた」と報じており、斬首作戦による政治的意思の押し付けが失敗した場合の出口=プランBについて特に考えていなかった可能性が高く、少なくともダン・ケイン統合参謀本部議長は対イラン作戦前「イランとの紛争が長期化すればウクライナ支援が数年間停滞し、少なくともトランプ政権が世界7カ国で実施している軍事行動で圧迫している精密誘導兵器の在庫が底をつくかもしれない」と警告していたが、それすらも「迅速かつ容易に勝利できる」という前提の元に無視された。
出典:The White House
これはプーチン大統領がウクライナで犯した失敗と構造的に良く似ており、戦争が始まった当初「ロシア軍はウクライナ軍に比べて優れている」「ウクライナは敗北確定だ」と誰もが思っていたが、それは「ロシア軍がウクライナ軍よりも規模が大きい」という以外に根拠がなく、ロシア自身も「首都キーウを強襲して斬首作戦が成功すれば迅速かつ容易に勝利できる」と信じ込み、長期戦に対する事前の備えをしていなかったのは誰の目にも明らかだ。
ここから得られる教訓は「敵国の政府や国民が攻撃を受けても損害を許容する限り、国の規模や軍隊のサイズが大きいという心理的脅迫に屈服しない限り、大国であっても迅速かつ容易に勝利することは困難」という点で、さらに敵国の国民が徹底抗戦で一度団結すると情報戦やプロパガンダでこれを引き剥がすのが難しく、こうなると人的損害を出さずスマートに勝利を収めるのは不可能になってくる。
出典:U.S. Central Command
結局のところ米国は「空爆だけで地上侵攻に踏み切るつもりがない」と足元を見られており、ロシアは本格的な地上侵攻に踏み切ったものの54ヶ月間をかけて占領したウクライナ領土は約17.1万km²しかなく、そのうちの約16.3万km²は2022年2月から2022年9月までの約7ヶ月に占領したもので、ハルキウ反転攻勢後から2026年8月までの47ヶ月で占領できたウクライナ領土はたったの約8,000km²程度(約17.1万km²に占める割合は約4.7%)しかなく、ウクライナ領土全体に占める47ヶ月の成果は約1.3%に過ぎない。
米国は政治的に人的損害を出さずスマートな勝利しか容認できないため、空爆による損害を許容され、軍事力による心理的脅迫による屈服が不発に終わると打つ手がなくなり、ロシアは自国の人的損害を許容して地上侵攻に踏み切り、長距離攻撃で明かりと暖房を奪い、徹底的な情報戦やプロパガンダでウクライナ人の意思をへし折ろうとしたが上手くいかず、特に2026年からは前線での前進がほぼ止まっているに等しく、聖域だった国内もウクライナの長距離攻撃で戦場化してしまった。
出典:The White House
トランプ政権は手詰まり感が漂う対イラン作戦をどう立て直してくるのか、それとも出口が見つからないままイランとの交戦状態を何年も続ける気なのかは分からないが、重視していると口にするインド太平洋地域で必要な軍事能力を中東ですり潰せば中国の時代がやってくるだろう。
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※アイキャッチ画像の出典:U.S. Navy photo