「学生の頃からふさぎこみ」 両親が語る女性刺殺容疑者の鬱屈と絶望
外から叫び声が響いた。「警察呼んで!」
聞こえたのは、自分の名を呼ぶような母の声だった。玄関を出て外階段を下りると、小柄な男性が母に馬乗りになり、何度も刃物を振り下ろしていた。
その男性と目が合うと、動けなくなった。ついさっき、「早く帰ってきてね。気をつけて」と電話越しに言葉を交わしたばかりの母は、目の前で体中を刺されていた。
9月30日午後7時すぎ、東京都町田市のマンションで、住人の秋江千津子さん(76)が襲われ、亡くなった。
惨劇を目の当たりにした娘の通報を受けて駆けつけた警察官に、刃物を振るった男性は取り押さえられた。
町田市内に住む職業不詳の桑野浩太容疑者(40)。殺人未遂容疑で現行犯逮捕され、こう供述した。
「誰でもいいから殺そうと思った」
警視庁や容疑者の両親への取材からは、容疑者が日々の暮らしで鬱屈を抱え、絶望感を募らせた様子が浮かび上がる。
物色する容疑者、足の悪い被害者
事件が起きたマンションは、小田急線町田駅から歩いて10分ほどの住宅街にある。
その日の夜、近くのスーパーに行った秋江さんはレジに並ぶ間、自宅に残った娘に電話をかけた。「コーラ、買い忘れちゃった」
両手に荷物を持ち、帰り道をゆっくりと歩く。秋江さんは、足が悪かった。
40代の娘は言う。「数年前に転んで以来、足を痛めていました。行動範囲は狭くなりましたが、それでも元気でした」
その秋江さんを見つけたのが桑野容疑者だった。
逮捕後の調べに、「抵抗されなさそうな人を探した」と供述し、被害者については「年配の女性」と語った。面識はなかったとみられる。
警視庁町田署によると、当日は現場付近まで周囲を物色するようにして歩く桑野容疑者の姿が防犯カメラに映っていたという。
「痛かったよね」娘が語る母の無念
突然の事件で母を失った娘は心痛を語る。
「とにかく働き者で温厚な母でした。人の恨みなんて(買うような人でなく)……」
秋江さんは足を悪くしてからも清掃のパートに行き、近所でも気さくな人柄で知られていた。
近くに住む80代女性は、早朝に働きに出る秋江さんとよく行き会った。「私の飼い犬をかわいがってくれて、話すと心が和らぐ優しい人でした」
事件直後から報道機関の取材に応じてきた娘の言葉は、ほとんどを母への思いが占める。
「歩くのが遅くて狙われたなら、私がスーパーに行けばよかった。私だったり、2人だったりしたら襲われなかったかもしれないのに」
「かわいそうだったね、痛かったね、痛かったねって」
「母が一番無念だったと思います」
秋江さんが襲われた外階段には、血だまりが広がり、買ってきたばかりの卵が散乱していた。司法解剖の結果、胸や腹を10カ所以上刺されており、死因は失血死だった。
両腕には、必死に身を守ろうとしてついた傷がいくつもあった。
自称「派遣社員」、不満蓄積か
一方の桑野容疑者は、どんな人物だったのか。
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