完成済のレールは略奪に遭い鉄くずに…中国のガサツな「南米初の高速鉄道計画」が辿った当然の結末
南米ベネズエラで、不思議な光景が目撃された。地元の男性が、鉄道建設に携わった中国企業のロゴが入る青いつなぎを、誇らしげに着ている。だが、男は鉄道建設に従事している訳ではない。崩れた建屋のあいだで、今日も家畜を追っている。なぜか。
同国中部に位置する、ザラザの町。2016年5月にAP通信が報じたところでは、かつて高速鉄道の建設のためコンクリート製の枕木を造っていた工場は、すっかり廃墟となっていた。跡地では、瓦礫の隙間から生えた草を牛がはんでいる。
つなぎ姿の男は、元従業員のオマール・コレア氏。打ちひしがれた様子でAP通信の取材に応じた彼は、「彼ら(中国人の雇い主)は戻ってくるのか」と逆に尋ねる。「あの列車が走るのを、いつか見たいと本当に願っていたのに」。
彼が走る姿を待ち望んだ列車の路線こそ、「社会主義の友愛の模範」とうたわれ南米初の高速鉄道を目指した「ティナコ-アナコ鉄道」だ。
2009年、当時のウゴ・チャベス大統領は中国の資金と技術を頼りに、この鉄道の建設に乗り出した。現地では今、中国語とスペイン語で書かれた赤い門だけがかつての事業の勢いをとどめているが、その一部はすでに風化し骨組みが剥き出しになっている。門の奥が、800人の働く活気ある施設だったのは、2015年1月までのことだ。同月、中国人の管理者たちは皆、ひっそりと姿を消した。
計画はあえなく頓挫し、そのしわ寄せがいま、融資した中国に及んでいる。
■全長468キロを3時間で結ぶはずだった
中国は鉄道などの事業資金をベネズエラに融資し、返済は原油現物で受け取ってきた。米地政学専門メディアのGZEROによると、未返済分は少なくとも100億ドル(約1兆5800億円)にのぼるという。ところが2026年1月、チャベス氏の後継者マドゥーロ氏が、アメリカの軍事作戦で拘束された。その後に樹立された暫定政権がアメリカに急接近したことで、中国は融資を回収するめどが立たなくなりつつある。
朽ち果てたこの鉄道にも、華々しい幕開けの日があった。
2009年3月22日、チャベス氏は、ザラザと同じグアリコ州のエル・マモンシートで着工式に臨んだ。式では最初のレールが据えられ、その模様は自身が司会を務めるテレビ番組で伝えられた。「北部平原軸の大鉄道だ」と、チャベス氏は意気揚々と語った。
中国の張拓(ジャン・トゥオ)駐ベネズエラ大使は、建設を国有企業の中国中鉄(CREC)に任せたチャベス氏に、同社を信頼したことへの謝意を表し、「あなたは正しい決断をした」とも強調している。中国中鉄の白中仁(バイ・ジョンレン)副総裁(当時)も「最高の品質と最高の速度で完成させる」と胸を張り、技術移転を約束したうえ、枕木や車両、レールの製造についても協議すると述べた。
路線は、西のコヘデス州ティナコから東のアンソアテギ州アナコまで、全長468キロ。最高時速220キロの列車が、東京-名古屋間より100キロあまり長い道のりを、3時間で走り抜ける見込みだった。計画の狙いは、人口と産業が集中する北部の沿岸部をあえて避け、国の「空っぽの心臓部」を発展の拠点に育てることにあったと、ベネズエラ調査報道メディアのアルマンド・インフォは説明する。
同年7月、中国中鉄はベネズエラの国家鉄道公社と、総額75億ドル(約1兆1800億円)の契約を交わした。建設資金を中国が融資し、ベネズエラは原油で返済する仕組みだ。完成予定は2012年。ところが着工から2年足らずで、工事は早くも1回目の中断に見舞われることになる。
■金を支払ったのに建設が進まない
事業は奇妙な状態に陥っていた。建設資金は中国企業に滞りなく支払われていたのに、レールはほとんど敷かれなかったのだ。
アルマンド・インフォによると、2009年からの4年間の建設費は、支出が承認された分を含めて計約27億ドル(約4300億円)。契約額75億ドルの3分の1を超える額だ。運輸通信省は2012年の報告書で、資金の執行は計画どおりだとしながら、同期間の工事の進捗は5.6%にとどまると明かした。
2010年8月、国家鉄道公社の総裁は内部報告書にこう記している。現場には通訳がおらず、ベネズエラ人スタッフは中国語のままの図面を見せられていた、と。中国人の現場監督と作業員のあいだで意思疎通ができず、中国人スタッフがベネズエラ人側に「暴力的で反抗的な」要求を突きつける例が増えていたという。
そして2011年1月、工事は初めて中断する。労組幹部によると、中国中鉄は、「政府から(着工資金として)受け取ったのは8億ドル(約1260億円)なのに、2010年12月までに12億ドル(約1900億円)を使った」と主張している。その後も工事は中止と再開を繰り返すことになる。断続的な状態は完成予定の2012年を過ぎても変わらず、2014年まで続いた。結局、中国中鉄は進捗率31%の段階で工事から撤退することになる。約束していた技術移転も、実行されないままだった。
中国の論者の中には、両国の関係があまりに政治色の強いものだったため、中国企業が合理的な経営判断を下せなかったと指摘する人もいる。BRICS政策センターの牛海彬(ニウ・ハイビン)氏は論考で、高速鉄道に最も適するのは、大都市同士を結び、安定した電力供給を受けられる路線だとし、「その条件はベネズエラになかった」と論じた。
■武器を手に工場へ押し寄せた住民
暗礁に乗り上げたティナコ-アナコ鉄道の計画は、やがて放棄され、現場も打ち捨てられた。冒頭のザラザの工場では、中国人管理者の撤退後、略奪が2週間にわたって続いた。
工場の在りし日の姿は、2013年に政府が公開したニュース映像に残っている。屋内競技場ほどある大きな工場棟が、手入れの行き届いた芝生の上に鎮座する。バスケットボールコートでは、中国とベネズエラの労働者たちが打ち解けて過ごしていた。
だが同じ2013年、鉄道当局のトップは、中国側への4億ドル(約630億円)の未払いがあると認めた。AP通信は、こうした資金難が工場の命運を断ったとみる。
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Eric Bardo2015年1月、最後の中国人管理職がザラザを去った。その直後、大勢の住民が工場に押し寄せる。武器を持つ者さえいた。まず発電機やパソコン、エアコンが、トラックの荷台に積まれ、運び出されてゆく。続いて建物そのものが壊され、金属製の外壁やタイルは剥ぎ取られ、銅線も引き抜かれた。
工場があった牧場の持ち主、ヘスス・エドゥアルド・ロドリゲス氏は、「すべて壊された。家に来て、その様子に泣きそうになった」と、略奪の日々を振り返る。
やがて、ベネズエラが頼りにしてきた中国も、腰が引けていく。中国自身が財政難を抱えていたうえ、融資の担保である原油も大きく値下がりしていたためだ。ボストン大学の経済学者、ケビン・ギャラガー氏は翌2016年、AP通信に「中国はいま、リスクにすっかりおびえている」と語っている。
■完成部分までくず鉄にしたという告発
中国人の工事関係者が去ったあと、ほかの区間でも、残された設備が解体され、運び出されていった。
2016年、路線の西の起点ティナコ。工事現場の設備は根こそぎ剥ぎ取られ、その跡には家畜を追う道ができている。ベネズエラ独立系デジタル紙のエル・エスティムロによれば、ティナコ市議のサイダ・ブルゲラ氏はエル・ピタソの取材にこう嘆いた。
「中国人の宿営地は置き去りにされ、何もかも持ち去られた。見ると悲しくなる」
2年後の2018年1月には、労組の幹部たちが声を上げた。曰く、東の区間が見る影もなく荒れている。ベネズエラ独立系紙のエル・ナシオナルが地元紙エル・ティエンポを引いて伝えたところでは、アナコとザラザのあいだにあった宿営地は打ち捨てられ、荒らされていた。線路は雑草に覆われて劣化し、セメントを運んだトラックも傷んだままに放置されていた。
住民らによる略奪ばかりか、政府までこの路線を見捨てたようだ。2021年11月、マドゥーロ政権に批判的な、2015年選出国会のマルコ・アウレリオ・キニョネス議員が、SNSで告発している。工事は3割の段階で止まったが、わずかに完成していた部分まで、政権が解体してくず鉄として売っているという。
