競馬記者が見たアニメ『ウマ娘 シンデレラグレイ』(6)「怪物」
競走馬をモチーフとしたキャラクター、オグリキャップが主人公のTBS系アニメ『ウマ娘 シンデレラグレイ』(日曜後4・30)が放送中だ。地方・笠松競馬からはじまったオグリキャップのレースをリアルタイムで見てきた競馬記者が、毎週の放送に合わせて史実のオグリキャップやライバルたちの動向、実在の騎手、調教師、厩務員、調教助手、馬主、生産者らの言動を振り返ってオグリキャップの実像を紹介し、アニメ『ウマ娘 シンデレラグレイ』と重ね合わせていく。
※以下、アニメ『ウマ娘 シンデレラグレイ』のネタバレが含まれます。
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なんて濃密で感動的な「序章 カサマツ篇」の最終回だろう。オグリキャップやトレーナーの北原穣らが見せた熱い思いに涙を禁じ得なかった。
オグリキャップが次走に予定している1月10日のゴールドジュニア(カサマツレース場、ダート1600メートル)。勝てば中央へ移籍、負ければカサマツに残る。それを北原から電話で伝えられたトレセン学園の生徒会長シンボリルドルフは「失礼を承知で申し上げます」と前置きしてこう告げる。
「あなたはまるで彼女を信じていないようだ。トレーナーならば自分のウマ娘の勝利のみを信じるべきだ。少なくとも彼女は…オグリキャップはそれに応え続けられるウマ娘。それだけの器です」
ファンの多くは〝皇帝〟ルドルフの言葉に同意したのではないか。北原の選択はオグリキャップを苦しめることにもなるのだから。ルドルフに厳しい言葉を投げつけられた北原は「分かってんだよ、そんなこと」。本心に背を向けていることを自覚しながら「それでも俺は…」と続ける。のみ込んだ言葉は「オグリキャップと東海ダービーを目指したい」ではないだろうか。
揺れる思いはオグリキャップも同じ。北原に「東海ダービーは私たちの夢だろ」と伝えており、「レースは走りたいし、負けたくない…のに、どこかで走りたくない、負けたいとさえ思っている」と悩んだままレースを迎えた。走りに集中できない彼女は勝負どころになっても脚が前に出ない。勝てば一人で中央、負ければ北原と東海ダービーという究極の選択にスパートをかけられない。そんなオグリの姿に目を背けていた北原がようやく自らの過ちに気付き、叫んだ。
アニメ『ウマ娘 シンデレラグレイ』第6話で、北原は「オグリー!! 走れ! 走れ! 走るんだー!!」とオグリキャップに伝えたⒸ久住太陽・杉浦理史&Pita・伊藤隼之介/集英社・ウマ娘 シンデレラグレイ製作委員会 Ⓒ Cygames,Inc.「オグリー!! 走れ! 走れ! 走るんだー!!」
信頼するトレーナーの声に応えてオグリキャップはスパートをかけた。疾走するその姿に、北原の熱い独白が重なる。
「お前が時代を作れ! 世の中を変えてやれ! お前の走りが人を励まし、勇気づけ、生きる力を与えろ!! そして誰からも愛されるような、その愛に全力で応えてしまうような、そんな唯一無二のウマ娘になれ!!」
ゴールを目指しながら涙を浮かべて「北原、私、勝っちゃうよ」。心の中で告げるオグリキャップに、北原は涙を流しながら「勝てばいいんだよ。お前は天下を取るウマ娘なんだからよ」と答える。人と心を通わせられるウマ娘ならではの感動的なシーンに目頭が熱くなった。
アニメ『ウマ娘 シンデレラグレイ』第6話で、オグリキャップは、涙を浮かべて北原の方を振り向き、「北原、私、勝っちゃうよ」と心の中で話しかけたⒸ久住太陽・杉浦理史&Pita・伊藤隼之介/集英社・ウマ娘 シンデレラグレイ製作委員会 Ⓒ Cygames,Inc.競馬場やテレビ中継で見た、中央移籍後の史実の名馬は、まさに北原の言うような存在だった。オグリキャップは、負けても不屈の精神ではい上がり、不死鳥のように蘇って勝利を手にする。その姿にファンは励まされ、勇気づけられ、愛した。「芦毛の怪物」自身も、そうしたファンの愛に全力で応えていた。アニメを見ながら、胸を熱くした35年前の国民的アイドルホースの雄姿が脳裏に浮かび上がった。
