ドイツの志願制兵役は期待外れ、強制的な徴兵制再導入を来年7月までに決断
ドイツが今年1月に施行した新兵役法=志願制兵役の運用実績は期待外れの結果に終わり、連邦議会の国防委員会委員長は「もし志願兵制度によって人員増強の目標を達成できないなら、強制的な徴兵制に戻らざるを得ず、来年の7月31日までに決定を下さなければならない」と言及した。
参考:Germany considers reintroducing military conscription 参考:Ukraine’s Experience for Europe’s Future Security. Illusions and Harsh Reality
2025年2月の選挙で勝利したメルツ氏は「米国からの独立達成が優先事項になる」「米国が信頼できる同盟国でなくなる最悪のシナリオに備えなければならない」と訴え、キリスト教民主・社会同盟と社会民主党は国防・インフラ整備のため「債務制限からの国防支出除外」「総額5,000億ユーロの特別インフラ基金設立」で合意し、ドイツ連邦議会も憲法改正を可決して歴史的規模の財政パッケージが成立。
出典:Dirk Vorderstraße/CC BY 2.0
正式に首相に就任したメルツ氏は2025年5月の議会演説で「連邦政府はドイツ軍が欧州最強の通常軍になるため資金を全て供給する。これは欧州で最も人口が多く、経済的に最も強力なドイツにとって相応しい措置だ。我々のパートナーらも強力なドイツに期待し、実際にこれを要求してきている」「我々の目標は武力を行使する必要がないほど強いドイツや欧州を実現することだ」と述べ、現在のドイツの状況がどうなっているかを端的に説明すると以下の通りになる。
ドイツは非常に厳しい財政規律を緩和するため憲法改正(GDP比1.0%を超える国防支出を債務制限外として扱う例外規定)を行い、債務対GDP比率が60%前半台なので事実上「トリプルA格付けのドイツ国債で市場から資金を無制限に調達できる」と言われており、これは債務対GDP比率が高い他の欧州諸国と比べて「異次元の資金調達能力」という意味で、ドイツは2026年から2041年までの防衛装備品調達に計4,002億ユーロ=約74兆円を投じる予定だが「返済能力をどう維持するか」「防衛装備品調達への巨額な投資が生産性向上や経済成長に結びつくかどうか」も追求しなければならない。
出典:KNDS Deutschland
防衛装備品調達の資金を含む国防予算全体の数字を見ても、メルツ政権は2025年6月「今後5年間(2026年~2030年)で総額6,490億ユーロ=約121兆円を国防予算として支出する法案」を、2025年7月「2026年~2029年までの国防予算を最大1,620億ユーロ=約30兆円増額する中期財政計画」を承認し、2026年からの5年間で投じられる国防予算の総額は最大8,110億ユーロ=約151兆円、1年あたりの国防予算は平均2,027億ユーロ=約37兆円となり、NATO首脳会談で合意された「2035年」ではなく「2029年」までに純粋な国防分野への支出基準=GDP比3.5%達成が確実な状況となっている。
ピストリウス国防相は2025年11月「2039年までに欧州最強の通常軍を整備するための軍事戦略計画」に言及、この軍事戦略計画は2026年4月に一般公開(機密が解除された範囲のみ)され、ドイツ軍の再軍備は「2029年までに急速な増強」「2035年までの能力重視の拡張」「2039年以降の長期的な技術主導の拡張」で3部構成で、端的に言うと「2035年まではすぐ手に入る能力で再軍備を行い、長期的な技術開発への投資が再軍備に結びつくのは2035年以降」という意味だ。
出典:Bundeswehr/Jana Neumann
さらに人員増強も2030年代半ばまでに現役18.5万人を26万人、予備役6万人を20万人、戦闘準備が整った兵士(現役と予備役の合計)を24.5万人から46万人までに増強し、予備役の立場も「二次的な戦力」から「現役部隊と同等」に引き上げられ、ピストリウス国防相は予備役について「軍と市民社会をつなぐ要だ」と述べている。
今年1月に施行された新兵役法(志願制の兵役)は人員増強が目標を達成できないと徴兵制に切り替わる可能性を秘めており、連邦議会の国防委員会で委員長を務めるトーマス・レーヴェカンプ議員は「もし志願兵制度によって人員増強の目標を達成できない場合、強制的な徴兵制に戻らざるを得なくなるだろう」「これは来年の7月31日までに決定を下さなければならない」「私が最も懸念しているのは正規軍人や契約軍人の数の増加だ。なぜなら戦闘機を操縦したり、艦船を操縦したり、戦車を運転したり、パトリオットシステムを操作したりするのは彼らだからだ」と言及した。
