なぜ現代の高層ビルは「退屈」なのか? 人間の幸福を置き去りにした都市開発への反乱
イギリスの建築家トーマス・ヘザウィックがデザイン、たくさんのらせん階段を組み合わせた「ベッセル」(ニューヨーク) JUST DANCE/SHUTTERSTOCK
高さと機能性を競うばかりの高層ビルには魂がない、都市とその建造物はもっと人に寄り添うべきだ──そう訴えるロンドン発の建築運動が静かに広がっている。【スー・キム (ニューズウィーク誌ライフスタイル担当)】
提唱者はイギリスの建築家トーマス・ヘザウィック。2012年のロンドンオリンピックの聖火台やニューヨークのハドソン川に臨む体験型モニュメント「ベッセル」などで知られる人物だが、彼の設計事務所が目指すのは「私たちを取り巻く建物や空間がもっと楽しく、快適で人間的である世界」だと言う。23年には、10年先を見据えた世界規模のキャンペーン「Humanise(ヒューマナイズ)」を立ち上げた。「退屈で魂のない建造物の拡散」を食い止め、「退屈な建造物に起因する公衆衛生上の諸問題」に対処するために、既にイギリス国内の「建築や道路をいかにして人々の健康と幸福感の増進に役立てるか」を探るプロジェクトにも着手している。「私たちの町にある建物は、毎年何百万もの人が目にし、通りかかり、体験しており、そういう人たちの気分に深い影響を与えている」。ヘザウィックは建築・デザインのオンライン専門誌デジーンにそう語っている。「なのに私たちは何十年も前から、狭義の機能性ばかり気にして建物を設計してきた。効率とコストを優先して、そこを借りる入居者やテナントのニーズだけに重点を置きすぎていた」都会という名の編み物その結果が無味乾燥な高層ビルの増殖だ。設計者のセンスの問題ではない。大型の建設事業ではコストの削減と完成後の収益性が徹底して問われるからだ。かつて巨匠ザハ・ハディド(故人)の下で働いていた建築家のアイステ・ジカライテも本誌に、今どきの建築が「フラットで顔がない」のは「建物の値段が、つまるところ床面積で決まるから」だと語った。一方でナッシュビル(米テネシー州)を拠点とするバージ・デザイン・ソリューションズの建築家デーン・ダニエルソンは、今どきの建築物が「あまりにも単調」なことを認めつつも、「問題は現代の建築そのものにあるのではない」と本誌に語った。しかし建築物が愛されるために必要な資質、つまり個性や楽しさ、驚き、動き、アイデンティティー、そして自分たちの町の宝物だという共通認識みたいなものは、なかなか数値化しにくい。だから「結果として、機能的には申し分なくても人々から愛されるとは思えないビルが増えてしまう。そこが問題だ」とダニエルソンは言う。同じアメリカの建築家チャールズ・ブロシーズもヘザウィックに同調するが、「私たちも好きで無味乾燥な建物を設計したり建てたりしているわけではない」と語る。「都会という名の編み物は一針ごとに広がっていく。大きな声で自己主張する一針もあれば、周囲に溶け込む一針もあっていい」機能性と効率性ばかりを追求ヘザウィックが求めるのは「(建築家や開発業者が)人々の感情を、設計時に考慮すべき機能の1つとして認識」することだ。「ヒューマナイズ」キャンペーンの責任者アビゲイル・スコットポールは本誌にそう説明した。これまであまりに長く「機能性と効率性ばかりを追求し、外から建物を見る人が何を感じるかを考慮せずにいた」とスコットポールは言う。「しかし今は、建物の見え方や感じ方が私たちの健康や幸福度に影響を及ぼすとのエビデンスが増えている。今までとは違う都市開発へのアプローチを、皆が求め始めた」実際、ある調査によれば地域住民の52%は「周辺の建物の外観について口を出したい」と思っているが、「現実には無力」と感じている人が67%に上っていた。またイギリスの王立建築家協会による25年の調査では、設計事務所の約70%が、程度の差はあれ作業の初期段階でAI(人工知能)を活用していた。そして回答者の57%が「AI導入による生産性の大幅な向上」に期待している一方、「AIに仕事を奪われる」と懸念する回答も35%に達していたという。スコットポールもAIの利用がデザインの可能性を広げ、より多くの可能性を開き、コストを削り、かつ「より人間中心のデザインをもたらす」ことに役立つなら大歓迎だと考える。精神衛生にポジティブな影響を与え得る建築ただし今までと同じことを短期間で、安くやるだけでは駄目だ。そうではなく、「もっと楽しくて人間的で、もっと快適な場所を大規模に、かつ手頃な価格でつくり出す」ために使わなければならない。スコットポールいわく「AIに感情はない」。大事なのは感情、「いかに空間を設計し、いかにそれを感じるか」。AIがどんなに進化しても「人間の設計者がもたらす洞察や想像力、クリエーティブな判断」に取って代われるものではないと言う。ジカライテに言わせれば、人の精神衛生にポジティブな影響を与え得る建築はエレガントで曲線的で、「人々がペースを落とし、目を休められるような空間や通路があり、自然のフォームを模した有機的なデザイン」だ。一方、ダニエルソンが最も重視するのは人と場所の「つながり」だ。「大事なのは建築デザインを地域社会やその場所の個性とつなぐこと。そして帰属意識みたいなものを感じてもらうことだ」とダニエルソンは言う。アメリカで「人に優しい不動産開発」を推進している建築コンサルタントのジュリー・ソマリバも、必要なのは「人々がつながり、帰りたいと思える場所」をつくることだと考える。「欲しいのは見栄えのする建物ではない。人が足を止め、そこに集まり、つながるように誘い、一体感を育てるような場所だ」自然由来の素材を使ったシンプルな建物しかし、言うは易くして行うは難し。イーストロンドン大学持続可能性研究所のアラン・チャンドラーによれば、ヘザウィックの夢をかなえるのは簡単ではない。建物が「無味乾燥」かどうかを問うよりも、「多様性を加速する新たなソリューション」を見つけることが先決だ。いま最も求められているのは、より健康的で記憶に残り、意味のある建築デザインだとチャンドラーは言う。「どんな素材を用い、(建設段階での)二酸化炭素排出を減らし、長持ちすることが大事で、やたらと主張せず、自然由来の素材を使ったシンプルな建物がいい」