FRBに信頼崩壊の危機、トランプ氏が強硬圧力-揺らぐ独立性

米連邦準備制度に対するトランプ大統領の攻撃は今週、未知の領域に入った。金融当局とトランプ氏との闘いの勝者が誰であろうと、米経済および世界の金融市場の中核をなす機関への損害は、容易に修復できるものではない。

  クック連邦準備制度理事会(FRB)理事を解任しようとするトランプ氏の試みは前例のないものであり、法廷闘争に発展した。トランプ氏は米国の金融政策を意のままに操ろうとし、世界金融の最も強力なレバーを掌握しようとしている。金融政策運営は政治家の手から遠ざけておくべきだという、ほぼ普遍的なコンセンサスに反するものだ。

  選挙の影響を受けない中央銀行の当局者が政策金利設定の判断を下すことで、インフレは低く抑えられ、経済成長も安定するという点が何十年にもわたる過去の経験で示されている。

  投資家は、連邦準備制度がこうした方針に従って世界最大の経済を運営することを信頼している。これこそが、ドルや29兆ドル(約4260兆円)規模の米国債市場が世界の基準とされている主要な理由の一つだ。

  一方、トランプ氏がこうした前提全てに疑問を投げかけているにもかかわらず、金融市場は驚くほど冷静な様子だ。

  トランプ氏が貿易戦争を宣言した際のような大規模な売りは見られない。債券市場の期待インフレ率など一部の内部指標では、穏やかな警戒サインが点灯しているものの、ドルと長期の米国債は先週末よりも高値で取引されている。

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クック氏とFRBの独立性に関するThe Big Takeポッドキャスト

  多くのFRBウォッチャーにとって、金利政策に対する政治的影響力の強化はドル安や債務コストの上昇につながる兆候と映る。その一方で、これまでの市場の反応には警戒心の薄さがにじむ。

  前ニューヨーク連銀総裁のウィリアム・ダドリー氏は「これは連邦準備制度の独立性に対する本格的な攻撃だ」とブルームバーグテレビジョンにコメント。「市場がこれほど冷静でいることに正直驚いている」と語った。

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  ただし、トランプ氏はすでに経済政策の大きなタブーを一つ打ち破っている。過去100年で最も高い貿易障壁を設けたことが挙げられる。また、政権1期目にも米国の裁判所を盟友で固めるなどし、党派性を超越するとされてきた制度の再編に成功してきた。

多数派工作

  トランプ氏は今や金融当局についても同様の手法を講じている。同氏はこれまで、自分の方が金利の決定をうまくやれると何度も発言してきた。そして現在、その考えを実行に移そうとしているように見受けられる。

  パウエルFRB議長は来年5月に任期満了となるため、トランプ氏は近いうちに新たな議長候補を指名することになる。同氏はすでに、FRB理事ポスト(定員7人)の空席の一つに側近を指名している。

  また、住宅ローン申請に関する不正という、証拠の示されていない疑惑を理由にトランプ氏はクック理事を解任する意向を表明。これに対しクック氏がトランプ氏を提訴する事態に発展したが、解任となればもう一つ空席が生じる。

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  ウォラー理事とボウマン副議長(銀行監督担当)はトランプ氏が政権1期目に指名しており、同氏は26日の閣議で、FRBで「間もなく多数派を得ることになる。それが実現すれば住宅市場は好転し、素晴らしいものになる」と、理事会人事について露骨に党派的な表現で語った。

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  ただ、エコノミストの多くの見解はこれとは正反対だ。トランプ氏は世界経済と金融市場における米国の主導的役割を守ると公約したが、同氏の計画がそれにどのような影響を及ぼすかについて、エコノミストは警鐘を鳴らしている。

左からパウエルFRB議長、日本銀行の植田和男総裁、ラガルド欧州中央銀行(ECB)総裁、イングランド銀行(英中銀)のベイリー総裁

  米コーネル大学のエスワール・プラサド経済学教授は「トランプ氏は、政治的圧力からの独立した機関としての連邦準備制度の信頼性を大いに損なっている」と指摘。その結果、「効果的な金融政策運営、米金融市場に対する世界の信頼、ドルの国際的な優位性に悪影響が及ぶ」との分析を示した。

  金融市場が今のところ破滅的なシナリオに傾いていない理由の一つは、関税措置の導入と撤回の繰り返しを通じ、トランプ氏が圧力を受ければ一歩引くこともあると示された点だ。クック氏が法廷闘争で勝利し、連邦準備制度が独立性を保つ可能性も残っている。

  ベレンベルクの米国担当エコノミスト、アタカン・バキスカン氏は「トランプ氏によるFRB当局者への強硬な圧力が続くなら、米国はドル安と長期借り入れコストの上昇という形でその代償を支払うことになる」と話す。

  その上で、市場の反動があれば、「それがトランプ氏が引き下がる契機になるかもしれない。過去の事例から言えば、トランプ氏は市場の反応に敏感で、米連邦債務と財政赤字の拡大を踏まえれば、債券市場は彼の弱点になると考えられる」と説明した。

  米株式市場について言えば「市場の信頼を崩す『悪材料』のハードルはかなり高い」と、ニューエッジ・ウェルスのポートフォリオ戦略責任者、ブライアン・ニック氏は論評。「連邦準備制度の独立性が時間の経過と共に損なわれることは、すでにある程度織り込まれているが、株式市場はそれを気にしていない」とみる。

  しかし、米国の歴史と現在の経済状況は、憂慮すべき理由を提示している。

  1970年代には、大統領が金融当局に利下げを強く求めた結果、インフレ抑制に繰り返し失敗し、最終的には極端な利上げを余儀なくされ、痛みを伴うリセッション(景気後退)を引き起こした。その後長らく、連邦準備制度の独立性が確立されたことで、物価は安定するようになった。

  だが、新型コロナウイルス禍後には物価が再び急上昇し、パウエル議長率いる金融当局はその対応に出遅れた。それ以来、当局はインフレ率を2%の目標に引き下げるため苦闘している。今年に入ってからも利下げに慎重な姿勢を維持しているのは、トランプ氏の関税措置を物価目標に対する脅威と見なしているためだ。

  パウエル議長は22日のジャクソンホール会合(カンザスシティー連銀主催の年次シンポジウム)での講演で、来月にも利下げに踏み切る可能性があると示唆したが、それ以降の見通しについてはほとんど手がかりを示さず、「困難」な局面にあると述べた。経済のバランスが極めて繊細な状況にある中で、政治的圧力は逆効果になりかねない。

  パウエル議長の特別顧問を務めたジョン・ファウスト氏は、トランプ氏によるクック氏解任の動きは「重大なエスカレーション」であり、金利決定に関与する地区連銀総裁を含め、他の金融当局幹部への攻撃にもつながる可能性があるとみる。「金融政策が党派的支配にさらされる道が開かれる」とし、「その帰結はインフレと放漫な財政政策にほかならない」と警告した。

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影響力強化の構え

  クック氏を巡る係争が決着するまでには時間がかかるかもしれない。その一方で、トランプ氏はすでにFRBへの影響力を強める構えを見せている。

  トランプ政権は、パウエル議長の後任として11人の候補者を検討中で、ベッセント財務長官は来週にも面接を開始する予定だ。

  候補者たちの間で関心が薄れている様子はなく、クック氏解任の動きがあった後も、候補者の誰一人として選考からの辞退を申し出ていないと、事情に詳しい関係者は明らかにした。

  ベッセント氏は10月にも3-4人の最終候補リストを大統領に提出し、その後秋のうちに正式発表を行う計画だという。

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  トランプ氏は、利下げを支持する人物を次期議長に選ぶと明言している。また、忠実な側近である大統領経済諮問委員会(CEA)のミラン委員長を、来年1月までの短期任期で空席のFRB理事ポストに指名した。上院での承認公聴会は来週予定されており、迅速に手続きが進めば、9月16、17両日の次回連邦公開市場委員会(FOMC)会合までにミラン氏が就任する可能性もある。

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  トランプ氏が連邦準備制度に対する圧力をさらに強める余地は残されている。理事会(7人)の多数派を押さえたとしても、それだけで利下げが保証されるわけではない。金利の決定は12の地区連銀総裁のうち5人が加わるFOMCでの投票で下されるためだ。政権側は、こうした地区連銀にも影響力を強めるための選択肢を検討している。

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  米金融当局者は常に、金融政策は経済見通しのみに基づいて決定されると強調してきた。だが、トランプ氏によるFRB人事がこうした方針を損なうリスクはすでに顕在化しており、特にクック氏に対する動きの後ではその懸念は一層深まっていると、2014年から24年までクリーブランド連銀総裁を務めたロレッタ・メスター氏は指摘する。

  メスター氏は「大統領が誰でもいつでも解任できるという印象が生じるだけでも」、連邦準備制度の独立性は損なわれるとコメント。そうなれば「人々は政策が他の要因を考慮して決定されていると受け取ってしまう。それは重大な問題だ」と憂慮を表明した。

原題:Trump’s Attacks Risk Wrecking the Fed’s Hard-Won Credibility(抜粋)

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