出典:Bundeswehr
レーヴェカンプ議員の懸念は新兵役法施行後の結果が期待外れだったためで、ドイツ軍は1月から5月にかけて約30万人の若者に接触したにもかかわらず、志願兵は530人しか集まらなかった。レーヴェカンプ議員が所属するキリスト教民主同盟は当初から「軍事的危機が深刻化した場合にのみ発動される徴兵は抑止力ではなく対応策に過ぎない」「これでは危機に対して手遅れになり本来の目的を果たせなくなる」「危機が発生している状況下での徴兵実施にどのような成果が期待できるのか」と主張して「強制的な改善=兵役が選択肢に含まれた義務的奉仕制度の導入」を要求したが、社会民主党の反対で現在の形で落ち着いたという経緯がある。
要するに「志願制の兵役で結果が出ていないのだから強制的な徴兵制に戻すかどうかを決断しなければならない」という意味だが、仮に徴兵制が再導入されても18歳のドイツ人男性全員(推定35万人)が招集されるわけではなく、年間採用目標を達成するのに必要な数のみ招集される見込みだ。
出典:Bundeswehr/Jana Neumann
レーヴェカンプ議員は若者の兵役反対運動についても「冷戦終結後の2011年に兵役が廃止(平時の徴兵制運用の停止)されて以降、若者は安全保障問題に関心を持たなくなっているため彼らの懸念は理解できる」「私たちも若い世代と戦争、平和、そして国防の必要性といったテーマについて語り合ってこなかった」「ロシアが2029年までにNATO加盟国を攻撃する準備を整える可能性があり、だからこそ私は若い世代との対話に取り組むべきだと考える」と述べ、新兵役法に規定された「徴兵制に切り替わる可能性」は徐々に現実のものになろうとしている。
戦後の日本人は兵役に馴染みがないので「若者世代に国防や有事の際の負担を押し付けている」と見えてしまうかもしれないが、ドイツでは現役を離れる職業軍人、任期制の契約軍人、志願制の兵士は自動的に「Beorderte Reservisten=具体的な任務ポストに割り当てられた予備役」に6年間編入され、ドイツ軍の予備役6万人(これを20万人まで増強予定)とはBeorderte Reservistenのことを指しているものの、6年後に任務ポストに割り当てられた予備役から外れても軍籍から外れる訳ではなく、法的には依然としてReservist=予備役のままだ。
出典:Photo by Sgt. 1st Class Michael O’Brien
ドイツは冷戦終結後に平時の徴兵制運用を停止しただけで、新兵役法に関係なく有事の際には強制的に運用が再開され、基本法第12A条に基づき全成人男性は軍隊、国境警備隊、民間防衛部隊への勤務に招集=動員することもでき、アクティブな予備役6万人=任務ポストに割り当てられた予備役から外れても軍籍に留まって予備役の法的地位が維持される=軍籍を外れる65歳の誕生月末までは有事の際に真っ先に動員され、この巨大な予備役プールには「2011年に兵役が廃止される以前に兵役を経験した人間が推定90万人いる」と見積もられている。
ドイツの国防や有事の際の負担は「依然として平和の配当を勝ち取るため兵役についた人間が引き受けている構造」で、軍籍に残る65歳までの男性はどんどん歳を取り、健康状態が悪化しているため、見積もられている推定90万人全員を有事の際に動員できるわけではなく、この巨大な予備役プールはどんどん縮小しているため、ドイツはBeorderte Reservistenの数を6万人から20万人に増やして巨大な予備役プールを補充したいのだ。
出典:Bundeswehr
現在の若者世代が平時の徴兵制運用から解放されたのは「平和の配当」のお陰で、この配当が終わりを迎えて「国防や有事の際の負担」の必要性が高まっているのに「依然として平和の配当を勝ち取るため兵役についた人間が引き受けている構造」で、これは「若者世代に国防や有事の際の負担を押し付けている」のではなく「年齢や健康状態からくる国防や有事の際の負担の世代交代」であり、これに若者が反発するのは「生まれた時から平和の配当が当たり前で、平時の徴兵制運用から解放される恩恵を取り上げられる」と感じるからだろう。
