暗黒物質を“燃料”にする「暗黒矮星」の存在が予測される
私たちの宇宙には、重力でのみその存在を知ることができる「暗黒物質(ダークマター)」が満ちていると言われています。その正体は現在でもよく分かっていませんが、宇宙全体に影響を及ぼすだけでなく、天体の性質を変えるようなユニークな性質を持つものさえあるかもしれないと考えられています。
ダラム大学のDjuna Croon氏などの研究チームは、暗黒物質の正体の有力候補の1つである「WIMP(Weakly Interacting Massive Particle / 弱く相互作用する大質量粒子)」と、恒星と惑星の中間的な性質を持つ「褐色矮星」の相互作用に注目してシミュレーションを行いました。その結果、褐色矮星がWIMPを十分に取り込めば、WIMPの対消滅によって輝く、言い換えれば暗黒物質を “燃料” にする「暗黒矮星(Dark Dwarf)」に進化する可能性があることが示されました。
暗黒矮星が私たちの宇宙に実際に存在するかどうかは不明ですが、もしも暗黒矮星が見つかれば、正体不明な暗黒物質の性質に迫る発見となるでしょう。
【▲ 図1: 暗黒矮星の見た目は赤色矮星のようだと予想されます。ただし、赤色矮星ではあり得ない性質を持っていることから、暗黒矮星だと判定することが可能であると考えられます。(Credit: R. Hurt & NASA)】暗黒物質は、宇宙に満ちている正体不明な物質
私たちの宇宙には、「暗黒物質」と名付けられた正体不明の物質があります。暗黒物質は重力を通じてその存在を知ることができ、水素やヘリウムのような、原子でできた普通の物質の5倍も多く存在すると考えられています。暗黒物質の重力は、銀河のような宇宙の大規模構造の形成に関与したと考えられており、その存在は重要です。
しかし、暗黒物質の正体は現在でもよくわかっていません。重力以外の力、例えば光などとはほとんど(あるいは全く)相互作用をしないため、重力以外の方法で暗黒物質を見ることができないからです。このため “暗黒(dark)” とは書くものの、黒というよりは無色透明なものと言えます(darkは色ではなく、正体が分からないことを指します)。
それでも長年の研究により、暗黒物質の少なくとも一部は、これまでに見つかっていない未知の粒子でできているのではないかと考えられるようになってきました。未知の粒子という説の中にも複数の候補者がいますが、有力候補の1つとして「WIMP」があります。
WIMPは、WIMP同士が出会うと対消滅し、多くの粒子に加えて光を放出するという性質が予測されています。WIMP自身は光を放出も反射もしませんが、対消滅する時に光が放出されるのならば、間接的にWIMPの存在を知ることができるでしょう。
「暗黒矮星」は暗黒物質を “燃料” に輝く
ダラム大学のDjuna Croon氏などの研究チームは、WIMPと天体との相互作用に関する興味深い説を提唱しました。ただし、その説明に入る前に、前提となる知識に少し触れておく必要があります。
太陽のような恒星は、中心部で起こる水素の核融合反応によってエネルギーを生産し、輝いています。水素の核融合反応が継続するには、ある程度強い重力で中心を圧縮する必要があります。必要な圧縮力を得られる下限値は、太陽の質量の約8%であると考えられています。この下限をギリギリ満たしている最小の恒星は「赤色矮星」と呼ばれています。赤色矮星は暗いながらも、核融合反応が継続的に行われており、長期間輝いています。
一方で、この下限を下回った天体は「褐色矮星」と呼ばれ、恒星と惑星の中間的な性質を持つ天体に位置づけられます。褐色矮星の内部では核融合反応が持続せず、極めて弱い光しか放出しない、暗い天体であると考えられています(※1)。
※1…褐色矮星は誕生直後は重水素の核融合反応で輝くものの、量が少ないため反応がすぐに停止します。褐色矮星はこの時に生産された余熱と、重力による収縮で放出されるわずかなエネルギーで輝いています。
Croon氏らはこの褐色矮星に着目しました。WIMPも暗黒物質であるため、天体の重力に引き寄せられ、中心部に蓄積します。そしてWIMPはお互いに対消滅し、光を放出します。もしWIMPの量が十分多ければ、褐色矮星は暗黒物質によってより強く輝くと予想されます。
Croon氏らがシミュレーションを行ったところ、宇宙空間におけるWIMPの密度が十分に高ければ、褐色矮星の内部にWIMPが大量に蓄積することが分かりました。十分な量のWIMPは対消滅を起こし、通常の褐色矮星とは区別できるほどの明るさとなると予測されます。必要なWIMPの密度は、宇宙にある物質の平均密度と比べ、約10億倍となるため、銀河の中心部のように、普通の物質も暗黒物質も集中しやすい環境に限定されると考えられます。
WIMP=暗黒物質で輝くことから「暗黒矮星」と名付けられたこの天体は、周りから暗黒物質を取り込み続け、事実上半永久的に輝き続けると考えられます。核融合反応に必要な水素などが枯渇し、いつかは寿命を迎える普通の恒星とは対照的です。
暗黒矮星は発見可能かもしれない
【▲ 図2: 暗黒物質の正体として考えられているものの一例。この中で対消滅して暗黒矮星の “燃料” となり得るものはWIMPだけです。(Credit: 彩恵りり)】もしも暗黒矮星が見つかれば、暗黒物質の正体を絞り込むことに繋がるかもしれません。
未知の粒子を暗黒物質の正体だとする主張の中には、「ステライルニュートリノ」「アクシオン」「ぼやけた暗黒物質(Fuzzy dark matter)(※2)」のような、WIMPより軽く、相互作用しない粒子であると予測する研究もあります。
※2…「ぼやけた冷たい暗黒物質(Fuzzy cold dark matter)」、または「ぼやけた超軽量暗黒物質(Fuzzy ultralight dark matter)」とも。
Croon氏らは、これらの軽くて相互作用しない暗黒物質では、お互いに寄り集まって対消滅することがないため、暗黒矮星の “燃料” になることができないと考えています。従って、暗黒矮星が見つかれば、軽くて相互作用しない暗黒物質が存在する可能性は低くなります。
では、暗黒矮星を見分ける手段はあるのでしょうか? Croon氏らは「リチウム」がカギになると考えています。リチウムは、核融合反応が起こるほどの高温環境ではすぐに破壊されてしまうため、恒星には存在しない元素となります。リチウムの存在は、恒星ではない褐色矮星と、恒星である赤色矮星を見分ける指標の1つとなるほどです。
褐色矮星が十分な量のWIMPを取り込んで暗黒矮星へと変化した場合、明るさは赤色矮星に匹敵する一方、内部温度はリチウムを破壊するほど高温にはなりません。もし、暗黒矮星を遠くから観測すると、見た目には赤色矮星に見えるのに、赤色矮星には存在しないはずのリチウムが検出されるという、不思議な天体として観測されるでしょう。
今回の研究はあくまで理論的な検証に基づくものであり、暗黒矮星が実在するかどうかは分かりません。また、仮に暗黒矮星が見つかったとしても、暗黒物質の正体がWIMPであると確定できるわけでもありません。しかし、もし暗黒矮星が見つかれば、宇宙にはWIMPそのものか、少なくともWIMPであるかのように振る舞う物質があることを示す有力な手掛かりとなるでしょう。
ひとことコメント
暗黒矮星は、暗黒の名に反してちゃんと輝いているけど、かなり不思議な “燃料” で輝いているよ(筆者)
文/彩恵りり 編集/sorae編集部