ローマ教皇との対立の波紋、トランプ米大統領が恐れたもの(日本大学教授・松本佐保):時事ドットコム

 米国とイスラエルによる対イラン軍事攻撃が2月に始まった後、ローマ教皇レオ14世は戦争への深い懸念を表明した。トランプ米大統領はこれに反発し、教皇に向けて「犯罪対策や核兵器に弱腰だ」などと猛烈な非難を繰り返した。世界で最も影響力がある両者の間に、異例とも言える亀裂が生じた。

 対立がくすぶる中、5月に入って興味深い動きがあった。

 筆者は現在、研究休暇中でイタリアのローマ市内に位置するバチカン市国にいる。マルコ・ルビオ米国務長官が5月7日に教皇レオ14世に謁見した時、私はバチカン市国の文書館で調査をしていた。市内は厳重に警備され、正装したスイス衛兵の姿を目にした。

 翌8日は、レオ14世の教皇就任一周年の記念日で、バチカン市国で記念式典が行われた。この日、ルビオ米国務長官はローマでイタリアのメローニ首相と会談している。トランプ大統領の教皇批判に対して「容認できない」と強い不快感を示した、あのメローニ首相である。同首相はトランプ氏と最も良好な関係を築いていた人物。しかし、イラン攻撃や教皇批判発言が原因となって関係が冷え込んでいた。

 今回のルビオ米国務長官による訪欧は、教皇就任一周年のタイミングを狙ったものだろう。イラン戦争をめぐり高まった米国とバチカン、そしてイタリア間の深刻な緊張を緩和するため、米国側から歩み寄ったようにも見える。この一件に関しては1077年の「カノッサの屈辱」に重ねる声も聞こえたが、その背景にあったものも含めて、本稿で検証してみたい。

イラン戦争は「正戦」たり得るか

 米国の対イラン戦争に対して毅然と批判の声をあげたのが、ローマ教皇レオ14世である。米国のキリスト教徒の多数派はプロテスタント(約55%、カトリックは23%)だが、カトリックの総本山である教皇からトランプ大統領に向けた批判の言葉は、重かった。トランプ氏を支えるバンス副大統領とルビオ国務長官がともにカトリック信者ということもあり、多くの論争と波紋を呼ぶことになる。

 私は3月下旬に米国に出張した際、トランプ政権に近い保守系シンクタンクの友人に会った。彼女は「宗教と外交」を専門とするカトリック信者だが、この対イラン戦争に関しては擁護する発言をしていた。イランには核兵器開発を巡る疑惑があり、それに対する「正戦」たり得るという主張だった。

 ちょうどその少し前に、米国のテロ対策トップが辞任した。「イランは米国に差し迫った脅威を与えていない。この戦争はイスラエルとその強力な米国内のロビー団体の圧力によって始まったことは明らかだ」。米国家テロ対策センターのジョー・ケント所長は、トランプ政権による対イラン戦争を支持できないとして、3月17日に辞任した。

 ケント氏がカトリック信者であることから、対イラン戦争は自衛の戦争に当たらない、とする教皇レオ14世の言葉に従い、その地位を辞したのではないかと話題になった。カトリック信者の中には、今回の対イラン戦争を自衛の戦争とみなすには無理があることに同意する一方、仮に米国本土が襲撃された場合でも、教皇は自衛の戦争と認めないのではないか―と懸念する声さえ聞かれた。カトリック、プロテスタントともにキリスト教では中世以来、自衛の戦争は「正戦」として条件付きで認められてきた。つまりこの時点では米国のカトリック信者の間でも意見は割れていたのだ。

 そしてキリストの復活を祝う4月のイースターの日曜日。クリスマスより重要とされる神聖なこの時期に、トランプ大統領は反撃に出た。自らの支持基盤であるキリスト教福音派のカリスマ牧師と、やはり福音派のピート・ヘグセス国防長官とともに、対イラン戦争を「聖戦」として正当化。これを受けて教皇は、さらに厳しくトランプ大統領を批判した。

「アビニョン捕囚」でバチカン大使を威嚇?