われわれが住む現実世界のオグリキャップも、1988年1月10日のゴールドジュニアが地方・笠松所属として最後のレースだった。レース内容もアニメとほぼ同じ。道中は4番手を追走し、デビュー戦でオグリを2着に退けたマーチトウショウがその直後につけていた。レース映像を見ると3~4コーナーでオグリの鞍上・安藤勝己が手綱をしごいたときは手応えが悪いようにも思えたが、早めに先頭に立つと後続を引き離す。2着のマーチトウショウに2馬身半差をつけて先頭でゴール板を駆け抜けた。
『銀の夢 オグリキャップに賭けた人々』(渡瀬夏彦、講談社)によると、オーナーの小栗孝一氏はゴールドジュニアの前に、中央の馬主資格を持つ馬主へ愛馬を譲渡することを決めていた。それまでは熱烈なオファーに「仮にわしが承知したとしても、調教師が手放さんと思う」と躱(かわ)していた。東海ダービー制覇の夢をオグリキャップに託していた鷲見昌勇(すみ・まさお)調教師は移籍話を喜べるはずがない。
そんな中、先に折れたのはオーナーだった。『2133日間のオグリキャップ 誕生から引退までの軌跡を追う』(有吉正徳・栗原純一、ミデアム出版)で、小栗氏は「最初は売る気はなかったけど、次第に馬の名誉のためには早めに中央入りさせた方がいいと思うようになったんです」と述懐している。
中央への移籍が決まった。オグリの世話をしていた川瀬友光厩務員が、ゴールドジュニアを勝った直後のエピソードを『銀の夢』で語っている。小栗氏がみんなでオグリキャップを囲んで記念写真を撮ろうと提案したが、鷲見調教師が「撮らんでいい」と拒んだ、と。渡瀬夏彦はつづる。
<記念撮影を拒むことでしか、「まだもう少し、こっちで走らせてもいいではないか」という抗議の気持ちを表せなかったのに違いない。>
その心情は察するに余りある。
アニメ第6話では同期の仲間ノルンエースの提案によって、みんなで記念写真を撮る。北原も笑顔で写真に納まったことに心を震わせたのは筆者だけではないだろう。実際には繰り広げられなかったシーン、言い換えればオグリキャップの中央での偉業・ファンから愛された歴史を知っている現代の描き方だからこそできることで、それが「ウマ娘」の大きな魅力のひとつだといっていいだろう。
ゴールドジュニアを勝ったオグリキャップはファンに中央への移籍を告げる。「ダダをこねていた」と告白した北原はファンに熱く語りかける。「皆さん、夢を見たくないですか? このオグリキャップが、田舎の灰被り(シンデレラ)娘が中央の猛者たちを圧倒する、そんな夢を。もっともっと大きな夢を皆さんも見てみたくないですか!?」。北原には「中央のトレーナーライセンス挑戦」という新しい目標ができた。だからこそ、気持ち良くオグリを中央へ送り出せるし、記念写真にも笑顔で臨めたのだろう。いつの日か中央のライセンスを取得した北原が、再びオグリキャップとチームを組む日を夢見たくなる。
アニメ『ウマ娘 シンデレラグレイ』第6話で、北原(右)は、オグリキャップ(左)の中央移籍をファンに伝えたⒸ久住太陽・杉浦理史&Pita・伊藤隼之介/集英社・ウマ娘 シンデレラグレイ製作委員会 Ⓒ Cygames,Inc.5月18日放送の第7話は「トレセン学園」。〝灰被り娘〟は中央の猛者たちにどう立ち向かうのか? 時代を作り、世の中を変える日々が始まろうとしている。
■鈴木学(すずき・まなぶ)サンケイスポーツ記者。シンザンが3冠馬に輝いた1964年に生まれる。慶応大卒業後、89年に産経新聞社入社。産経新聞の福島支局、運動部を経て93年にサンケイスポーツの競馬担当となり、ビワハヤヒデ、ナリタブライアン兄弟などを取材。週刊Gallop編集長などを歴任し現在に至る。サイト「サンスポZBAT!競馬」にて同時進行予想コラム「居酒屋ブルース」を連載中。著書に『史上最強の三冠馬ナリタブライアン』(ワニブックス)。