日本に25%関税、トランプ氏が書簡:識者はこうみる

[東京 8日 ロイター] - トランプ米大統領は7日、貿易相手国に新たな課税措置を通知し始めた。日本からの輸入品に対しては、8月1日から25%の関税を課す。4月に発表された24%から引き上げられた。

市場関係者に見方を聞いた。

◎賃上げ機運の低下避けられず

<日本総研 研究員 藤本一輝氏>

トランプ米大統領が日本からの輸入品に対し、8月1日から25%の関税を課すと表明した。「30%から35%」というシナリオも浮上していただけに最悪の事態は回避できた格好だ。ただ、これにより対米輸出金額は年間4-6兆円減少し、輸出企業の収益は最大で25%下押しされるだろう。価格を引き下げて関税コストを吸収する場合、強い減益圧力を受ける。

企業業績が悪化すれば、賃上げ機運のトーンダウンは避けがたい。自動車メーカーをはじめとした大手製造業の賃上げ動向は、非製造業の交渉にも波及する。2025年の春季労使交渉(春闘)では平均賃上げ率が5.25%だったが、来年は4%を割り込むことも想定されうる。

そうなれば内需が落ち込み、国内景気に大きな影響を与えかねない。日本企業は供給網と販売網を再構築し、米国市場への過度な依存から早急に脱する必要があるだろう。

◎市場に失望感、日銀は早期利上げ厳しくなった

<関西みらい銀行 ストラテジスト 石田武氏>

赤沢(亮正)経済再生相があれだけ毎週訪米して交渉していたはずが、フタを開けてみれば関税25%と「ほぼゼロ回答かそれ以下」という結果で、市場には失望感がある。とはいえ、直後の株価先物の下落は思ったほどではなく、市場は冷静に受け止めている印象だ。関税発効が明日からではなく8月1日ということで、まだあと3─4週間あり、その間に何とかなればとの期待もあるのだろう。また4月と違って、今回は全世界が対象ではなく、主要国では日本と韓国くらいだということも、全面的なリスクオフとなっていない一因とみられる。このため、けさの円債市場でも「リスクオフの安全資産買い」の動きは限られている。

今回の関税発表による影響があるのは、むしろ日銀の利上げシナリオの方だろう。関税一時停止の新たな期限が8月1日ということであれば、今月30─31日に開催される次の日銀会合の展望リポートで大したことが書けない公算が高まった。当社は日銀の追加利上げ時期を10月と予想していたが、関税猶予期間中の7月会合で何か新しい判断を出すことは不可能だろう。その意味で市場の日銀早期利上げ観測は後退せざるを得ず、これは中期の円金利には低下圧力となろう。一方で参院選を控えて財政悪化懸念を背景に超長期金利には上昇圧力がかかりやすく、円金利のカーブ形状はツイストフラット化しやすいと考える。

◎円安圧力継続へ

<みずほ銀行 マーケット・エコノミスト 長谷川久悟氏>

対日関税率の発表を受けて、外為市場では円安が進んでいる。1)高関税が課されるため輸出が減少して貿易赤字が拡大する、2)日本企業が生産拠点を米国へ移管することを狙った直接投資が増える、3)企業収益圧迫による賃上げモメンタムの阻害が、日銀追加利上げの障害になる、といった点が要因として挙げられる。

同率の高関税が課された韓国は新政権が誕生したばかりだが、日本では間もなく行われる参院選の結果次第で、連立交渉が必要となる可能性がある。今回の高関税率要求が、自公の過半数維持に逆風となるかもしれない。交渉の成り行きを見守ることしかできないが、しばらく円高に振れるような要因は見当たらない。円安圧力が続くだろう。

◎ニューノーマルの可能性も、日本企業は備えを

<上智大教授(米国政治) 前嶋和弘氏>

予想された通りにトランプ米大統領から書簡が届いた。追加関税率が当初の24%より高くなっているのは、トランプ氏のイライラの表れだろう。

そのイライラの原因は、まだ日本を含めて多くの国と交渉が進んでいないという点にあるとみている。トランプ政権にとっては、他国との交渉を有利に進めるため、最初に象徴的な国を叩いておく必要があった。日本はその対象になってしまった。

日韓はアジアでも目立つ国だ。トランプ氏は基本的に、米国の製造業を痛めつけてきたのは日韓だという認識があるように思う。

そう考えると、すでにトランプ氏の頭は対象国に「制裁」を科す段階に入っており、日本に対してはかなり厳しく臨もうという考えだったのではないか。

日本はどうすべきか。これまで政府は、既存の非関税障壁は残しつつ、対米投資を増やし、日米の経済安全保障の枠組みで進めていくという三つのパッケージを基本路線としてきた。

今後、例えば日本車の逆輸入をしたり、コメを追加で買ったりしたとしても焼け石に水だろう。どの国も食糧安保に必要な農作物には関税をかけているわけで、その点を交渉してもらちが明かないと思う。

政府は当初の三つのパッケージを維持し、内容を大きくしていきながら乗り切るしかない。ジャガイモの輸入拡大や細かな製品の逆輸入が候補となるだろう。

交渉が進めば、トランプ氏は関税をもう少し下げてくる可能性もある。8月1日まで猶予を与えられたとみることもできる。

 7月7日、トランプ米大統領は貿易相手国に新たな課税措置を通知し始めた。市場関係者に見方を聞いた。写真は米国国旗と「関税」の文字、トランプ氏のイメージ。4月撮影(2025年 ロイター/Dado Ruvic)

一方で、トランプ氏が示した関税の水準がニューノーマルになっていく状況も否定できない。政府の関税交渉と並行して、日本企業は米国に頼らない形での経営を模索していく必要があるだろう。

◎自動車関税撤廃要求に懲罰的意味か

<野村総合研究所 エグゼクティブ・エコノミスト 木内登英氏>

  対日相互関税が従来の24%から25%に1ポイント上昇している。おそらく米国の貿易赤字削減にとって重要な自動車の関税について日本が撤廃を要求し続けていることに対し、懲罰的意味合いがあるのだろう。

トランプ政権は8.6兆円の対日貿易赤字の削減を要求しており、これが実現すると日本の国内総生産(GDP)は1.4%から1%台後半の規模で縮小する。一方、米国の25%の関税によるGDP下押しはその半分程度なので、日本としてはトランプ大統領の要求に屈するよりも、日本としての主張を続けることが望ましい。

今後の注目は金融市場の反応で、高関税による米国内インフレなどに批判が高まると、トランプ政権としても、時期は不明ながらいずれ高関税の見直し、引き下げに転じる公算が大きい。代わりに利下げなどによるドル安誘導に舵を切る公算が大きいだろう。

新たな関税交渉期限となる8月1日は、日本では参院選の直後で、選挙結果によっては政権の枠組みを巡り交渉の途中かもしれない。自公の新たな連立相手が立憲民主党か国民民主党かによっては経済政策も全く異なる可能性があり、関税交渉への影響が注目される。

◎実質延期でも安心できず、目先は株安・金利低下・円安

<SMBC日興証券シニアエコノミスト 宮前耕也氏>

8日未明に届いたトランプ米大統領からの書簡では、日本への追加関税は25%になっている。この間、トランプ氏が日本に対して30―35%の関税を課すと示唆したことを考えると、低めの水準だ。

ただ、そもそもトランプ氏の一連の発言がブラフであり、本気ではないと見ていた市場参加者も少なくなかった。書簡が本当に送られてきたという事実自体が、そうした参加者にとっては懸念材料になるだろう。

また、追加関税の発動は8月1日とされた。実質的な延期になるわけだが、安心できる材料とは言えない。

というのも、日本は7月20日に参院選の投開票を控え、本来ならカードになりえる交渉材料を提示できずにいた。参院選が終わってから8月1日までというのは、交渉時間としては短すぎる。

さらに、仮に参院選で与党が負ければ、自民党内で「石破降ろし」が起きるなど、政権が不安定化する可能性が出てくる。衆院ですでに少数与党なので、自民にとっては首班指名が見通せないため、石破茂首相が辞めないシナリオもあると個人的には思っているが、それでも不透明さが増すのは間違いない。

つまり、7月20日までは参院選が交渉のネックとなり、その結果がどうであれ8月1日までというのは時間が足りない。日本としては非常に難しい状況になったと言える。

市場の動きとしては、景気悪化プラス利上げ期待の後退となるだろう。短期的には株安、金利低下、円安に動くとみている。

◎最悪事態ならず、日経3万9000円軸に地固め

<大和証券 日米株チーフストラテジスト 坪井裕豪氏>

為替は大幅なドル安になっておらず、トリプル安ではない。市場では、今回の措置はそこまで厳しくなく、交渉の余地はあるとの判断ではないか。

一方、今後の交渉がうまくいくのか、参院選後に政治の枠組みの変化が生じた場合、交渉がうまく進むのかなど、懸念事項は残る。日経平均は、すぐには買いを入れにくく、いったんは売りが先行するだろう。

とはいえ大幅に売り込まれるとはみていない。日本は30-35%という最悪の想定ほど税率は高くなかった。自動車関税も引き上がることはなさそうだ。

8月にかけては、地固めだろう。これまでの高値とみられていた3万8500-3万9000円が、足元の下値になりつつあり、3万8500円あたりがいったんの底値とみている。

◎参院選後に妥協点変わる可能性

<野村証券 エグゼクティブ金利ストラテジスト 岩下真理氏>

当社の推計では、関税率25%は10%で想定していたより企業収益を4%程度さらに下押すと見込まれる。一方、日銀は5月の展望リポート作成に当たり、10%と4月2日に示された相互関税24%の真ん中あたりを前提に経済見通しを作っていたと思われる。このため、25%となれば日銀の経済見通しは下振れそうだ。

しかし、交渉期限は8月1日に延びた。25%で最終決定ではなく、参院選後に妥協点が変わってくる可能性があるとみている。

私たちの行動規範:トムソン・ロイター「信頼の原則」, opens new tab

関連記事: