あの屋敷豪太がヴァイブコーディング? ミュージシャンがAIで音楽ソフトを自ら作る新時代が到来した(CloseBox)
屋敷豪太さんといえば、シンプリーレッドでのプレイでも知られるドラマーであり、プロデューサーです。そんな伝説的ミュージシャンがYouTubeを始めたというのでどんな秘話が出てくるのか楽しみに見てみたら、「そうはならんやろ」と驚愕しました。
Claude Codeでバーチャルドラムアプリのプラグインを自作しているというのです。
ただの実験ではありません。自分のドラミング、グルーヴ、制作現場での感覚をもとにした、ドラム関連のアプリ/プラグインを、自らAIコーディング環境で作っているのです。
トッド・ラングレン、ロジャー・パウエル
アプリを自らの手で開発するミュージシャンとしては、古くはトッド・ラングレンがApple II時代からコンピュータグラフィックスやインタラクティブ表現に踏み込み、後年にはFlowfazerやPatroNetのような仕組みに関わってきた例があります。クラウドファンディングによるアーティスト支援の先駆けだったPatroNetについてはインタビューの中で本人に直接聞きました。
▲トッド・ラングレンが共同開発したスクリーンセーバーのようなアプリ「Flowfazer」は、iOS、Macアプリとして購入できる
立花ハジメさんがAdobe Illustratorのプラグイン「信用ベータ」を開発したこともありました。前世紀にぼくはその件でインタビューしたことがあります。
映像やグラフィックにも強いミュージシャンがプログラミングまでできる。そういう人は、いつの時代にもいましたが、やはり例外的な存在でした。
トッド・ラングレンのバンド、ユートピアのキーボードプレイヤーであるロジャー・パウエルのように、もともとエンジニアからミュージシャンとなった人もいました。
ロジャー・パウエルはトッド・ラングレンが結成したバンド、Utopiaのキーボーディストでありながら、最初期のMIDIシーケンサー「Texture」を開発した人物でもあります。
つまり、音楽家であると同時に、音楽ソフトウェア産業の内側にいた人でもありました。なんといっても、ボブ・モーグの下でエンジニアとして働いていたのですから(ライバル企業であるARPの仕事もしていました)。彼はその後、Electronic Arts、Silicon Graphics、Appleでエンジニアとして働き、Final Cut Proのメインプログラマーでした。
この辺りは、ICONのインタビュー記事で詳しく読めます。よくぞこんなマニアックなインタビューを、という感じです。
・世界初のMIDIシーケンス・ソフト「Texture」を開発した、ロジャー・パウエル(ex. ユートピア)インタビュー
日本だと、カミヤスタジオでシーケンサーソフトを開発したり、ソニーSMC-777にバンドルされていた音楽ソフト「ラッサピアター」の開発に携わった神谷重徳さんが、ミュージシャンとエンジニアを兼ねた人物ですし、「うる星やつら」やつくば万博の音楽を担当した安西史孝さんはローランドの開発部門でアルバイトとして働いていた経験を持っていて、現在も音楽とコンピュータを結びつけたププロジェクトに取り組んでいます。
Claude Codeで何が変わった?