不可解なことに、工事を途中で投げ出されてなお、政権は中国中鉄との関係を断たなかった。アルマンド・インフォによると、労組が東の区間の荒れようを訴えたのと同じ2018年、デルシー・ロドリゲス執行副大統領(当時)が北京を訪れている。滞在中には、中国中鉄の子会社とのあいだで、鉄鉱石や金の増産のための契約が交わされた。ロドリゲス氏は9月10日、中国側と両国の協力を「固め、広げる」と誓い合ったとSNSに投稿している。
デルシー・ロドリゲス暫定大統領(写真=ベネズエラ大統領府/PD Venezuela official/Wikimedia Commons)■かつて北京で協力を誓った暫定大統領
ベネズエラと中国の緊密な関係は、マドゥーロ氏が拘束されるまで続いた。いま、中国が貸した金は、回収の見通しが立たなくなりつつある。
2024年4月、マドゥーロ氏の息子が、北京から済南へ向かう高速列車の車内で動画を撮っている。ベネズエラは高速鉄道を中国に学ぶのだと、画面の向こうに語りかけた。SNSには、動画の列車を「(ディオスダド・)カベジョが開通させたティナコ-アナコ鉄道に似ている」と皮肉る書き込みがあったと、コロンビアニュース専門チャンネルのNTN24は伝えている。カベジョ氏は、この鉄道の着工時に公共事業・住宅相を務めていた人物だ。
その1年8カ月後の2026年1月、父のマドゥーロ氏が米軍に拘束された。ブルームバーグによると、中国の当局者は、融資について保証を取りつけようと、アメリカとベネズエラに協議を申し入れたという。在米中国大使館の報道官は、「正当な権益を守るため、あらゆる必要な措置を取る」と表明した。その「権益」には、ベネズエラに貸した巨額の資金も含まれる。
中国は2007年以降、原油での返済を条件に、600億ドル(約9兆4800億円)を超える資金をベネズエラに融資してきた。だが、そのうち未返済の額は公になっていない。ベネズエラが2017年の債務不履行を境に、借り入れの詳細を明かさなくなったからだ。推計によって100億ドルから200億ドル(約1兆5800億~3兆1600億円)と、2倍もの差がある。
中国にとってさらに厄介なことに、暫定大統領としてアメリカに接近したのは、2018年に北京で中国との協力の拡大を誓ったデルシー・ロドリゲス氏である。ロドリゲス氏の暫定政権は5月13日、対外債務を再編する、つまり返済の条件を組み直すと発表した。CNNが紹介した推計では、対外債務は総額1500億~1700億ドル(約23兆7000億~26兆9000億円)で、そのうち約1割が中国からの借り入れだ。
■中国に届かなくなったベネズエラ産原油
追い打ちをかけるように、中国が貸した金を原油で回収する道を、アメリカがふさぎつつある。
ブルームバーグによると、トランプ政権はマドゥーロ氏の拘束後、ベネズエラの石油資産を掌握した。中国やロシアを「悪意ある外国勢力」と呼び、ベネズエラから締め出そうとしている。
9月初めには、とうとうアメリカのクリス・ライト・エネルギー長官が、ベネズエラで新たに生産される原油の販売収入に対し、中国は一切の請求権を持たないと言い切った。中国が返済を受ける手段の一つが、これで断たれたことになる。オックスフォード・エネルギー研究所で中国エネルギー研究部門を率いるミハル・メイダン氏は、アメリカが主導する取引のもとでは、中国への債務が早期に返済される可能性は薄れたと語る。
第17代アメリカ合衆国エネルギー長官、クリス・ライト 2025年2月4日(写真=Donica Payne/米国エネルギー省/PD US DOE/Wikimedia Commons)10年前、ザラザの工場跡で、元従業員のコレア氏は、「彼らは戻ってくるのか」と問いかけた。皮肉にもいまでは、中国のほうが、返済として届くはずの原油に気を揉んでいる。ブルームバーグによると、アメリカが石油資産を掌握してから今年9月初めまで、ベネズエラ産原油を積んだ船が中国の港に入った記録は1件もない。
遠いベネズエラの平原に、高速鉄道の野心的な計画を描いた中国。路線の上を列車が走ることはついに一度もないまま、着工から17年が経つ今も後処理に追われている。
----------青葉 やまと(あおば・やまと)フリーライター・翻訳者1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
----------