【コラム】トランプ・ドクトリンの弱点、力の源泉理解せず-ブランズ

米国でトランプ政権2期目がスタートし約半年を経て、トランプ大統領が掲げる「ドクトリン」の輪郭が見えつつある。

     批判者の懸念や一部支持者の期待に反し、トランプ氏は孤立主義者ではない。また、場当たり的で一貫性がないとの指摘に逆らうかのように、同氏の政策には明確なパターンが存在する。

  いわゆるトランプ・ドクトリンは、米国が持つパワーを積極的に、時には前任者以上に攻撃的に用いて、国際関係を再構築し、競争の激しい世界で米国の優位性を確保しようとするスタンスが特徴だ。

  これにより、「ポスト・アメリカ時代」といった議論は吹き飛ばされた。ただ、同時に、米国の圧倒的な影響力を効果的に使い、それを維持できるのかという不安も呼び起こしている。

  トランプ氏に長らく貼られてきた孤立主義というレッテルは、同氏の特異な人物像を正確に捉えたものではない。確かに、トランプ氏は国際貿易体制や民主主義の推進、世界の安全保障への関与といった米グローバル戦略の核心を軽視している。

  しかし一方で、極めて厳しい国際環境下で、より強い姿勢で米国の主張を貫くべきだとの考えを示している。国内で広範な大統領権限を行使する一方、力を裏付けとする野心的な外交を展開している。

  トランプ氏は他国の再建を目的として長期かつ高コストの軍事介入を批判しているが、それでも中東で2度にわたり短期間かつ限定的な軍事行動を実施した。

  1つは、イエメンの親イラン武装組織フーシ派による米軍への攻撃や紅海での航行妨害を抑止するため、もう1つはイランの核計画を押し戻すための攻撃だ。これまで多くの大統領が、イランの核保有を容認しないと宣言してきたが、それを実行に移したのはトランプ氏だ。

  また、同氏は多くの国々に対して貿易戦争を仕掛け、国際経済の再構築を狙った。外交圧力や同盟関係の見直しをちらつかせながら、欧州の同盟国に国防費の大幅な増額を求めた。

  さらに、米国が誇る先端的な半導体設計技術を活用し、サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)を米国のテクノロジー同盟に取り込み、人工知能(AI)覇権を目指すパートナーとした。

  トランプ氏はまた、パナマに対し中国の巨大経済圏構想「一帯一路」からの離脱を暗に迫った。パナマとデンマーク、カナダに領土に関する譲歩を求める一方で、米本土の防衛に加え、対外的な軍事行動の自由度を高めるミサイル構想「ゴールデンドーム」も掲げている。

  こうした姿勢は、第2次世界大戦後の典型的な米国の国際主義とは異なる。米国の大統領が同盟国に領土の譲渡を迫るなど想像し難いことだった。

  トランプ氏のアプローチは、米国の国内に引きこもろうとするようなものではない。米国の力を全方向に積極的に使うことで、同氏は国際情勢の実態を浮き彫りにしている。

  政策を論じる専門誌は、米国の衰退や多極化の進行に触れる論文であふれている。しかしトランプ氏は、彼なりのやり方で、多くの国々に力の所在を痛感させた。

  例えば、イランへの攻撃だ。米国の比類なき軍事力とイスラエルとの連携が中東の勢力図を塗り替え、ロシアや中国といったイランの友好国を傍観者に追いやった。

3つの問題

  世界で唯一の超大国である米国は、一般に考えられている以上の影響力を保持しているというのが、トランプ氏の洞察だ。しかし、それでもなおトランプ・ドクトリンには3つの大きな問題がある。

  第1の問題は戦略性の乏しさだ。それが、トランプ氏の力を弱めている。貿易戦争は滑稽な形で始まったが、それは同氏が、極めて高い関税率が米経済に壊滅的な影響を与える可能性を考慮しなかったためであり、その結果、現実に直面して急速かつ屈辱的な撤回を余儀なくされた。

  ディール(取引)の名の下に駆け引きを重視し、首尾一貫した思考を軽んじるトランプ氏は、しばしば矛盾した政策を取る。インド太平洋地域の同盟国に対する関税は、そうした国々の経済的繁栄を損ない、防衛費の増強を難しくしている。

  第2に、敵味方の区別があいまいなトランプ氏は、米国の力を向けるべき方向を誤ることがある。同盟国批判を好んで行う同氏は、ロシアに対決姿勢を示すことに消極的だ。

  ロシアの戦時経済は、まさにトランプ氏が得意とする経済制裁の脅しに一段と脆弱(ぜいじゃく)になりつつあるが、プーチン大統領はトランプ氏が望むウクライナの平和をあざ笑うかのように振る舞っている。

  第3に、優れた大統領は未来に向け国力を高めるが、トランプ氏の政策は国力を損なう恐れがある。同氏が「大きくて美しい」と名付けた大型減税・歳出法は景気を刺激するかもしれないが、構造的な財政赤字を固定化し、防衛費や経済成長の足かせになる可能性もある。

  対外援助の削減は財政効果が小さい上に、米国の国際的影響力を失わせる。大学への攻撃は、米国の経済力と軍事力を支える研究基盤を脅かしかねない。

  さらに、同盟国を甘やかさないという政策は、相手国が米国を敵対視するようになりかねないというリスクもはらむ。友好国に繰り返し圧力をかける超大国は、重要な関係を円滑に発展させるソフトパワーを自ら壊してしまうかもしれない。

  トランプ氏は米国の力を行使することに快感を覚えているが、力の源泉が何かを十分に理解していない。これこそが、トランプ政権を導くドクトリンの根本的な弱点であり、最大の皮肉でもある。

(ハル・ブランズ氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストです。米ジョンズ・ホプキンズ大学高等国際問題研究大学院教授で、シンクタンク「アメリカンエンタープライズ研究所(AEI)」の上級研究員でもあり、「デンジャー・ゾーン 迫る中国との衝突」を共同で執筆しています。このコラムの内容は必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)

原題:Trump Is Writing New Chapter in US Foreign Policy: Hal Brands (抜粋)

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