でも、Claude Code以降に起きていることは、少し違います。
いまは、ロジャー・パウエルのような専門的プログラマー/エンジニアでなくても、自分の中にある「こういうツールが欲しい」という欲望を、かなり具体的なソフトウェアとして形にできるようになってきています。
先日、ポッドキャストbackspace.fmにゲスト出演していただいた作曲家のナカシマヤスヒロさんからも、Claude CodeでKONTAKTのライブラリアンを作っているという話を伺ったばかりでした。
KONTAKT音源は便利ですが、ライブラリが増えれば増えるほど、管理が難しくなります。どの音源に、どんな音色があり、どの曲で使えそうか。これは作曲家にとって、単なるファイル管理ではありません。制作の速度、発想の引き出し、作業中の集中力に直結する問題です。
そこに「自分用のライブラリアンを作る」という発想が出てくるのは、とても自然です。
以前なら、そこで多くの人は止まっていました。欲しい機能をメモする。既存のツールを探す。なければ諦める。あるいは、プログラマーに頼む。仕様を説明する。予算を考える。完成まで待つ。
しかしClaude CodeのようなAIコーディングエージェントがあると、話が変わります。
「こういうふうに音源を分類したい」「タグで検索したい」「曲調や用途ごとに並べ替えたい」「KONTAKTのライブラリ情報を読み取って、一覧化したい」
「自分の制作メモも紐づけたい」
こうした、非常に個人的で、しかし当人にとっては切実な要望を、そのままソフトウェア開発の出発点にできるのです。
屋敷豪太さんの例が面白いのも、まさにそこです。
ドラマーがドラムのためのツールを作る。しかも、ドラマーとしての身体感覚を持ったまま、アプリの設計に踏み込む。これは、単に「AIでプログラミングできるようになった」という話ではありません。
音楽家が、自分の演奏や制作の哲学を、ソフトウェアに変換し始めたということです。
これまで音楽制作ソフトは、多くの場合、メーカーや開発者が作ったものをミュージシャンが使う、という関係でした。もちろん、Ableton Liveのロバート・ヘンケのように、音楽家自身が開発に深く関わった例もあります。Max/MSPやPure Dataのように、音楽家や研究者が表現のための環境そのものを作ってきた歴史もあります。
でも、そうした人たちはやはり、特殊な才能の持ち主でした。こうした開発環境を使ったプログラミングも難易度が高く、Pure Dataでなんかやろうとやってみた筆者は早々に諦めた経験があります。
これからは違うかもしれません。
Claude Code、CodexのようなAIコーディング環境によって、ミュージシャンは「完成品のソフトを選ぶ人」から、「自分専用の制作環境を育てる人」へと変わっていく可能性があります。
これは、DTMの歴史で何度も起きてきた変化の次の段階です。
MIDIが登場したとき、音楽家は楽器同士を接続できるようになりました。DAWが普及したとき、音楽家は録音スタジオを自分の部屋に持ち込めるようになりました。プラグインが広がったとき、音楽家は音作りの道具を無限に追加できるようになりました。
そしてAIコーディングの時代には、音楽家は道具そのものを自分用に作れるようになる。
大きな変革の時代が来たと言えるのではないでしょうか。
もちろん、誰もがいきなり商用レベルのプラグインを作れるわけではありません。AIが書いたコードにはバグもあります。セキュリティやライセンス、配布方法、メンテナンスの問題もあります。音楽アプリの場合は、レイテンシー、MIDI、Audio Unit、VST、サンプル管理、DAWとの連携など、普通のWebアプリとは違う難しさもあります。
それでも、最初の一歩は驚くほど低くなりました。
「この作業、毎回面倒だな」「この音源、探しにくいな」「このリズムのニュアンスをもっと簡単に試したいな」
「自分の過去曲から似たグルーヴを検索したいな」
そう思った瞬間、Claude Codeに相談できる。これはミュージシャンにとって革命的です。
かつてのロジャー・パウエルは、自分で技術を理解し、プログラムを書き、音楽制作のための道具を作りました。トッド・ラングレンは、音楽、映像、インタラクティブメディア、ネット配信をひとつながりの表現として見ていました。立花ハジメは、グラフィックスと音楽とソフトウェアを横断しながら、独自の制作環境を作っていました。
そしていま、Claude Code時代のミュージシャンたちは、必ずしも自分で一からコードを書かなくても、その系譜に入ることができるようになっています。
