名警察犬イルミナ号逝く 「怖がり」一転、才能開花 「ハイブリッド犬」のパイオニア
持ち前の嗅覚をいかして活躍する警察犬。従来は薬物・銃器の検索や行方不明者捜索など、得意分野に分かれて活動していたが、今年息を引き取った警視庁のメスのラブラドール・レトリーバー「イルミナ号」は、複数の専門を持つ「ハイブリッド犬」のパイオニアとして道を切り開いた。当初は臆病だった〝彼女〟が名警察犬へと成長した背景には、ハンドラーと呼ばれる担当警察官との絆があった。
警視総監賞2回、刑事部長賞3回
「鑑識課の一員として全力で職務に取り組んでいただいた」。23日、警視庁の警察犬計299頭が祀られる東京家畜博愛院(東京都板橋区)で行われた慰霊祭で、警察犬担当者や捜査員らとともに手を合わせた畑孝博鑑識課長はこう述べ、感謝を示した。警視庁では同院に警察犬慰霊碑が建てられた昭和43年以降、毎年慰霊祭を行っている。
イルミナ号は、平成20年生まれ。警察犬として活動した約6年半で計117回、現場に出動し、警視総監賞を2回、刑事部長賞を3回受賞するなど輝かしい経歴を持つが、初めから順風満帆ではなかった。
最後に担当した色川さんとイルミナ号(色川さん提供)娘のように「1人前に」
「人を怖がり、隠れる様子が印象的だった」。最初に担当したハンドラーの鑑識課警察犬係の吉野公佳(きみよし)警部補(54)は、平成21年に初対面した時のことをこう、振り返る。
警視庁に来る前のイルミナ号の呼び名は「ララ」。偶然にも、吉野さんの娘の名前と同じ読みだったといい、「何とかして1人前にして現場で活躍させたい」と娘を思うような気持ちで訓練を始めたという。
交番の前に立ち、行き交う人を見せることで慣れさせる訓練から始めたが、緊張からか、何度も失禁してしまった。「『またしたか』『まだだめか』と掃除を繰り返していた」(吉野さん)。
それでも、訓練を重ねるうちに知らない場所や人に会う機会も増え、人見知りも徐々に改善。すると、高い捜索意欲と集中力をみせるようになったという。
「ひょっとしたら、できるかもしれない」。ほかの犬にない才能を見出した吉野さんは、当時としては異例だったが、複数の捜索能力を習得する訓練を受けさせることを上司に提案。行方不明者捜索に加えて、銃器と薬物の訓練を受けさせると、見事、検定に合格し、全国初の「ハイブリッド犬」と認定された。
名警察犬として活躍したイルミナ号(警視庁提供)信頼関係、活躍の礎に
最後にハンドラーを担当した元鑑識課員の色川晴彦さん(64)も、イルミナ号との思い出を共有する一人だ。担当になった当初は懐かなかったが、体の大きい警察犬からイルミナ号を身を挺して守ると、「信頼したのか、甘えるようになった」。
印象に残っているのは、暴力団事務所で拳銃の捜索を行った時のことだ。通常、人が多く集まる部屋での捜索は気が散るため難しいとされるが、イルミナ号は違った。一つ一つ丁寧にかぎ分け、見事拳銃を見つけ出した。「集中力が高く、人が多い現場でも的確に探し当てた」。
加齢とともに徐々に現場を離れ、今年2月、最後は関係者の家で16年11カ月の生涯の幕を閉じた。人間の年齢では、100歳を超える長寿で、最期は老衰だった。
計3人のハンドラーとともに、数々の現場で活躍したイルミナ号。その功績は警視庁でも伝説として語り継がれる。色川さんは、天にいるイルミナ号に声をかける。「いつかまた一緒に訓練しましょう」。(梶原龍)