車いすトラベラー・三代達也さん 世界一周「歩く自分」諦めない 僕はどこにでも行ける

世界一周の旅で、南米ボリビアのウユニ塩湖を訪れた三代達也さん。上下対称の神秘的な世界に、車いすのシルエットが浮かんだ(本人提供)

遙か遠くにそびえ立つ、険しい山々に挑んだからこそ、見ることができる光景がある。いまはまだ、道の途上だったとしても、その一歩、次の一歩で到達するかもしれない。未踏の冒険、表現の追求、たゆまぬ洞察…。未知の領域に足を踏み入れた挑戦者たちの傍らで、ともにみつめてみたい。頂(いただき)への道程を。

どこまでも、どこまでも平らな湖面を、2つのタイヤが滑る。天地が一体化した世界に身を置くと、まるで、空を飛んでいるみたいだ。

薄く水が張った1万平方キロあまりの湖面に雲や星を映し出し、「天空の鏡」とも呼ばれる雨期の南米ボリビア・ウユニ塩湖。中央に、車いすのシルエットをとらえた1枚の写真がある。

《I can go anywhere.僕はどこにでも行ける》

8年前、そう証明した場所に春、再び立とうとしている。身長191センチの体躯(たいく)を、タイヤではなく、足とつえで支える。今回描くのは、そのシルエットだ。

世界一周への、2度目の挑戦。次の旅は、一度は手放した「歩く自分」へのチャレンジでもある。ゴールは、272段の階段が待ち受けるマレーシアのバトゥ洞窟。その場所に到達するには、車いすを降りて麻痺(まひ)の残る足で上る。そのためのトレーニングを半年以上続けてきた。

2度目の世界一周旅行に向けて、階段を上るトレーニングを続けている(本人提供)

介助を受けながら、ビルの階段で20段、60段、100段…。ついに315段を上り切ったが、本番は4月だ。屋外の高温や長旅の疲れも想定され、成功のハードルは高い。

でももう、自分で自分の限界は決めない。一度、諦めた経験がある自分だからこそ挑戦の意義を伝えられる。そう信じている。

新たな高みへ。その挑戦に心が踊るのだという=12月、愛知県常滑市の中部国際空港(矢島康弘撮影)

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ガソリンスタンドでのアルバイトからの帰り道に、バイクで車と衝突した。体が飛ばされて意識を失い、気づくと地面にうつぶせの状態で倒れていた。18歳のときだ。

手足に力が入らない。目を閉じると、次第に感覚がなくなってきた。死んだ。そう思った。

「あんた、生きているからね」

見知らぬ「おばちゃん」の声につなぎとめられ、救急車のサイレンが聞こえた。偶然近くを通りかかった姉が、救急隊員に血液型などを伝えてくれた。

頸髄(けいずい)損傷。四肢に麻痺が残り、医師に「生涯ベッドで過ごすかもしれない」と告げられたが、車いすで移動できるようになった。着替え、トイレ、入浴。2年のリハビリでできることも増え、作業療法士から「卒業ですね」と言われた。提示されたゴールは「家に戻ること」だった。

20歳でリハビリ施設を退所した際、人の手を借りて歩くことはできた。だが、車いすを選んだ。つえを使って歩く自分が見る世界が、明るいと思えなかったからだ。

限界を決めた。

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「甘ったれてんな」

人生の「転がり方」を変えたのは、リハビリ施設で知り合った、親子ほど年の離れた入所者の男性の言葉だった。

「若いんだから、挑戦しろ。東京に来いよ」

退所後は茨城の実家に引きこもって暮らすつもりだと告げると、男性に諭された。東京で工務店を経営していた男性は、転居先のバリアフリー化も申し出てくれた。

東京で1人暮らしを始め、しばらくして就職した。勇気を出して一歩を踏み出すと、次の出会いとチャンスが訪れた。

23歳のとき、同僚の勧めでバリアフリー化の進んだハワイを旅した。段差のない歩道やレストラン、広いトイレ。障害の有無で壁を作らず、笑顔で接してくれる人々。気づけば、車いすであることを忘れてバーで踊っていた。劣等感は消え、視野が一気に開けた。

自分も、誰かが一歩を踏み出すきっかけになりたい。そんな思いも抱くようになった。

自分にしかできないことは何か。28歳で会社員生活にピリオドを打ち、事故の保険金と貯金を原資に介助者なしの世界一周旅行に挑戦した。約9カ月かけて、23カ国42都市以上を巡った。

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ペルーのマチュピチュ、ギリシャのパルテノン神殿。旅では幾度となく階段に阻まれたが、周囲の人々が車いすをかついで運んでくれた。ヨーロッパでは石畳の段差に悩まされ、イタリア・フィレンツェで車いすが壊れたが、通りかかった親子が外れたネジを捜して修理してくれた。ほとんどのバリアは、人間の力で超えられると感じた。

帰国後、体験を基に子供たちへのバリアフリー教育や講演活動に取り組む中で今年3月、脊髄損傷者の再歩行を目指すジムの関係者と出会った。「三代さんはポテンシャルがあるのに、なぜ歩かないんですか」と言われ、はっとした。

「挑戦しろ」

20歳のときに言われた言葉を思い出し、16年ぶりに歩行のトレーニングを再開した。

いま、歩き始めた子供のようなワクワクが胸に芽生えている。絶景に立った自分。272段を上り切った自分-。その頂から見える世界は、きっと、明るくて優しい。(緒方優子)

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