水俣、福島… 広がる都市と地方の亀裂 中島岳志さんが語る社会構造

中島岳志・東京科学大教授=幾島健太郎撮影

 高度成長期に未曽有の被害と差別を生み「公害の原点」とされる水俣病は、5月1日で公式確認から70年となる。東京科学大の中島岳志教授は「水俣病を生んだ社会構造の問題は一層深刻になっている」と語る。

 経済重視、都市優先の陰で、平穏な暮らしが奪われ、地域社会に亀裂が広がる。水俣病から考える。【聞き手・青木絵美】

――政治や南アジア地域などの研究を専門とされる中島さんが水俣病に関心を持ったのはなぜですか。

 一番のきっかけは2011年の東日本大震災と東京電力福島第1原発事故です。

 私は日本の右翼を研究し、戦前、福岡を拠点にアジア主義を掲げた政治結社「玄洋社」などの思想に触れる中で、九州の土着的な思想風土に関心を持ちました。

 その一つに、炭鉱労働者が中心となった文化運動「サークル村」があり、参加者の一人だった石牟礼道子さん(18年死去)が水俣病を描いた作品「苦海浄土」を読みました。

 この国には都市の都合や近代化のしわ寄せが地方にいくという構造的な問題があります。水俣にチッソが、福島に東電が来た時、地方は喜んだし、依存もした。

 しかし、ひとたび何か起きると、地方はその存在の根本を奪われる。原発事故が起き、福島の問題が照らし出されるのを見て、水俣を考えないといけないと思ったのです。

一人の女性との出会い

――水俣で忘れられない出会いがあったそうですね。

 私は東日本大震災の後、熊本市にある真宗寺(しんしゅうじ)という寺で、石牟礼さんや水俣をテーマに講演するようになりました。ただ、当時、私は水俣に行ったことがありませんでした。

 すると、ある日の講演で、一番前の席で聴いていた女性から突然、日付指定で「水俣へ来い」と言われたのです。

 女性は西村文子さん。25年10月に79歳で亡くなるまで、約半世紀にわたって水俣病の患者・被害者をはり・きゅうマッサージで支援していた、地元で有名な人でした。

 私は西村さんに導かれ、胎児性患者らが過ごす水俣市内の施設「ほっとはうす」や、患者運動を率いた後に離脱した緒方正人さん宅を訪ね、当時入院していた石牟礼さんの病室にも行きました。

 西村さんはすぐ人とけんかする、感情の塊のような方でありながら、物事の本質をよく見ていて、石牟礼作品から出てきたような人でした。

 石牟礼さんは、経済重視などの近代の価値観によって、情念や人間にとって大切なものが「古いもの」として退けられ、ズタズタにされたということを「苦海浄土」で描こうとしました。

 自分たちの生活の中で本気で考えたことを言葉にしてきたのが九州の思想であり、石牟礼さんの世界。水俣では過酷な状況下で自分の命をかけて文章にしたのです。

 私にとっては、西村さんの存在によってこれを体感できたのが大きかったです。

「心からの謝罪」とは

――水俣病を巡っては補償・救済策から外れた人たちが今も訴訟を闘っています。なぜ解決に至らないのでしょうか。

 まず、補償・救済を限定する国の作為性に問題があります。申請期限や地域を区切り、汚染された魚を食べた証明まで求めるのは無理なことです。

 もう一つ、国・熊本県と患者・被害者の間の溝が埋まらないのは、国や県が本当に謝っていないからだと考えます。

 私がインド研究で学んだヒンディー語には「主格」と「与格」という文法があります。主格は「私は大学で政治学を教えています」というように動作や状態を表すのに対し、与格は「私に」で始まり主に感情を表現するのに使います。

 例えば「I love you」は「私にあなたへの愛が宿っている」となります。不可抗力で起きている現象や、自分の意思でコントロールできない何かに、自分が突き動かされているという考えが根本にあります。

 こうした言葉を聞く時、人は「本当の気持ちだ」と受け止めます。つまり、謝罪は与格でなければなりません。

 ところが、企業や政治家の謝罪の多くは「今こういう状況だから謝っておかないといけない」という主格です。

 水俣病に対する国や県の謝罪も同じで、水俣の人たちは心からの謝罪が得られていない感覚があるのです。

――中島さんは東京科学大(旧・東京工業大)に所属するにあたり、「大学の加害性」を意識した発言をされていました。

 水俣病の原因を巡っては1959年、熊本大の研究班が有機水銀説を発表し、チッソの付属病院長も工場の廃液を猫に与える実験で発症を確認しています。しかし、チッソはそれを公表せず工場排水を海に流し続けた。

 翌年、貝の腐敗によるアミン中毒説を発表したのが東工大の清浦雷作教授(98年死去)でした。私たちの大学には一種の権威があり、それが産業界や国家とつながった結果、原因の確定が遅れました。

 東工大から教授職を打診された時…

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