ドイツの事例を国境を超えて広げることはしないが、レーヴェカンプ議員が若者の兵役反対運動について「若者は安全保障問題に関心を持たなくなっているため彼らの懸念は理解できる」「私たちも若い世代と戦争、平和、そして国防の必要性といったテーマについて語り合ってこなかった」「だからこそ私は若い世代との対話に取り組むべきだと考える」と言及したもの「平和の配当は冷戦時代の国防や有事の際の負担を支えた人々からの贈り物であって若者世代の権利ではない」と伝えたいのかもしれない。
出典:Минобороны России
ちなみにロシアが2029年までにNATO加盟国を攻撃する準備を整える可能性とは「突如としてロシアがNATO加盟国に全面侵攻してくる」「ロシアが欧州に侵攻して領土を拡張してくる」という話ではなく、NATOの基盤=第5条の有効性を試すという脈略であり、ロシア人系住民の保護など曖昧な問題で特定地域の対立を煽り、判断や立場が分かれそうな小規模な衝突からエスカレーションを誘い、西欧と東欧の危機感の違いを突いて加盟国間を分断し「第5条が役に立たない」と証明すること。
もっと分かりやすく言えば「曖昧で判断や立場が分かれそうな部分を攻撃して団結されると厄介なNATOをバラバラにする」「欧州全体をロシアへの危機感が異なるグループ毎に安全保障体制を再編させる」「再編されたNATOよりも小さなグループは相対的に戦力と能力の規模が小さくなる」「結果的にロシアの影響が強くなり干渉しやすくなる世界が出来上がる」という意味だ。
出典:NATO
ロシアがリスクを犯してまでNATO加盟国に仕掛けると予想しているのは「第5条の有効性=集団的な軍事的能力が机上の空論で実際に機能しない」と認識しているからで、ロシアを軍事的に抑止するためには「集団的な軍事的能力が機能する」と認識させる必要があり、ロシアとの戦争を避けるためにはNATO加盟国の軍事能力を見せかけのものから実際に機能する組織と規模に再構築しなければならず、これは正面装備を沢山購入するだけでは機能しない。
結局のところ「戦う準備ができた人間がどのくらいいるのか?」「前線での人的消耗を補充できる回復力があるのか?」「社会全体が国家の主権を守るために団結できるのか?」が重要で、ウクライナ軍のザルジニー元総司令官は2026年5月「ウクライナの経験が欧州の将来の安全保障に示唆する幻想と厳しい現実」という記事をNVに寄稿し、この中で中々興味深いことを示唆している。
出典:Zelenskiy Official
“2026年5月現在もウクライナにおいて第二次世界大戦以降最大、21世紀で最も多くの死傷者を出している戦争が未だに続いている。第二次大戦以降の長く平和な生活、ソ連邦崩壊以降の安定がもたらした数々の幻想により、欧州各国の安全保障に対する道のりは3つの理解の段階を経ることになるだろう。第一段階は国家と政治家が問題や懸念は一切存在せず、あらゆる問題は間違いなく自国には関係なく、最終的にはそれらの問題は自然消滅すると確信している状態だ。さらに最悪なのは問題は解決されるべきだが、それは次の選挙サイクルで対処すればよいと考えている状態だ”
“第二段階は安全保障上の問題が明白になった時だ。この懸念のレベルは政府に別の過ちを犯させる。この問題の解決を軍に丸投げし、新たな契約が結ばれ、必要な何かの生産が増加すると請け合うことになる。そして国家の安全保障に責任を負うべきは軍隊だと主張する。この取り組みは適切に対処され、その過程で経済的利益も発生するだろういう強力なインフォメーション・キャンペーンが展開される”
出典:Головнокомандувач ЗСУ
“第三段階は残念なことに軍の部隊と能力が枯渇し、戦争が勢いを増した時に訪れる。それは恒常的な国家の即応体制を示すことで戦争を回避し、必要であれば敵を撃退し、損失を最小限に抑えることによって安全を保障しなければならない基盤とは「すべての権限をもつ国家そのものだった」と証明される時だ。これは前世紀において常識だったが、安全保障の基盤が「果てしない懸念」と「より良い生活の約束」であると考えられる現代において相容れないものとなっている”
起きるかもしれないリスクへの負担が大きければ大きいほど「起きない可能性」に目を向けがちで、政治レベルだけでなく国家全体で必要性を認めるのは手遅れになった段階、病気の進行で例えるなら予防的措置を軽視して外科的介入が必要になった段階で後悔するようなものだろう。
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※アイキャッチ画像の出典:Bundeswehr