 もう一つ波紋を呼んだのが、米国の新興メディア「ザ・フリープレス」の報道である。1月に米国防総省の高官が駐米教皇大使の枢機卿をペンタゴンに呼び出し、圧力をかけていたと報じたのだ。この高官は、「米国は世界で望むことを何でもできるほどの軍事力を持っている。カトリック教会は米国側に付いた方が賢明だ」と述べ、さらに「アビニョン捕囚」の再現も示唆したという。

 「アビニョン捕囚」とは、14世紀に軍事力を背景としたフランス王がローマ教皇を約70年にわたってフランス南部のアビニョンに移した出来事。カトリック教会の権威低下につながったことが知られている。

 この「アビニョン捕囚」をめぐる報道の後も、パキスタンで開かれた米国とイランの和平交渉が決裂すると、トランプ大統領は教皇を名指しし、「犯罪に対して弱腰」「イランが核兵器を持つことを良しとするような教皇は要らない」と非難。騒ぎはさらに大きくなった。

キリストに見立てた画像投稿が招いた反発

 こうした流れの中でトランプ大統領は、思わぬ行動に出た。自らを救い主キリストに見立てた人工知能(AI)作成の画像をSNSに投稿したのだ。これにはカトリック信者のみならず、トランプ氏自身に忠実だった福音派からも猛反発が生まれた。

 CNNは、この一連の騒ぎによって教皇の好感度が+34と上がったのに対し、トランプ大統領の好感度は-12に低下したと報じた。折しも教皇はアフリカ諸国を訪問中で、最貧国への慈悲を示していたところ。一方のトランプ大統領は、「仕返し」としてカトリック系NGOへの援助金を停止した。米国民にとってチャリティー活動は、右左問わず社会的地位の高さを示す手段であるだけに、トランプ大統領のこの行為は蔑まれることになった。

 トランプ大統領は前教皇フランシスコとも移民政策などでしばしば衝突していたが、前教皇はアルゼンチン人で、スペイン語が母語だった。現在の教皇レオ14世は米国のシカゴ出身。ホワイトソックスのファンで、もちろん米語が母語だから、トランプ氏が発する言葉の語感や、行間も読み取ることができる。これはレオ教皇の米語での発言が、米国民にも直接訴える力があることも意味している。そうした意味では、レオ教皇の存在はトランプ氏にとって、前教皇よりもはるかに脅威となり得る。

 一連の「トランプVS教皇レオ」の対立により、割れていたカトリック票(人口の23%)が反トランプで団結する可能性が出てきた上に、今まで教皇に関心がなかったプロテスタントまでが教皇に注目し、彼の米語のメッセージに耳を傾けるようになった。

 上述したCNN報道の数値に見るような影響が中間選挙にあるかを判断するのは時期尚早だろう。ただ、トランプ氏側には、この問題を放置した場合、政権にとって大きなダメージになりかねないという判断があった。そこで白羽の矢が立ったのが、ルビオ国務長官だった。彼はキューバ系移民の両親を持つカトリック信者であるだけでなく、米国にとって安全保障上の問題を抱えるベネズエラやキューバの情勢をめぐってバチカンの国務長官と何度もやり取りしている。そうした関係性を持っていたから、火消し役として送り込まれたのだ。

 千年近い昔、神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世が、教皇グレゴリウス7世に破門解除の許しを請うため、雪の中で裸足になって祈り続けた出来事は「カノッサの屈辱」として知られる。そうした故事になぞらえるなら、さしずめカトリック保守層の反発と中間選挙での敗北を恐れた皇帝トランプが、重臣に皇帝代理の役目を負わせ、関係修復に動いたといったところだろう。(2026年6月3日掲載)

◇ ◇ ◇

松本佐保(まつもと さほ)日本大学国際関係学部教授。 神戸生まれ。聖心女子大学卒業。慶應義塾大学大学院・修士号。英国ウォーリック大学大学院・博士号(PhD)。イタリア政府給費留学生として、バチカン使徒(旧機密)文書館で調査、ローマ教皇研究を行う。名古屋市立大学教授、同大学人間文化研究所所長を経て現職。国際政治と宗教の関係を主に研究。

教皇庁やイタリア、英米を中心に、キリスト教のネットワークが及ぶ全世界を研究の対象とする。主著『熱狂する神の国アメリカ』(文芸春秋、2017年)、『アメリカを動かす宗教ナショナリズム』(筑摩書房、2021年)、『バチカン近現代史』(中央公論新社、2013年)、『バチカンと国際政治』(千倉書房、2019年)、『ローマ教皇とバチカン2000年の謎』(宝島社、2025年)。映画『教皇選挙』公式パンフレットに解説寄稿。

関連記事: