【東博】特別展「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂」は全てが極上…! そんな挑戦的とは思わんやん

東京国立博物館(以下、東博)で、特別展「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂」が開催中だ。期間は2025年9月9日から11月30日まで。

運慶は義務教育で全日本人がその名を習うレジェンド仏師。今回の特別展は、運慶一門の最高傑作と言っても過言ではない興福寺北円堂の国宝 弥勒如来坐像および国宝 無著・世親菩薩立像、そして四天王立像を一堂に展示。

しかも今回の展示は、興福寺貫主をして「興福寺でも二度と拝観できない」(本展図録,p.82)と述べるほどのものとなっている。

・音声ガイドはマスト

ということで、一足先に開催された報道内覧会にやってきました。会場は本館特別5室。本館に入って正面奥の、いつもの場所だ。

今回の音声ガイドは、NHK『岸辺露伴は動かない』シリーズの岸辺露伴役などでお馴染み、高橋一生氏。

ガイドでは東博の学芸研究部保存科学課保存修復室室長 児島大輔氏も登場し、高橋一生氏と共に、本当に深い部分に踏み込んだトークを聞くことができる。

詳細な内容は伏せるが、これはお勧めを超えてマストと評するべきだろう。少なくとも私はそう確信した。

壁に簡単な解説パネルが設置されているが、まず高橋一生氏が いい声で語るガイドの内容は、パネルよりも詳細で分かりやすい。

そして何より、児島大輔氏とのトークがアツいのだ……! そのトークで明らかになる情報を把握することで、この特別な空間を真に体験できるというか、完成するというか、そういうものだと感じた。

それでは作品を見ていこう。今回、内部の撮影は一切禁止となっている。記事の写真は特別な許可のもと撮影したものだ。

・運慶作

入るとまず目をひくのが、興福寺 北円堂の本尊 弥勒如来坐像(中央)。すぐ背後に無著菩薩立像(右)と世親菩薩立像(左)がある。この三軀が、北円堂を模した白い八角形の台の上に安置されている。

今回の展示では、弥勒如来坐像から光背が外されている。そのため、通常は見ることのできない背中を見ることができる。本展時を特別なものとする要素の1つだろう。

どの作品もガラスなどで覆われておらず、上下を除く全方位から凝視できる仕様。見れば見るほどに脅威的なクオリティだ。

無著と世親の姿も、いざまじまじと観察すると興味深い。私が思うに、人の生き方は体格に出る。

二人の像は単に顔が違うのではない。肉の付き方や骨格がリアルすぎるのだ。それぞれに異なる、具体的な人格を想定して彫られているように思えてならない。

運慶は彼らをどのような人物だと考えて造型したのか……? しまった。肩の傾斜や背中の厚みが、私にそういったことを思考させてきて、取材ではなく普通に見に来た人みたいになってしまった。

これが作品に引き込まれるということだろう。抗えなかった。鎌倉時代に込められたものが、令和でも生きている。恐るべきことだ。

さて、今回の「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂」で、運慶作と記されたものは、この三軀のみ。だが四方には、まだ四天王立像がある。おや? 運慶展なのに、運慶一門の作品ではないものの方が多いのか?

・四天王立像

しかも四天王立像は、どうも様子がおかしい。「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂」なのに、興福寺で北円堂に安置されているものと違うではないか

例えば、こちらの増長天。現在の北円堂の増長天は、剣を持っていない。これは中金堂のものだ。

増長天だけではない。多聞天も、広目天も、持国天も、現在の北円堂のものと異なっている……!

そう、「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂」で展示されている四天王立像は、全て中金堂に安置されているものなのだ。これが、本展示を特別にする、もう一つの要素。

・挑戦

興福寺には、多くの堂に四天王立像がある。それらは長い歴史の中で移動され、本来の所在があいまいになっていたもよう。本展で展示されている中金堂の四天王立像も同様で、作者の特定にも至っていない。

しかし、近年の研究で興福寺の他の四天王立像の本来の所在に関する有力な説が提唱された。それがきっかけとなり、現在中金堂に安置されている四天王立像に関しては、当初北円堂にあった運慶らによる四天王立像であるとする説が有力になったそう。

そして児島大輔氏ら東博のチームは、この四天王立像こそが運慶一門の作であると考えている。この特別展をもって、その説を後押ししたい想いもあるもよう。しかし、まだ議論の余地があるらしい。

そこで実際に七軀を同じ空間に安置し、その全体性がいかほどのものか試してみよう……的なムーヴが、この展示ということ。静かな展示の背後に渦巻く熱いエネルギーを感じる! 

その辺の少し詳しい話は、音声ガイドを。より詳しい話は、公式図録「本編」を読むと良いだろう。恐ろしく豪華な内容。2800円は、ほぼ無料みたいなもの。

鎌倉時代に運慶が意図した本来の北円堂内部。その再現が、令和の東博本館特別5室で試みられている。この展示が研究の最前線と言っても過言ではない。

エンタメ的にもロマンが凄いではないか。東博が、日本の誇る最上級の彫刻作品で、激アツな挑戦的展示を行っているのだから。

なんということだろう。超有名な仏像が見られるぅ~くらいの気持ちでやってきたのだが、鎌倉と令和のそれぞれで込められたものの熱量に、すっかり打ちのめされてしまった。展示物と展示スタイルの全てが極上だ……!

展示会名:特別展「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂」 会期:2025年9月9日(火)~11月30日(日)

会場:東京国立博物館 本館特別5室

参考リンク:特別展「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂」 執筆・撮影:江川資具 Photo:東京国立博物館、興福寺

▼興福寺では国宝の五重塔の大修理に向けた支援を募集しているそう。場内に募金箱があるぞ。

▼八角形の土台は北円堂を模したもの。興福寺での実際の配置とは少し異なっており、本展の無著・世親菩薩立像の位置は弥勒如来から少し遠いそう。無著・世親菩薩立像が斜めなのは、二人の顔の向きに違和感が生じないようにとのこと。 興福寺蔵 世親菩薩立像 北円堂安置

興福寺蔵 弥勒如来坐像(右)、世親菩薩立像(左) 北円堂安置

▼ライティングにも、こだわったのではないかと感じた。無著・世親菩薩立像の玉眼が、なんともいい感じにチラチラと光を反射するのだ。まるで彼らの目が動いているかのように見える。 興福寺蔵 世親菩薩立像 北円堂安置

興福寺蔵 無著菩薩立像 北円堂安置

▼グッズもたくさん。個人的に興味深かったものをいくつか。

▼図録はガチ! 各像の外観のほか、東博および奈良国立博物館で実施したCT撮影による画像も掲載されている。国宝の断面図を見られるぞ。文体から熱意があふれまくるコラムも良い。今買えるのは「本編」。10月下旬に「展示風景編」が出るらしい。

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