「微小重力」が医療製薬の新たなフロンティアとなる可能性

サイエンス

アメリカの宇宙研究企業Varda Space Industriesは、地球上では製造不可能な新しい医薬品を宇宙で製造する取り組みを進めています。Varda Space Industriesは、民間企業として初めて宇宙で医薬品を合成し、無傷で地球に持ち帰ることに成功し、微小重力下で起こる結晶化プロセスが地球の重力環境に戻った後でも保持されることを実証したと主張しています。

Microgravity Is The Final Frontier For Medicine. Here's Why. : ScienceAlert

https://www.sciencealert.com/microgravity-is-the-final-frontier-for-medicine-heres-why

How Varda Makes Pharmaceuticals in Orbit - YouTube

2025年5月13日、同社の3機目となるコマ形のカプセル「W-3」が、低軌道上で2ヶ月間の実験室としての役割を終え、宇宙から地球の大気圏に突入し、オーストラリアの砂漠に着陸しました。

Vardaの最高科学責任者であるエイドリアン・ラドセア氏は、微小重力下で形成される結晶構造がたとえ同じ有効医薬品成分であっても、地上で形成されるものとは異なる可能性があると述べています。この構造の違いは、薬剤を改良したり新たな投与経路を実現したりするなど、様々な影響をもたらす可能性があるとされています。 地上では、重力が小分子の結晶化に影響を与え、分子が不均一に凝集したり成長したりする原因となります。さらに、重力下で発生する対流が、結晶が形成される過程で液体をかき混ぜ、さらなる不安定性を引き起こすことがあります。これに対し、放物線飛行や国際宇宙ステーションでの過去数十年にわたる実験により、微小重力環境は結晶化プロセスを安定させ、不均一な成長につながる影響を取り除くことが示されてきました。

ラセドア氏によれば、微小重力は対流や沈殿といった現象を抑制するため、結果として得られる結晶はサイズや構造がより均一になるとのこと。重力は化学反応そのものにはほとんど影響しませんが、結晶化の流体力学や製造スケールでの動態には大きな役割を果たします。そのため、微小重力環境を利用することは、医薬品の製造方法に根本的な変化をもたらす可能性を秘めているというわけです。 結晶化の初期段階と成長を精密に制御できるようになることは、結晶の粒子サイズ分布、同じ成分でも結晶構造が異なる状態の制御、粒子の形状、純度に影響を与え、低分子医薬品から生物学的製剤の原薬開発まで、幅広く応用できるとラセドア氏は説明しています。

宇宙での分子製造というアイデア自体は新しいものではありませんが、再利用可能な商業ロケットが開発されるまでは、大規模な実現は不可能だと考えられていました。Varda Space Industriesが2023年6月に打ち上げた最初のカプセル「W-1」は、軌道上で数ヶ月を過ごした後、2024年2月に地球への再突入に成功しました。このカプセルにはHIV治療薬であるリトナビルの成分が搭載されていましたが、カプセルが地球に戻った際、その中には予期せずリトナビルの「III型」と呼ばれる多形が含まれていました。これは、地上では2022年にようやく特定されたばかりの新しい結晶形だったとのこと。 ラセドア氏は、「近年発表された、重力が強い状態に関する研究では、予想外の結果がいくつかありました。最も大きな発見は、液体を撹拌(かくはん)している状況下でさえ、重力の影響が粒子のサイズに影響を与えるということでした」と語っています。また、沈降しようとする力と濃度勾配の競合が、重力の増加に伴って複雑になる傾向がある可能性も示されました。

Varda Space Industriesのチームは今後も、地上では結晶化に問題があることが知られている分子に焦点を当て、地球では合成不可能な医薬品への新しい経路を見つける研究を続ける計画を進めています。記事作成時点で、4機目のカプセル「W-4」が軌道上を周回しており、W-5W-6は2026年初頭の打ち上げが予定されています。

2025年9月、Varda Space Industriesは、オーストラリアの打ち上げサービス企業であるSouthern Launchとの提携を発表しました。この提携により、2028年までに南オーストラリア州の砂漠にあるクーニバ試験場に20基のカプセルを着陸させる計画です。ラセドア氏は、「今後10年以内に、宇宙で製造した薬剤をヒトに投与することを計画しています」と述べています。Varda Space Industriesは今後数年間で打ち上げと帰還の回数を増やし、最終的には毎月かそれ以上の頻度でカプセルを地球に戻すことを目指しています。

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