《「純烈」がサプライズ共演》震災で妻子を失った大間圭介さんが警察官を辞めて始めたギター弾き語りにリーダー・酒井一圭が“エール”「優しさが歌声を通してダイレクトに届く」
弾き語りを始めた大間圭介さんに純烈リーダー・酒井氏が寄せた“エール”とは
2024年の元日、能登半島を襲った大震災から約2年半が経過した。災害関連死とされた死者の人数は計743人(2026年6月18日時点)を数え、多くの被災者がいまだに元の生活に戻れていない現状もある。
石川県珠洲市仁江町にある妻の実家で被災した当時警察官の大間圭介さん(43)は、裏山の土砂崩れが家を襲い、親族の他、妻・はる香さん(享年38)と長女の優香ちゃん(享年11)、長男の泰介くん(享年9)、次男の湊介くん(享年3)を失い、家族で1人だけ取り残された。一瞬で家族全員を失い生活が一変した大間さんだが、震災から2年半、新たな挑戦と夢だった“共演”を果たしていた——ノンフィクションライターの水谷竹秀氏がレポートする。【前後編の後編。前編から読む】
「祝退職警察職員表彰式」
大書された横断幕と日の丸をバックに、スーツ姿の大間圭介さん(43)が背筋を伸ばし、凛々しい表情で写真に収まっている。
今年3月31日、大間さんがインスタグラムに投稿した写真だ。
石川県警の警部だった大間さんはこの日、20年間の警察人生にピリオドを打った。それは能登半島地震から2年3か月後のことだった。
災害で大切な家族を失った遺族は、告別式や被害者の身辺整理を慌ただしく終えた後、社会復帰という現実に直面しなければならない。仕事を抱えていれば、職場に復帰することになるが、まだ心の傷が癒えていない段階から、それまでと同じように仕事をできる遺族が果たしてどれだけいるだろうか。
大間さんも職場に復帰してから、徐々に葛藤や迷いを覚えるようになった。
「震災前は職場でやるべきことと、それにプラスアルファの業務をこなして100%全力でやってきたんです。ところが震災後は家族を失ったという精神的な面も重なり、プラスアルファの仕事にまで気が回らなくなってしまいました」(大間さん、以下同)
こなさなくてはならない日課に加え、新しい企画の立案や施策などの仕事ができないもどかしさが募った。
「それに対し、私の上司は多分、物足りなさを感じていたんじゃないかなと。特に何かを言われたわけではないのですが、100%が出せないまま残りの人生を過ごして良いのかなという疑問も、ずっと頭のなかにありました」
2026年の年明けからボランティアでギターの弾き語りを始めて以降は、警察官とボランティアという二足の草鞋の生活に制約も感じ始めていた。
「警察官を続けながらとなると、時間的には土日しかできなくなりますし、活動が広まって目立ちすぎるのもあまり良くないと言いますか。何をするにしても『警察官』という立場がついて回りますから」
それでも公務員には絶対的な安定がある。それを手放してまで、我が道を行くという選択に不安はなかったのだろうか。大間さんが語る。
「もちろん安定は大事なことだとは思いましたが、なんかもう1人になったら、そこは別にいいよねと。たとえばひもじい思いをしても、自分が我慢すればなんとでも生きていける。それよりもとにかく自分のやりたいことというか、自分にしかできないことをやりたいという思いが強くなりました」
妻の遺影にも語り掛け、相談した。「僕が勝手に思っているだけかもしれませんが、妻は僕の背中を押してくれている気がしました」。そして昨年末、職場に退職の意思を伝えた。