ミレニアル世代の「聖人」が誕生、神の「奇跡」を広めるウェブサイト作成した少年
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ロンドンで生まれ2006年に15歳で亡くなった少年が7日、キリスト教カトリック教会で聖人に列せられた。1980年代から1990年代にかけて生まれた「ミレニアル世代」が聖人となるのは、今回が初めてとなる。
カルロ・アクティスさんはカトリック教会の教えをインターネットで広めて有名になり、「神のインフルエンサー」、「インターネットの守護聖人」と呼ばれていた。
この日、ローマ教皇レオ14世によって列聖式が行われた。世界各地の教会でも、アクティスさんの「列聖」を祝う行事が行われた。
カトリック教会では、信仰に従って生きた人物を福者や聖人に列する際、その人が起こした「奇跡」が必要となる。一つ目の「奇跡」が認められると福者に、さらにもう一つの「奇跡」が認められると聖人に列せられる。
アクティスさんは2020年、膵臓(すいぞう)に先天性疾患のあるブラジル人の子供を癒やしたとして、福者に列せられた。その後、2024年5月に、頭部の外傷から脳出血を起こしていたイタリア・フィレンツェの大学生を癒やしたことが、第2の「奇跡」と認定された。
聖人として認定されるには数十年、あるいは数世紀を要することもあるが、若者の信仰心を高める手段として、ローマ教皇庁(ヴァチカン)がアクティスさんの列聖手続きを迅速に進めたとの見方もある。
アクティスさんはロンドンで生まれたが、生後6カ月もたたないうちに両親の母国イタリアへ両親と移り、その後の人生をミラノで過ごした。ミラノでの生活では、テクノロジーに関心を寄せ、テレビゲームを楽しんでいたという。
生前のアクティスさんは、所属していた教区や学校のウェブサイトをデザインしたほか、報告されている全ての「聖体の奇跡」の記録を目的としたウェブサイトを作成していた。聖体とは、キリスト教の礼拝で使用されるパンのことで、イエス・キリストの体を表している。この聖体が関連した奇跡を「聖体の奇跡」と呼ぶ。
このウェブサイトは、アクティスさんの死の数日前に公開され、有名になった。「神のインフルエンサー」というあだ名は、アクティスさんの死後、こうした活動が知られるようになって付けられたものだ。
アクティスさんの死後、母親のアントニア・サルツァーノさんは、息子の列聖を呼び掛けるために世界各地の教会を訪れた。
アクティスさんの遺体は、死後1年後にイタリア中部アッシジに移され、現在、彼にまつわる他の遺物とともに展示されている。これまでに、100万人以上が巡礼に訪れたと推定されている。
アクティスさんの列聖は当初、4月下旬に予定されていたが、前ローマ教皇フランシスコ氏の死去を受けて延期されていた。
アクティスさんの列聖のためにローマを訪れていた一部の信者は、代わりに教皇の葬儀に参列することになった。ロンドン出身のディエゴ・サーキシアンさんもその1人だった。
サーキシアンさんは、アクティスさんに親近感を抱いており、列聖に胸を躍らせていると語った。
「彼は昔の任天堂のゲーム機で『スーパーマリオ』をプレイしていたそうです。私はずっとテレビゲームが好きでした」とサーキシアンさんは述べた。
「ジーンズを履いて、自分と同じようなことをしていた聖人がいると考えると、これまでの聖人よりもずっと身近に感じられます」と、サーキシアンさんは語った。
イギリス・北アイルランドのロンドンデリー教区でユースディレクターを務めているリジー・レアさんは、教会に通う若者たちにとって、アクティスさんがインスピレーションとなっていると語った。
「誰かに人生の歩み方やイエスとの関係の築き方について話すとき、彼はよいお手本になります」
レアさんはまた、「アクティスさんは、若者たちがよく知っているテクノロジーを使っていたので、遠い存在の聖人ではありません」と語った。
「彼のような人物と物語があること、そして特に、現代医療があるにもかかわらず彼がどれほど苦しんだかということも、重要です」
「その苦しみをイエスにささげたという事実は、奇跡的なことです」とも、レアさんは語った。