出国税「3000円」に引き上げは日本人に不公平? パスポート手数料の引き下げでも拭えぬ“実質増税”の懸念

 観光振興の財源確保のため、政府が出国税(正式名称:国際観光旅客税)を導入したのは2019年1月のことだ。出国税の税額は1人1000円とした。  しかし、最近、主にオーバーツーリズム(観光公害)問題対策の財源を確保するため、政府・与党が、2026年度から3000円に引き上げる案を軸に検討しているとマスコミ各社が報じている。ビジネスクラス以上の座席の利用客は5000円に引き上げるよう検討するとも報じられた。

 出国税導入の際に、政府が公表している「国際観光旅客税の使途に関する基本方針」では、以下の3つの分野に税収を充当するとしている。  ① ストレスフリーで快適に旅行できる環境の整備  ② 我が国の多様な魅力に関する情報の入手の容易化  ③ 地域固有の文化、自然等を活用した観光資源の整備等による地域での体験滞在の満足度向上 ■日本人にも出国税がかかる  24年度は訪日客が急増した効果で、過去最高の524億円の税収があった。出国者数が引き続きこの水準であれば、税額の引き上げにより年間1500億円規模の税収が見込める。

 しかし、これに対して日本人からは不満の声が上がっている。出国税は日本人、外国人にかかわらず日本を出国する際にかかるからだ。航空機や船のチケット代に上乗せして徴収されている。  出国税がオーバーツーリズム等の対策にあてられるとすれば、なぜ日本人も支払わなければならないのかという疑問の声が上がるのも無理はない。  外国人専用の観光地はほとんどないであろうから、オーバーツーリズムによる問題の一因に日本人もかかわっていると言える。しかし、日本人が国外に出国する際に、国内のオーバーツーリズム対策費用を負担するというのは腑に落ちない。

 また、外国人に税を課すなら常識的に考えて入国時が妥当ではないかと思うが、なぜ出国時なのかの疑問もわく。  空路で海外に出かける場合に、航空運賃のほかに空港使用料等が加算されて航空券の代金と一緒に支払うのが通常だ。出国税を設ければ、これに上乗せする形になり、徴収業務を航空会社に行わせることができる。徴収コストや手間がかからず、また徴収もれもない。しかし、入国時にこのような課税をするシステムは設定しづらい。


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(国の間接行政経費) 1万円(1000円/年×10年) (都道府県の経費) 2000円  合計 1万6000円  ●5年有効パスポート発給 (国の直接行政経費) 4000円 (国の間接行政経費) 5000円(1000円/年×5年) (都道府県の経費) 2000円  合計 1万1000円  10年有効パスポートの手数料1万6000円のうち、都道府県の経費2000円を引いた1万4000円の内訳は、4000円が冊子作成やシステム開発費などの直接行政経費。残りの1万円は在外公館での邦人保護活動などの間接行政経費だ。

 この1万円は1年当たり1000円として計算されたものである。5年有効パスポートが5000円安い1万1000円であるのは、この間接経費が5年分の5000円安いためだ。  これを7000円引き下げて約9000円にする案(10年有効パスポート)が出ているということだ。しかし、そうなるとこの内訳のつじつまがあわなくなる。前述の日経新聞記事によれば、出国税の増収部分でパスポート手数料収入減を補填する計画のようだ。結局、10年で3、4回以上海外に出かける日本国民にとっては増税ということとなる。

■日本人のパスポート保有率はかなり低い  外務省が今年2月20日の「旅券の日」に公表した旅券統計によると2024年における旅券の発行数は約382万冊で、同年末時点における有効な旅券の総数は、約2164万冊だった。  国民の保有率は約17.5%で、G7諸国の中でも最低だという。例えば、韓国は40%、台湾60%、アメリカ50%と、大きな開きがあり、日本では約6人に1人しかパスポートを所持していない。この保有率は2013年の24%から低下傾向にある。

 その理由として、円安による渡航費用の高騰や若者の意識変化などが背景にあるとされるが、筆者も長年、大学の教員をしていて大学生の海外旅行への関心が薄いことが気になってきた。  早稲田大学ビジネススクールの池上重輔教授は、円安で海外渡航が高コスト化している中で、3000円以上への値上げは特に若年層や教育目的の渡航者にとって心理的ハードルともなりうると指摘している。さらに長期的に見れば、日本人の国際経験が減少し、企業の国際展開力や人材の国際感覚を損なう可能性すらあるとの見解だ。


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■国際ルールで差別的扱いは禁止されている  では外国人だけ徴収することはできないのであろうか。これは国際ルール上できないとされている。差別的扱いとみなされうるからだ。シカゴ条約(国際民間航空条約)、IATA(国際航空運送協会)の運用ルールにより、国籍別課税はできず、また航空券システム上も非常に困難なのだ。  しかし、政治的には国民感情、不満は無視できない。そこで、日本人の負担を軽減し、海外旅行控えにつながらないよう、パスポートの取得・更新時の手数料を引き下げる検討を政府が進めていると報じられている。

 日本経済新聞(12月19日朝刊)は「パスポート申請、7000円下げへ調整 出国税増、海外旅行控え防ぐ」の見出しで、政府がパスポートの申請手数料を最大7000円引き下げる調整に入ったと報じた。  パスポートには10年期限と5年期限があるが、18歳以上向けは5年用の発給を廃止して10年用に一本化したうえで、現行の申請手数料1万6300円、オンライン申請1万5900円の料金を7000円引き下げ、およそ9000円にするという。18歳未満は現在、5年用に限って発給され、年齢によって約6000〜1万1000円かかっているが、一律4500円程度に見直すという。

 しかし、10年に1回しか作らないパスポートの手数料を7000円引き下げても、出国のたびに徴収される出国税の2000円の値上げ(1000円⇒3000円)を相殺できないという声も多い。  年1回海外旅行をする人にとっては10年だと2000円×10回で2万円の負担増となり、毎月海外に出かける人にとっては2000円×120回で24万円にもなる。  また、定額の税額だと航空運賃が安い近距離やLCC利用では割高感が著しい。例えば、航空運賃が30万円だと3000円の出国税は1%だが、2万円の航空運賃だったら3000円は15%にもなる。

■申請手数料の内訳はどうなっている?  そもそもパスポートの申請手数料はどのように決まっているのであろうか。本オンラインで記事を掲載したことがある。→「『パスポート』の取得費用が1万6千円かかるなぜ」(2019年)  そこで明らかにした手数料の内訳は下記のとおりだ(手数料は当時のもので、オンライン申請を導入した現在と若干異なる)。  【パスポート手数料内訳】  ●10年有効パスポート発給 (国の直接行政経費) 4000円


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また、「観光双方向性(tourism bilateral relationship)」という概念があり、海外旅行(アウトバウンド)が増えると、国際航空路線の拡大、旅行会社の供給拡大、認知度向上などを通じて、中長期的には自国への訪問(インバウンド)も増えるという見解を紹介している(〈論点〉出国税の引き上げはオーバーツーリズム対策の切り札になるか? 世界の観光大国と比べて日本に不足していること/2025年12月16日「Wedge ONLINE」より)。

 安易な増税は長期的、間接的にこうした悪影響を及ぼす可能性もある。 日本の温泉地では入湯税を徴収する自治体は多い。また近年、宿泊税を導入する自治体も増えている。いわゆる滞在課税だ(関連記事→熱海市長が目論む「入湯税と宿泊税」の二重取り)。  また入国に際しての課税手段としては、ビザ取得費用の徴収や、ビザなし渡航の場合の「電子渡航認証制度」導入による徴収もある。  日本のビザの手数料は1978年から据え置かれており、シングルビザ(1回限り入国)は約3000円だ。アメリカの観光・商用ビザ185ドル(約2万8000円)、欧州諸国の90ユーロ(約1万6000円)と比べてかなり安い。

 政府が6月に閣議決定した「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」では、主要国の水準等を考慮して、ビザや入国在留関係手数料の見直しを検討するとしている。  ビザなしで入国する外国人を事前審査する「電子渡航認証制度」の運用も検討されている。  日本の制度の名称は「JESTA(ジェスタ)」で、アメリカのESTA、韓国のK-ETA、カナダのeTAなどと同様に、テロ対策や不法滞在の防止、入国審査の効率化を目的とした「事前入国審査」の仕組みだ。アメリカ(約6000円)を参考に手数料を取る方針とされる。

■外国人への負担増はリスクも伴う  ビザやJESTAによる税収確保策は日本人には影響しない。しかし、外国人向けの負担増を進めていけば、国境を越えた人の移動や交流の妨げになり、国際社会の分断を招くおそれもある。また、それでなくても排外主義的な社会風潮が広がる中、それを助長する可能性もある。  日本に来る外国人の安すぎる負担を見直すことは必要だが、国際交流の阻害は長い目で見て国益を損なう。また、このように日本人の負担が問題視されること自体、行き過ぎた円安など日本の国力の低迷であるという見解も気になる。

 観光立国としての環境整備、オーバーツーリズム対策は重要だが、その財源確保策は間接的、長期的影響も考慮し、観光政策の推進が必要だ。

細川 幸一 :日本女子大学名誉教授

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