「SNS投稿すら危険」「デモには怖くて参加できない」トランプ政権下のハーバード大学生たちが語る“恐怖のアメリカ生活”《週刊文春がボストン現地取材》(文春オンライン)

 抵抗と連帯のデモに参加したくともできない。ある学生はこう語る。 「知らない間に自分の写真を撮られて当局に密告されるのではと思うと怖くて」  学問の自由を守り、トランプ大統領への怒りを示したい――デモに参加する理由も意思もあるが、当局への恐怖がそれを阻む。 「インドからの移民の両親には『デモには参加しないで』と言われて育てられてきました。私は『憲法に守られるから大丈夫』と、両親の心配を杞憂扱いしてきたのですが、留学生の国籍獲得のチャンスが失われる可能性がある現状を目の当たりにして、自分の考えのほうが間違っていたと思い始めています。私自身はアメリカ国籍ですが、それでも怖くて参加できない」(ロースクール卒、ヴァイシャリ・シャンドラリ氏)

 前出のアメリカ国籍を持つアヌピンディ氏は、 「アメリカ人が自らの政権に対して声をあげるのは道徳的義務です。私はパレスチナ解放のデモにも参加しました。政権が間違っていれば、国民は抵抗を示さねばなりません」  だが、隣国のカナダからの留学生は、 「デモがトランプ政権の政策決定に影響を及ぼす効果的な手段だと思えない」  と、冷ややかに見ている。 「トランプ政権は権威主義体制そのもの。私は法の支配を守るため、議員か弁護士になるつもりです」  ロースクールを卒業したブライアン・ヘンソン氏はこう頼もしく語るが、SNSへの投稿にはナーバスになることもあるという。 「それでもアメリカ人の白人男性という特権的立場にある自分が恐怖心に負けるわけにはいかない」  修士課程を修了したフランスからの留学生ザック・ラムキ氏は率直に言う。 「一連の件についてメディアから取材を受けたのですが、自分のコメントが載った記事が公開された次の日は、ICE(移民・関税執行局)に連行されるのではないかと本当に心配でした」


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 SNSへの投稿はおろか、友人と交わす会話にまで神経をとがらせている学生は驚くほど多い。 「Xやインスタグラム上の政権批判の投稿をリポストしたり、『いいね』するのさえやめました。SNSのチェックで引っ掛かり、送還されるわけにはいきません」(匿名希望の留学生)  外国人が入国する際には、インターネット上のプライベートなやりとりもチェックされる場合があるという。いまや政権批判のやりとりは、秘匿性の高いメッセージアプリ「シグナル」に移行し、そもそも証拠の残るテキストで意見表明すること自体を止めた学生も少なくない。複数の学生が明かす。 「キャンパスの近くでICEの職員を見かけた際には、シグナルで他の学生と警告しあっています」

 秘密警察に怯える独裁国家の市民とみまがうばかりだが、学生たちが怯えるのも無理はない。ハーバードの大学新聞「クリムゾン」は4月6日付の記事で次のように報じている。 〈親パレスチナ運動に関わる学生のビザを取り消す措置をトランプ政権が行っている最中、3名ものハーバードの学生と最近卒業した2名がビザを剥奪されたようだ〉  日本文化を研究する大学院1年のアンディ氏が、学生の間で広がる自主規制の一例を挙げる。 「アジアのマイノリティについて研究していた知人は、政府がDEI政策の廃止を掲げたことで、テーマを変えてしまった」

 ウクライナ出身のアレックス氏はMBA課程を修了。戦火を逃れ、渡米してきた彼の言葉は重い。 「キーウがロシアに侵攻された数カ月後に渡米を決めました。ここ数年、ウクライナは成人男性の出国を認めていませんが、私は特例で運よく出国できました。私にとってトランプ政権による留学生ビザの凍結は、戦場送りと同義です。  一度母国に戻れば二度と出国できないかもしれない。この2年間、ウクライナに貢献するつもりで、死に物狂いの努力をしてきたのに。将来は全く不透明です」  仕事や帰省など、夏季休暇中の計画の変更を余儀なくされたと嘆く学生は多い。留学生ビザの剥奪は死活問題といえる。 「ビザが失効すれば空港で拘束される可能性もあるので、アメリカ国内の旅行をキャンセルしました」(韓国人留学生のパク氏〈仮名〉)


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 トランプ政権のハーバード攻撃の口実のひとつに、中国共産党との関係がある。政府は5月28日、中国人留学生へのビザの取り消しを発表した。  教育大学院で研究に従事する中国籍のチャン氏(仮名)は諦めたように言う。 「トランプ大統領は中国人を狙い撃ちしているから出国を控えるよう、大学から個別にアドバイスを受けました。中国人としてこの国で大学教授になるという私の夢は叶わないでしょう」  エジプト考古学の博士課程1年のフレア氏も中国人留学生。 「アメリカで勉強する中国人は、中国政府からはアメリカのスパイとして睨まれ、アメリカ政府からは共産党のスパイ扱いを受ける。海外で経験を積んだ中国人が母国で歓迎されるのは今や昔です」

 一方、人文学分野の博士課程に在籍する中国人研究者のティファニー氏(仮名)はある種楽観的だ。 「コロナの時も、私たちは散々嫌な思いをしました。この国で中国人が軽んじられ、排除されることに慣れてしまった。外国人に対する敵意が中国人だけでなく友好国の学生にも向けられ始めましたが、私たちは『今回もどうにかなるだろう』と、どこか落ち着いています」  一連の措置の影響で、帰国を真剣に検討するようになったと語る中国人留学生は多いが、将来を悲観し、あるいはアメリカに失望し、米国脱出を考えるのは中国人学生に限らない。 「学部時代を含め計8年をハーバード大学で過ごし、グリーンカードも取得済み。将来はアメリカに住むと固く決めていましたが、これだけの排外主義に染まるアメリカのことが怖くなった。別の国に移住することも考えるようになりました」(オーストリア国籍で大学院2年のヨハネス・ラング氏)  統計学専攻の学部1年のアーロン氏はアフリカからやってきた。 「欧州の大学も選択肢に入れなければならない。2年、3年とハーバードで学ぶつもりでしたが、人生のプランを変えなければならないかも」

文春オンライン
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