(社説)つなぐ’26 退潮する民主主義 「分断の罠」に陥らぬよう
いま、世界の民主主義の現在地を考えてみたい。
世界における独裁的国家の数(91)が、民主的国家の数(88)を2002年以来初めて上回った――。スウェーデンの独立調査機関「V-Dem」は25年の報告書で「民主主義の後退がどれほど深刻化しているかを示すものだ」と警告した。共産主義と対峙(たいじ)した冷戦が終わり、軍配が上がったかにみえた民主主義は、試練にさらされている。
グローバル化の恩恵が市民に行き渡らず、富の偏在を生んだ。「取り残された」と感じる人々の、既存政治や社会への不満や憎悪がSNS空間で増幅され、分断が広がる。
一方、権威主義は市民を監視して異論を封じ、国家統制の下での意思決定も迅速で、一見効率がよい。我々にとって、民主主義は守るべきものなのか。そんな思いを抱く人も少なくないだろう。
その価値とは何か。自由のない抑圧から解放され、新たな芽吹きに期待が膨らむ戦後間もなく、旧文部省が刊行した中高生向けの教科書「民主主義」の記述が示唆に富む。
■民主国家の強みとは
民主主義の強みは、市民が個人として尊重され、その自由と平等を根底に置いていることだ。熟議に時間はかかる政治システムだが、「誤りに陥っても、それを改めることができる」修正力を与える。例えば、政治腐敗を選挙で正す。真実を覆い隠した米国のベトナム戦争も、市民の声によって政策転換させた。
独裁政治は、政府の過ちを批判しようとする声を権力が封殺し、「自分の陥った誤りを改めることができない」。
米国務省と米国大使館が運営する「アメリカンセンター」のウェブサイトにも「民主主義とは何か」が掲載され、「政府を法の支配下に置き、すべての市民が法の下で平等な保護を受ける」こと、「多数の意思を尊重する一方で、個人および少数派集団の基本的な権利を熱心に擁護する」ことなどが並んでいた。
だが、昨年にはそれらのページが削除されていた。トランプ政権の再登板と関係があるかは定かではない。戦後、法の支配に基づく国際秩序を牽引(けんいん)してきた米国だが、現政権は昨年11月に策定した国家安全保障戦略で「米国が世界秩序全体を支える時代は終わった」と宣言。米大統領は、自身の疑惑を追及した検察官を解雇したりして司法に露骨に介入するなど、三権分立の破壊を進めている。
3年前の新年の社説で我々は「民主主義を守り育む」と退潮を懸念しつつ、復調にも期待を示した。しかし、状況は当時より悪化している。
米政権が国際開発局による対外援助活動を打ち切って、東南アジア諸国での民主化支援が滞り、中国やロシアを利している。ドイツやフランスなど欧州でも反移民の極右政党が台頭している。
■退潮測る四つの指標
民主国家が、どう権威主義に傾斜していくのか。米NGO「フリーダムハウス」は22年の報告書で、民主主義が後ずさりしていないかを見分ける「四つの指標」を提示した。
一つ目は、権力者が司法の独立を弱めるなど「法の支配の弱体化」。二つ目は、不透明な資金調達や選挙規則の操作など、公正・中立な選挙への疑念。三つ目は、ジャーナリストへの攻撃や情報へのアクセス制限など「報道の自由への攻撃」。最後は、社会的弱者が直面する「移民への差別・不当な扱い」だ。
旧文部省の教科書でも「独裁主義は、民主化されたはずの今後の日本にも、いつ、どこから忍びこんでくるかわからない」と民主主義の脆弱(ぜいじゃく)性を指摘し、市民の自覚と批判的精神が必要だと強調した。
■日本にも押し寄せる波
日本の現在地はどうか。民主主義が揺らぎつつある。四つの指標に照らせば、高市政権が意気込むスパイ防止法は、権力を法で縛る「法の支配」から、法で市民の権利を狭める転換点になりうる。報道活動の萎縮を生む特定秘密保護法に続き、「外国から日本を守る」ことを名目に言論への規制を強めかねない。
自民党が政治とカネの問題を封印し、与党に有利な選挙制度の改変で、少数政党を恣意(しい)的に排除しないか。外国人受け入れ制限で政府の有識者会議が始動したが、日本でも排外主義がはびこらないか。
民主主義の大敵は「分断」だ。排外主義や威勢のよい主張で民衆の支持を得るポピュリズムの波が日本にも押し寄せる。それは生活への不満など政治や社会のゆがみの裏返しでもある。そのゆがみを修復できるか。逆にポピュリズム政治家がそれをまた利用して恐怖をあおるのか。いま分岐点にある。流れに任せて分断が深まれば、相手を敵視して憎悪を生み、やがて権威主義的な色彩を強めてゆく。
民主主義は、過去試練にさらされても復元力を見せてきた。意見や立場は異なっても互いを尊重し、対話を通じて妥協点とつながりを見いだしていく。政治も市民もこの理念と強みを見つめ直し、分断の罠(わな)に陥らぬようにしたい。