【124】不妊治療による生殖器がんの発生率の影響|シティリビングWeb
こんにちは。産婦人科医の齊藤英和です。 今回は、不妊治療が生殖器がんの発生率に影響を与えていないか検討した研究結果が発表されましたので、そのことについてお話ししたいと思います。
不妊治療のメリット、デメリットを十分理解して、自分のライフデザインを設計して
約半世紀以上前からいろいろな不妊治療法が開発されてきていますが、特に、1978年に、世界初の体外受精児誕生以降、高度な治療が急速に開発され、改良されてきました。当初、これらの治療法は自然に妊娠するのとは異なるので、この治療法を行うことによって、自然よりは様々なリスクが上がる可能性があることが懸念されてきました。現在、この治療法で今後も注意深く検討していかなければならないことの一つに、この治療を受けた母体の長期間の影響があります。体外受精では、卵胞の発育を刺激する薬剤を使用して採卵手術をしているので、これらが生殖器がんの発生率に影響を与えていないか、検討する必要があります。通常これらの臓器のがんの発生率はそれほど高頻度ではないので、正確に解析するには数十万人以上のデータ規模が必要です。体外受精の治療が始まって約45年が経った今、ようやく、大規模なデータ数での研究結果が発表されましたのでご紹介しましょう(Saso S, et al. Fertil Steril. 2025 Mar;123(3):506-519. doi: 10.1016/j.fertnstert.2024.09.023. Epub 2024 Nov 14.PMID: 39545878 )。
この研究の目的は、不妊治療後の卵巣がん、子宮内膜がん、乳がん、子宮頸がんなどの女性特有の生殖器悪性腫瘍の発症率と不妊治療との関連性を調査することです。このため、世界的な研究文献検索データベースであるCochrane Database of Systematic Reviews、EMBASE、Google Scholar、およびPubMedなどの複数のデータベースを用い、各データベースの開始時から2022年4月までのシステマティックレビューとメタアナリシスの研究を抽出しました。
この研究では、各生殖器がんの発生率が、不妊治療群(卵巣刺激法のみの治療群、または卵巣刺激法+体外受精<顕微授精を含む>治療群群)と非治療群(非不妊治療群、一般集団群)の両方が比較検討されている研究を抽出しました。3,129件の文献から、メタアナリシスレビュー11件(188件の研究)が今回の解析のために選択され、不妊治療群と非不妊治療群の各癌の発生率を検討しています。
卵巣がんの発生率は、全不妊治療群は非治療群に比較すると有意な差を認めました(オッズ比[OR]、1.21; 95%信頼区間[CI]、1.00–1.45)。また境界悪性卵巣腫瘍でも全不妊治療群は、非治療群と比較すると(OR、1.87; 95% CI、1.18–2.97)、発生率は統計的に有意な差が観察されました。卵巣がんの発生率は、特に卵巣刺激法+体外受精<顕微授精を含む>治療群の場合に高くなっていました(OR、1.65; 95% CI、1.07–2.54)。境界悪性卵巣腫瘍の場合では、不妊治療群全体だけでなく、適用された薬剤:クロミフェンクエン酸(CC)のみ群(OR、1.99; 95% CI、1.02–3.87)、ヒト閉経期ゴナドトロピンのみ群(OR、3.46; 95% CI、1.39–8.59)、およびCCとヒト閉経期ゴナドトロピンの併用群(OR、3.79; 95% CI、1.47–9.77)に分けた分析でも、各薬剤使用群においても発生率が高値を示しました。一方、これ以外の子宮頸がんや子宮内膜がん、乳がんの発生に関しては、不妊治療群と非治療群との間に差を認めませんでした。
今回の研究結果を受けて、この治療にはメリット、デメリットの両方があることを十分理解して、これらの情報を基に若いうちからご自分のライフデザインを設計することはとても大切だと思われます。
PROFILE齊藤英和先生
1953年東京生まれ。梅ヶ丘産婦人科ARTセンター長。昭和大学医学部客員教授。近畿大学先端技術総合研究所客員教授。国立成育医療研究センター臨床研究員。浅田レディースクリニック顧問。専門分野は生殖医学、特に不妊症学、生殖内分泌学。