「コードを書けるミュージシャン」から、「コードを書かないが、ソフトを作るミュージシャン」へ。
この変化は、思った以上に大きいのではないでしょうか。
音楽家は昔から、楽器を改造してきました。ギタリストはエフェクターを組み替え、ドラマーはチューニングを変え、キーボーディストはシンセのパッチを作り、サンプラー使いは自分だけの音色ライブラリを育ててきました。
AIコーディングは、その延長線上にあります。
ただし、改造する対象が、楽器や音色だけではなく、制作フローそのものになった。
自分のグルーヴを支えるアプリ。自分の音源ライブラリを理解する管理ツール。自分の作曲癖を補助するアシスタント。自分のライブセットを支える制御システム。
自分の過去作品を参照しながら、新しいアイデアを提案する制作環境。
こうしたものを、音楽家自身が作る時代が来ています。
屋敷豪太さんがClaude Codeでアプリを作っているという話は、単なる有名ミュージシャンの珍しい趣味ではありません。
それは、ミュージシャンが再び「道具を発明する人」になる時代の、かなり象徴的な出来事なのだと思います。
SunoやUdioのようなAI作曲サービスが話題になると、どうしても「AIが曲を作る」という方向に注目が集まります。
でも、本当に面白いのはそこだけではありません。
AIは、曲を作るだけではない。音楽家が、自分のための楽器、自分のための編集環境、自分のための制作補助システムを作るためにも使える。
つまりAIは、ミュージシャンの代わりに音楽を作る存在である以前に、ミュージシャンが自分の表現環境を拡張するための道具になり得るのです。
Claude Code時代の音楽家は、もうDAWの中だけにいません。
彼らは、自分のワークフローを設計し、自分の制作環境を作り、自分の感覚をソフトウェアに埋め込み始めています。
ソフトウェアエンジニアとミュージシャンの境界線を超えていく新たなクリエイターが現れ始めているのです。
音楽については素人ではありますが、筆者もヴァイブコーディングによる楽器作りに勤しんでいます。
最近は、完全な形で譜面が残っている最古のラブソングと言われている「セイキロスの墓碑銘」を当時の楽器の物理モデリングで再現するプログラムを作っています。
これは紀元前2世紀から1世紀ごろの古代ギリシャ文字で刻まれた「楽譜」で、セイキロスという人物が自身の妻エウテルペにこの楽曲を捧げたとされています。
これを再現するにはまず楽器から、ということで、Claude Codeと相談しながら当時の楽器であった古代リラ(Lyra)を物理モデリングで再現するところから始めました。
これだと歌曲の伴奏としては弱い気がしたので、アウロス(ダブルリード管楽器、現代オーボエの祖先) も使うことに。セイキロスがいた時代の演奏形態は「歌+リラ」または「歌+アウロス」が定型だったそうです。
物理モデリングはリードと管の二要素。McIntyre/Schumacher式のリード非線形反射テーブル + ベル反転反射 + 管損失LPF。Lyraで学んだ「グラフ内にループを作らない」原則を踏襲してオフラインレンダ化。双管(アウロスは常にペア演奏)、ドローン、息の雑音、ビブラートを揃えています。Lyraと同じピタゴラス律を共有するので合奏可能です。
1から8までの数字キーで演奏できるほか、MIDIキーボードで鳴らすこともできます。
自然に合奏をしているように微妙にテンポやチューニングをずらす工夫をして、譜面通りのシーケンスも組み込みました。
数字キーで演奏したシーケンスをWAV保存する機能もつけているので、古代ギリシャ語っぽい妻の歌声の歌唱(Suno Voice)に合わせて演奏しました。
このように、たった1曲のためにワンオフの楽器を作り、演奏するといったことが可能になります。
巨大なサンプリングライブラリや無数のパラメータがひしめくソフトシンセサイザーの中からプリセットを探したりするより、こちらの方が目的に一直線に向かっているような気すらします。
作詞・作曲をAIに丸投げするのは嫌でも、「自分で作った方がはやいじゃん」と、ヴァイブコーディングを取り入れるミュージシャンが増えてきてもおかしくはないですよね。
これは単にソフトシンセだけにとどまりません。AIの設計や3Dプリンタの駆使、ロボット技術の応用で全く新しい、自分のためだけの楽器を作り、演奏する。そういったことも可能になります。
筆者はかつて、iPhoneを組み込んでギターのように演奏するFingeristという「楽器」を考案しました。プロトタイプはバード電子が開発し、量産品はトリニティが製品として販売。自分でもライブで演奏したりしましたが、今なら自分の手でもなんか面白いことができそうな気がします。