【池尾 伸一】”在留資格”を失い、2歳の息子の病気を治せない…難民の一家が国を相手に起こした「異例の裁判」
――「この国に生まれたことが、罪ですか?」
日本で生まれ、日本語しか知らずに育ちながら、在留資格を持たず生きる子どもたちがいる。国民健康保険にも入れず、進学や就労の道も閉ざされ、強制送還の不安と隣り合わせの日々を送る。
子どもたちを物語の主役とした書籍『仮放免の子どもたち』では、データや政策を整理したコラムも収録し、外国人政策の「今」を描き出す。
*本記事は、池尾 伸一『仮放免の子どもたち 「日本人ファースト」の標的』(26年1月22日発売)の一部を抜粋・編集しています。
『「歩けなくなるかもしれない」と告げられた2歳児...難民申請中の家族が“治療を受けられない”理由』より続く。
逃げ延びた先で、生まれた命
命からがら逃げてきた日本だったが、難民には冷たかった。
「すぐに難民申請しましたが、一向に認定されません。やむなく工場で働きながら難民認定の審査結果を待つ暮らしになりました」
その間、日本で知り合ったアフリカ出身の男性との間に長女が生まれた。その後、南アフリカ共和国出身で、やはり国内での迫害から難民として逃れてきたサリム(32)と知り合った。サリムの両親はコンゴから南アフリカに移住したが、一家は激しい外国人排斥運動にさらされ、両親とも暴徒に殺害されたという。
アリシャとサリムの間には次女が生まれ、続いて2023年1月には双子の男の子、カシムとラフィクが生まれた。だが、2人は早産で未熟児だった。
「保育器で育てられ、1ヵ月半後にようやく抱っこができました。うれしかった」。アリシャは言う。
しかし間もなく、カシムがさまざまな疾患を抱えていることが判明した。性器の形成異常に加えて脊椎疾患の可能性、さらには腸などの一部が飛び出してしまう鼠径部ヘルニア。カシムの脊椎は部分的に背骨に覆われていない、「2分脊椎」の可能性があり、将来、歩行ができなくなるリスクがあると診断された。
一方のラフィクは、先天的な疾患はないものの免疫力が発達途上で、さまざまな感染症にかかりやすいことが分かった。両親は毎月、双子を連れて小児科に通うことになった。
手術をキャンセルした日
2人が生まれてから一家の生活環境は厳しくなるばかりだった。
出産翌月の23年2月、アリシャの難民不認定の結果が確定した。これを受けて、入管は在留資格の更新も不許可とし、働くことも禁止された。その年末には、サリムも同様に在留資格を失い、働けなくなった。
「一家の収入はゼロになりました。コンゴの情勢も不安定なままで、小さな子どもたちと一緒に帰ることはとてもできません。姉妹と双子の男の子。子どもたち4人を抱え、一家6人どう食べていくのか。追い詰められました」(アリシャ)
2回目の難民申請もしたが、結果はいつ出るとも知れない。外国人支援団体の助けを求めるしか手段がなくなり、その善意に頼って生活することになった。ぎりぎりの暮らしだ。
カシムのヘルニアはどんどん悪化。足の付け根に大きなコブがついているような状態になり、1歳を迎えた24年の早春、なけなしのお金で手術した。医師のアドバイスで、ほかの疾患の治療も急ぐことになった。性器の形成異常の手術の予定を入れ、脊椎についてもMRI検査の予約を入れた。
「短い間に1歳のカシムに何回も手術を受けさせるのはかわいそうでした。しかし、手遅れにしたくない。カシムの将来のためにはしょうがないと思いました」とアリシャは言う。
ところが、そこに大きな壁が立ちはだかった。
2024年4月、両親に続いて双子の難民申請が不認定となり、在留資格の更新もできなくなったのだ。その結果、国民健康保険の対象から外れ、医療費の公的なカバーも失った。手術は、これまでなら3割負担(未就学児は2割負担)で済んだが、全額自己負担となり、何十万円もかかることは避けられない。高度な機器を使うMRI検査も高額な費用の自己負担を迫られる。
「ぎりぎりで暮らすわたしたちがそんなお金を用意することは、とても無理でした」(アリシャ)
両親はやむなく、カシムの手術や検査の予約を取り消した。
「涙が出ました」とアリシャ。
「親として無力だ、と情けなくなった」。サリムも唇をかむ。
外国人の幼い双子vs.国
だが、手をこまねいているわけにはいかない。時間が経てば子どもの人生が絶望的になるのは分かっているのだ。夫婦はすぐに以前から相談に乗ってもらっている弁護士・和田恵に相談した。
和田と仲間の弁護士たちが考えたのは、双子の在留資格の更新はしないと判断した国の決定を「違法」だとして裁判所に訴えることだ。
「国の決定は誤り」というために根拠としたのは、日本政府が1994年に批准した「子どもの権利条約」だった。この条約は、子どもが守られる対象であるだけでなく、権利を持つ主体であることを明確にしたものだ。教育を受ける権利や、親とともに暮らす権利などとともに、子どもの生命に対する権利の保障を掲げている。第6条で「締約国は、すべての児童が生命に対する固有の権利を有することを認める」と明記。さらに「締約国は、児童の生存及び発達を可能な最大限の範囲において確保する」ともある。また、26条では「すべての児童が社会保険その他の社会保障からの給付を受ける権利を認める」ともされている。重要なのは、日本国籍の子どもだけでなく「すべての児童」が権利保護の対象となっている点である。外国籍かどうか、在留資格の有無は問われないはずなのだ。
「日本が子どもの権利条約に加わっている以上、国籍を問わず国内にいるすべての子どもの命を守らなければならない。在留資格を奪って、子どもを命の危険にさらすことはできないはずです」。和田は言う。
日本では在留資格のない子どもが、国民健康保険に加入できず、高額な費用負担に耐えきれず医療を受けられない例が多い。こうした子どもの「医療を受ける権利」は事実上、無視されている。支援団体には外国人家族からのSOSが相次ぐ。支援者の一人は「虫歯すら治療できず痛みに苦しむ子も多い」と語った。
訴訟は、「すべての子どもに医療を受ける権利がある」という条約に加入しながら在留資格のない子には事実上医療を受けさせず、放置している国の怠慢を突くことになる。
2024年11月、家族はついに、双子に在留資格を許可するよう求めて国を訴えた。原告は2歳になったばかりの双子の男の子だ。25年4月15日、東京・霞が関の東京地裁で開かれた2回目の口頭弁論で、母親のアリシャは訴えた。
「カシムの在留資格が切れ、検査や手術の予約をすべてキャンセルせざるを得ませんでした。医師は手術を受けなければ将来歩くことができなくなると言っています。ラフィクも早産のため免疫システムが弱く、いつ感染症にかかってもおかしくないと診断されている」
涙が法廷の床にこぼれ落ちた。
「医師の言葉を考えると私たち夫婦は眠ることができないのです。どうかわたしの子どもたちの命を救ってください」
法廷の原告席には、父のサリム。傍聴席では、幼いカシムとラフィクが支援者に抱かれ、無邪気な目で母を見つめていた。「外国人の幼い双子vs.国」という異例の裁判。「手遅れ」を防げるのか。それは時間との闘いでもある。
(※外国人当事者及び家族は注記のない限り仮名。敬称略。当事者らの年齢は取材時点。)
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