麗しの美智子さま ご結婚の新居へ大きな「パンダのぬいぐるみ」を自ら抱えて運び込んだ青年、明仁皇太子の愛情

訪問中のパキスタン・アフガニスタン国境のカイバル峠で、ベル&ハウエルのモデル240の16ミリムービーカメラで撮影する皇太子時代の上皇さまと美智子さま=1962年、カイバル峠(AERA DIGITAL)

上皇后美智子さまは、10月20日に92歳の誕生日を迎えられた。お疲れになる頻度が増えたり散策の距離が短くなったりと、ご年齢に伴う変化はあるもののご体調に大きな変化はない。上皇さまと静かで穏やかな日々をお過ごしだという。東宮時代からいまも、おふたりの仲むつまじさは、変わることがない。若き日々の写真とともにおふたりの思い出を振り返る。

【写真】女優のような美しさ 「24歳でこの道に招かれた」若き美智子さま 隣にはいつも明仁皇太子がいた

***「東宮妃として、あの日、民間から私を受け入れた皇室と、その長い歴史に、傷をつけてはならないという重い責任感とともに、(略)私もそこに生を得た庶民の歴史に傷を残してはならないという思いもまた、その後の歳月、私の中に、常にあったと思います」 美智子さまが古希を迎えた2004年の誕生日に公表した文書のなかで、皇室へ来た日のことをこう思い起こしていた。 民間から初めてとなった美しい皇太子妃に世間は熱狂し、「ミッチーブーム」が沸き起こった。一方で、手元で子どもを育てたり皇太子に同行したりと、夫婦そろっての公務スタイルの新しい試みは皇室内外での反発を生み、美智子さまへの「バッシング」も起こった。 ご結婚当初、ふっくらとしていた美智子さまの頰も腕も細く変わり、そして笑顔でありながらも、ややうつむき加減のショットも増えていった。「自分は、普通の結婚の幸せを保証してあげられない。皇太子という特別な立場にあって一番大事なのは公の義務であって私事はその次の問題である」

 結婚を前にそう伝えた上皇さまではあったが、それでも美智子さまを守るかのように、その隣に立ち続けた。


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 今年10月20日に美智子さまは92歳の誕生日を迎えた。この夜、仙洞御所では控えめなお祝いの夕食会が催された。 上皇さまとともに過ごされている美智子さまの日常は、静かで穏やかだ。上皇さまが退位したのち、おふたりは東京・高輪の 仙洞仮御所を経て、ご結婚まもない時期から30年以上暮らした元赤坂の仙洞御所へと戻った。 この御所に戻ってきたとき、美智子さまは末盛さんに、こう話したという。 「この赤坂の仙洞御所で上皇さまを最後まで支えるのが、私の役目だと思っています」 末盛さんは、今年も美智子さまの誕生日にお祝いのカードを贈ったという。 かつては、上皇さまが美智子さまを守るように、その手を支え歩かれてきた。 そしていまおふたりが外出される折には、美智子さまの視線は常に上皇さまへ向けられている。 おふたりが歩かれるとき、美智子さまはそっと上皇さまの腕や身体を支え、周りの状況を耳元でご説明するようなしぐさをされている。 天皇と皇后であった時代をよく知る人は、おふたりの様子をこう表現していた。「おふたりは、命を削るように公務にその身を捧げ、そして互いに寄り添うように支え合ってこられた」 いまおふたりの時間は、ゆっくりと流れている。日課である軽い運動や赤坂御用地や仙洞御所のお庭での散策。その折には、土筆(つくし)を摘み、満開の桜や梅をご覧になり、バラの花壇に立ち寄るなど季節の草花を楽しまれているという。

(AERA編集部・永井貴子)

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