臓器を透明化 より深く観察…薬成分の集散、神経の活動鮮明に
臓器や組織を透明にして、構造や機能を調べる技術が注目されている。医薬品や細胞が臓器のどこに移動して集まるかや、一つ一つの細胞の働きを明らかにできるようになったためだ。がんなどの病理診断で精度を高める効果も期待されている。(杉森純)
見たい分子に目印
透明にしたマウスの脳の血管を見えるようにした画像。血管の3次元構造までわかる=洲崎悦生・順天堂大教授提供人間や動物の体は、血液など色のある成分や、たんぱく質、脂質など様々なものが混在している。さらに細胞の表面などで光が屈折したり散乱したりするため、体内の臓器が透けて見えるようなことはない。
体を透明にして中を観察する研究は、20世紀初期から試みられてきた。まず標本を作るように臓器や組織をホルマリンに漬けると、たんぱく質がつながってスポンジ状になり、中に水分を含む「ゲル」の状態になる。色素や脂質を除き、光の屈折率を整える「透明化液」で水分を置き換えると、全体が透明に近づく。
医学の研究に使うには、もうひと工夫が必要だ。まず体内の見たい分子に蛍光物質などで目印をつけ、透明にした臓器や組織の外から見えるようにする。
立体を輪切りにして観察できる「光シート顕微鏡」を使い、目印をつけた透明の臓器を撮影する。少しずつずらしながら撮影して重ね合わせると、臓器や組織にある見たい分子の情報が、3次元で細胞レベルまで詳しく得られる仕組みだ。
透明化液も進歩した。従来は有機系の溶液を使うことが多かったが、臓器や組織が変性する上、蛍光の色が消えてしまう難点があった。上田 泰己(ひろき) ・東京大教授らの2014年、理化学研究所で水溶性の透明化液を開発し、この欠点を克服した。
脳の神経、立体的に
マウスの脳を透明化すると、血管や神経のネットワークを鮮明かつ立体的に見ることができる。神経細胞が働く時に増えるたんぱく質に目印を付ければ、脳の神経活動も解析できる。
上田教授らは、マウスの脳で体内時計の働きを調べた。朝の目覚めや夜の眠りなどの体内時計を刻むリズムは、 視交叉上核(しこうさじょうかく) という小さな部位が司令塔になっている。
実験用マウスは個体による差がほぼないことを利用して、144匹から時間帯の違う脳を採取し、透明化して脳全体の神経活動の変化を調べた。その結果、視交叉上核に限らず全体の8割で、24時間周期のリズムがあることがわかった。夜行性のマウスでは明け方近くに大半の神経活動がピークになり、視覚や睡眠は昼にピークが見られた。
肺が炎症などで硬くなり、呼吸しにくくなる「肺線維症」という病気がある。名古屋大学の湯川博教授らは、脂肪組織の幹細胞が治療に有効と考え、病気のモデルマウスの気管内に目印を付けた幹細胞を入れて調べた。肺を透明化して観察すると、幹細胞が患部に集まり、線維化を抑えることがわかった。
透明化したマウスの肺の患部に集まった幹細胞(赤色)=湯川博・名古屋大教授提供順天堂大学の洲崎悦生教授らは、がんの塊の中で抗がん剤がどう広がるか調べた。すると、血管の違いで抗がん剤の広がりにばらつきがあることが判明した。
病理診断、見落とし防ぐ
透明にする技術は、病理診断でも期待されている。がんの有無などを調べる病理診断は、手術や内視鏡検査の時に採取した組織を薄切りにして顕微鏡で調べるが、組織の断片にがんがなければ見過ごされてしまう。
大腸のがんのリンパ節転移を調べた研究では、15%の見過ごしがあった。透明化した組織を3次元でくまなく調べれば、見落としを防ぐことができる。
医薬品の開発では、毒性などの判定にまずマウスなどの動物を使う。肝臓などを断片で調べて問題がなくても、人に投与すると初めて毒性がわかる薬も多い。従来は人間と実験動物の種の違いと考えられていたが、毒性が見過ごされていた可能性もある。洲崎教授は「透明にする技術を使えば、毒性を正しく判断でき、医薬品開発の失敗を減らすことができる」と期待する。
老化の研究に可能性
透明にしたヒドラ。細胞一つひとつを確認できる=洲崎教授提供洲崎教授は、サンゴやクラゲの仲間であるヒドラで老化の仕組みを探る研究を計画する。
ヒドラは強い再生能力があり、「不老不死」の生物として知られる。体長が1センチ程度で細胞数は5万~10万個と少なく、全身を調べやすい利点もある。人と共通する遺伝子も多い。
ヒドラに老化を進める遺伝子を導入したり、老化を防ぐ遺伝子を壊したりして、透明にして調べれば、「老化現象が体のどこでどう始まり、進行するかがわかる」と説明する。
透明化は動物が生きたままでは観察できなかったが、克服する研究も進む。
九州大学の今井猛主幹教授らは、マウスの細胞の周りにある液体を、血液に含まれるたんぱく質のアルブミンの溶液に換えて屈折率を整えることで、生きた脳を透明にすることに成功した。透明度はまだ低いが、大脳皮質の深い場所にある神経細胞の活動を特殊な顕微鏡で撮影すると、従来の3倍以上の明るさで観察できた。
新潟大学の三国貴康教授らは生きたマウスの頭の骨に透明化液を塗り、透明にすることに成功した。頭の骨を切らず、自然に近い状態で脳の神経活動を観察できるようになった。