電車で五つの「異変」に気づいた18歳 通報までの30分に何が

 6月23日午後5時ごろのことだった。帰宅ラッシュを控え、都心を走るJR東日本山手線は空席が目立っていた。駅に止まると、中年くらいの女性が乗ってきた。そして隣に座った。

 ほかにも席があるのに、なぜだろう――。

 大学1年の宍戸来威矢(らいや)さん(18)=東京都台東区=は約30分間で五つの「異変」を感じ、何らかの事件の被害者だと判断して110番通報をした。

次々に見つけた「異変」

 最初の異変は、女性が隣に座ったことだった。宍戸さんは長いすの端から2番目に座っていたが、左右は空席。ほかにも空きがあるのに、女性は宍戸さんの隣の、いすの一番端に座った。

 二つ目は、ひざの上の手提げ袋をやけに大事そうに抱えていたこと。違和感を持つほど、両手でしっかり固定していた。

 三つ目は汗。女性は顔や首筋に、汗がだらだら伝っていた。車内は冷房が利いて涼しいのに、汗が引く様子はなかった。

 四つ目は、スマートフォンを何度も見ていたこと。明らかに落ち着かない様子に「何かおかしい」と感じた。

 極めつきは、隣の車両から移ってきた茶髪の大柄の男だ。少し離れた場所から、立ったまま女性をじっと見ていた。見張っているようだった。

 女性は上野駅で降りた。宍戸さんは後を追いながら、「事件に巻き込まれているような人がいる」といった110番通報をした。数分後に警察官が駆けつけ、女性を保護した。宍戸さんは見てきたことを細かく説明した。

知らぬ間に「受け子」に

 上野署によると、女性は50代で、手提げ袋には現金650万円が入っていた。千葉県の60代男性が、特殊詐欺の手口でだまし取られたお金だった。女性は詐欺グループからだまされて、知らぬ間に「受け子」をさせられていた。

 女性が受け子になった経緯はこうだ。

 事件の直前、八王子署の警察官を装う人物から「あなたのカードが不正利用されている」という電話があり、「捜査に協力しないと逮捕される」と迫られた。指示に従い、男性から850万円を受け取り、このうち200万円を指示通り、見知らぬ人物に渡した。

 宍戸さんが女性に気がついたのは、スマホで指示を受けながら残りの650万円を運ぶ最中だった。

 宍戸さんの活躍で、被害男性には650万円が戻る見通しとなった。署は特殊詐欺事件として、実態解明を進めている。

 宍戸さんは9月29日、上野署から感謝状を受け取った。「通報するか、かなり迷った」といい、「少しでも被害を防げてよかった」と話した。坂井明徳署長は「特殊詐欺は身近に起きる」とし、「周囲を寄せ付けない雰囲気でスマホを気にしている人がいたら、被害に遭っているかもしれない。結果的に間違いでも構わないので、勇気を出して通報してほしい」と呼びかけた。

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