プラスチックを “ほぼ無限” のエネルギーに変換するリサイクル技術【科学者たちの挑戦に迫る】
今からおよそ30年前、日本の無人潜水探査機がマリアナ海溝(世界で最も深い海溝)で漂うプラスチック袋を発見した。石油由来のプラスチックは、現在では「プラスチストーン(plastistone)」と呼ばれる新種の堆積岩(海底や地面に積もり、長い時間をかけて固まってできた岩石)となり地層化しているという。さらに、平均的な成人の脳にはスプーン1杯分相当のマイクロプラスチックが蓄積されているという説もある。プラスチック汚染は世界的に深刻な問題であり、国連は「国際プラスチック条約」の策定を急いでいる。 【写真】リサイクルについて、もっとも多い7つの誤解 しかし現状の取り組みは失敗を繰り返すばかりだ。そこで、この問題の緩和を目指す科学界とプラスチック/石油業界は、プラスチックを燃料に変換して再利用する方法に注目している。この手法を効率的に大規模化できれば、プラスチック由来の「熱分解油(パイロリシス・オイル)」を使って、ボイラーや炉やタービンといった、燃料を燃やして熱や電力を生む施設や、トラックや列車や船舶の内燃機関として使われるディーゼルエンジンなど、エネルギー需要の大きな分野で利用可能になると科学者たちは考えているのだ。これは世界的な取り組みとなっており、数ある石油ベースの需要を満たすことで環境破壊の原因となっている化石燃料への依存を減らすという革新的なプロセスの開発を、科学者たちは目指している。 しかし、現時点ではまだ効率化には程遠く、実証段階に留まっている。
最近、イェール大学の研究チームが、熱分解油の低コスト大量生産に成功する可能性を示した。将来的な大規模生産への道筋を示す成果であり、プラスチックごみを実用的エネルギー源として再利用するための大きな一歩ということになる。 この科学的 “魔法” を可能にするのが、酸素を遮断した状態で素材を加熱する「熱分解(パイロリシス)」というメソッドだ。900℃の高温で熱することで、プラスチックのポリマー鎖(炭素分子が繰り返し結合してできた鎖状の構造)を炭化水素分子に分解することが可能だという。炭化水素とは主に炭素と水素からなる有機化合物で、燃料エネルギーを生み出すのに必要な基本分子である。一律ではないが、熱分解を通じてプラスチックの60%ほどが炭化水素に変換されるという。 熱分解油の生産方法は複数あるが、ゼオライトのような鉱物触媒(化学反応を加速させる触媒で鉱物を含むもの)を用いて分解を促進し、収率(理論上得られる最大の量)を高めるのが一般的である。 今回のイェール大学の研究では、触媒を一切使用せずに収率を約66%まで引き上げる方法が見つかった。材料科学者のリャンビン・フー(Liangbing Hu)博士は、これによって大幅なコスト削減が実現する可能性があるとイェール大学の出したプレスリリースで述べている。フー博士によれば「触媒は高価で寿命の問題もあるため、この方法で大幅なコスト削減が可能になる」という。フー博士はこのプロセスを詳細にまとめた論文を、学術誌「Nature Chemical Engineering(ネイチャー・ケミカル・エンジニアリング)」に2025年夏に共著者として発表している。 さらに、このイノベーションの鍵となったのは、3Dプリントによって構築された3つの区画をもつカーボン製カラムリアクターだ。各区画には異なる細孔サイズ──1ミリメートル、500マイクロメートル、200ナノメートル──が設定されており、それによって反応の進行を効果的に制御する仕組みが実現した。研究チームは次に、反応器(リアクター)の大型化を目指した。実験として、入手しやすく高温耐性があり柔軟なカーボンフェルトを用いることが決まった。理想的な細孔サイズを算出する前段階にもかかわらず、約56%という高い収率を達成した。熱分解を用いた先端的なリサイクル技術の持続可能性や効率には、まだ伸びしろがあることが、現時点で示されたということだ。