ビデオ判定導入は「現実的ではない」…甲子園で紛糾した“誤審問題”を現役審判員はどう考える? 指摘の際に「最初に見てほしい」意外なポイント

ビデオ判定導入は「現実的ではない」…甲子園で紛糾した“誤審問題”を現役審判員はどう考える? 指摘の際に「最初に見てほしい」意外なポイント photograph by JIJI PRESS

 沖縄尚学の初優勝で幕を閉じた今夏の甲子園。連日続いた熱闘とともに大きな話題となったのが、試合の勝敗にも影響した「誤審問題」だ。はたして日々、高校野球の試合を裁く現役審判員は、その喧騒をどう見ていたのか。話を聞いた。《NumberWebレポート全2回の2回目/最初から読む》

 現役で高校野球の審判員を務めるAさん。彼が見ているのは、この夏の甲子園大会準々決勝、横浜高VS県岐阜商のタイブレーク10回の映像だ。

 今夏の甲子園でSNSを中心に大きな話題となったのが、この回に県岐阜商の丹羽駿太内野手がライトに放った大飛球に関する“誤審問題”である。

 フェアなのか、ファールなのか――。

 もしフェアならば試合が終わっていたシチュエーションだっただけに、よりファンの喧騒も大きくなった。

話題となった誤審騒動…現役審判員はどう考えた?

 Aさんは「その時」は仕事中で、「リアルタイムでは見られなかった」と残念がった。

「粉が上がって見えるのが、ラインカーで曳いた白いフェアラインなのか、地面の砂が舞い上がっただけなのか……そのへんは微妙ですけど、打球が落ちた地点は確かにファールゾーンに見えますね」

 また、ライトのグラブをかすめたようにも見える打球ではあったが、それは仮にビデオ判定があったとしても、明確に裁定を覆すほどのものでもないとも言える。

 思い出されるのは一昨年、2023年の夏、神奈川大会・決勝戦。

 記憶に新しい方もまだ多くいらっしゃると思うが、横浜高VS慶応高の試合だ。併殺プレーで横浜高遊撃手の、二塁ベースを「踏んだ、踏まない」でグラウンドは紛糾し、ネット上でも炎上に及んだ。

 結局、二塁ベースタッチが不完全としてオールセーフの判定に。試合は慶応高が勝利し、その後甲子園に進んだ慶応高は、全国制覇へと一気に駆け上がった。

 その時の当コラムでも、今回と同じ現役審判・Aさんに意見を求めている。

「あの時ジャッジした二塁塁審は、たまたま私の友人だったのですが、『間違いなく踏んでいない』と断言していました。やっぱり、審判という立場で言わせてもらえば、『いちばん近くで見ている者の見え方がいちばん正しい』ということを大前提にして判定を託してもらわないと、試合に審判が立ち会う意味がなくなってしまうんじゃないでしょうか」

 Aさんは大学まで選手としてプレーして、高校野球審判としても20年以上、グラウンドで真剣勝負に立ち会っている。

「もちろんものの見え方って、見る角度によって変わりますよね。いちばんいい例が、人の顔ですよ。正面から見た顔と横顔って、ぜんぜん違うじゃないですか。じゃあ、どうするか? 横顔見て、田中さんだよな〜と思っても、定かでなければ、正面から見て判断しようとしますよね」

 野球の審判も同じだという。

審判の技量で「最も大切なこと」は?

「プレーを見る位置……つまり<立ち位置>というのが、審判はいちばん大事なんです」

 審判の技量イコール、ジャッジする時の立ち位置。そう言っても言い過ぎではないと、Aさんは断言する。

「私自身もグラウンドに立つ時は、どこに立ったら、どこに移動したらプレーの全容がいちばんよく見えるのか。次に起こりうるプレーを何通りも想定しながら、打球がこう飛んできたら、こう、こっちに飛んできたら、こう……と、動きを準備するんです。打球が飛んできてから考えてたら、とてもじゃないけど間に合わないですから」

「そういえば」と思い出す場面があった。

 この夏の甲子園、どの試合かは覚えていないが、飛んできたゴロを処理しようとしている内野手のすぐ横をすり抜けるようにして、ものすごいダッシュで<立ち位置>に移動しようとしている塁審の方がいた。

 一瞬、打球をさばく内野手と衝突しそうに見えて、思わず、「アアッ!」と声が出たものだった。

「もしかしたら、一瞬ボーッとして、初動が遅れたのかもしれないですね。でもね、もうこれだけ暑いと、そういうこともあるんですよ。私たち審判も、それぞれにいろんな方法で、集中力を切らさないように自分に気合いを入れて頑張ってるんですけどね」

 ちなみにA審判の気合いの入れ方は、「手の甲をつねる」だそうだ。

「たとえば選手が足をつって試合を止めたら、大事な<流れ>というやつに影響するじゃないですか。自分たちに強い流れが来てる時に、試合を止めたら、せっかくの<流れ>という味方を逃してしまうことにもなる。

 私、審判がそれをやって、試合に迷惑かけちゃいけないって、自分にも戒めているし、後輩たちにも言ってるんです。あれだけ動いてるのに、足をつる審判ってあんまりいないでしょ。それなりの対策をして試合に臨むようにしていますね」

高校野球で「ビデオ検証」導入は可能?

 近年、プロ野球では「リクエスト」というルールを設けて、微妙なプレーのジャッジをビデオ検証している。

「大相撲でもビデオ検証をやり始めていますけど……高校野球でのルール化はちょっとムリでしょうね。費用がものすごく高い。高校野球だと予選を行うすべての球場に、複数の角度から撮影するビデオを設置するとなったら、ほとんどが県営・市営ですし、球場の数はとんでもなく多いし、大問題になってしまう。仮にコンパクトな器具ができても、いちいち設置しなきゃいけないわけでしょう」

「誤審を指摘するなら…」最初に見てほしいこと

 現状、現実的ではないようだ。だからこそ、Aさんはより現実的な指摘をすべきだと主張する。

「際どいプレーって、見る人によって、セーフ・アウトだったり、ストライク・ボールだったり、ファール・フェアだったり、必ず2通りの見解が出て、そこから誤審だという話になります。でも、誤審を指摘するなら最初に“その時の審判の立ち位置はどうだったのか”……そこから論を始めてほしいですね。結局『ビデオ判定を導入すべきだ』みたいな話になってしまいがちですが、先に言ったように今すぐの採用は現実的ではないんです。

 じゃあ、なぜそんな曖昧なことになったのか。どうしたら人の目でそれが防げたのか。それをちゃんと検証しないと、本当の意味での<現場検証>にならない。せっかくインターネットという役に立つツールが開発されて、映像・画像が誰でも見られるようになったんですから『誤審だ、誤審だ』と人を責めて面白がるだけじゃ勿体ないですよね。何か現実的な解決策を示したほうが、私たち審判員も勉強になるし、自戒にもなる。そっちのほうがいいですよね」

 次々と新たなツールが開発される昨今ではあるが、そうしたものは、人々の、「世の中が良くなるように」という願いが込められて登場したものばかりであろう。

 そうであれば、個人の憂さ晴らしや、あげ足取りに使われるだけでは、あまりにも悲しく、情けなく、民度が低い。

 問題提起とそれにまつわる議論は、いつも前向きで建設的なものでありたい。

文=安倍昌彦

photograph by JIJI PRESS

関連記事: