wakatte.TV炎上が突きつけたもの: 入試多様化、少子化、地元志向でますます狭まる偏差値の射程

社会学者/日本大学危機管理学部教授、東京工業大学特任教授
(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

「wakatte.tv」が8月28日に公開した福島大学の動画が炎上した。福島大学は学長名で声明を出している。松本洋平文科相は9月4日の閣議後記者会見で、学生や教職員の尊厳を傷つけるような言動はあってはならないとしたうえで、大学の研究力を偏差値で判断することは適切ではない、と苦言を呈した。

毎日新聞『福島大やゆ動画に文科相苦言 「研究力を偏差値で判断は不適切」』(2026年9月4日)https://news.yahoo.co.jp/articles/c5c693e00287fd225d2c1c2e40b54b742bbc493d

研究力の把握には多様な定量指標と定性指標の組み合わせが重要だいう会見での説明も、研究評価をめぐる国際的な議論からすれば妥当な認識だ。

だが、それで炎上が収まったわけでもない。

東スポWEB『林尚弘氏がwakatte.TV問題でヒートアップ 松本文科相にも反発「なぜ東大ばかり採るのか」』(2026年9月6日)https://www.tokyo-sports.co.jp/articles/-/402054

学歴の効用をめぐる論争にはここでは立ち入らない。なお国家公務員は、学歴ではなく国家公務員試験で採用を行っている。いずれにせよ、本稿で確認したいのは、その手前にある偏差値という物差しについてだ。

そもそも偏差値では、母集団のなかでの位置を表す数字だという点である。同じ答案でも、受けた模試が変われば偏差値は変わる。母集団が変われば数字も変わる相対的な指標である。

そして受験生が「あの大学は偏差値◯◯」と言うときの数字は、予備校党が前年度の入試結果と模試の志望動向をもとに、合格可能性が50%に分かれる偏差値帯を推定したものだ。

河合塾はこれを「ボーダーライン」と呼び、「ボーダーラインはあくまでも入試の難易度を表したものであり、各大学の教育内容や社会的位置づけを示したものではありません」と自ら注記している。同塾は、科目数や配点が大学により異なるため大学間の入試難易は単純には比較できない場合がある、とも記しているのである。

河合塾 Kei-Net『入試難易予想ランキング表』https://www.keinet.ne.jp/exam/ranking/

要するに大学の偏差値とは、一般選抜における合否のつきやすさの推定値である。研究力を測る道具ではないし、そう作られてもいない。作成者である予備校自身もそう断っているのだから、この点に争う余地はほとんどないのではないか

そして、この物差しは、善し悪しはさておき、大学や大学の研究の尺度としてのみならず、いまや学部入学の難易を測る尺度としても、機能する範囲が急速に狭まりつつあることも付言しておこう。

第一に、入試の多様化である。文部科学省の調査によると、2025年度(令和7年度)の大学入学者に占める割合は、総合型選抜が19.5%、学校推薦型選抜が34.1%で、合わせて53.6%に達した。私立大学に限れば61.6%である。

文部科学省『令和7年度国公私立大学・短期大学入学者選抜実施状況の概要』(2025年11月26日)https://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/2020/1414952_00009.html

つまり入学者の半数以上は、学力試験の得点分布から推定される偏差値とは別の評価で大学に入っているのが現実だ。書類、面接、小論文、活動歴などで評価されるこれらの選抜は、そもそも模試の偏差値帯という尺度の外側にあることは明らかだ。

第二に、少子化と大学の増加である。2026年5月1日現在、大学は816校を数え、大学の学部在学者数は266万4000人で、前年度から1万8000人増加して過去最多を更新した。18歳人口が減り続ける一方で、受け入れ側は増えてきたのである。

文部科学省『令和8年度学校基本調査の公表について(速報)』(2026年8月26日)https://www.mext.go.jp/content/20260826-mxt_chousa01-000050842_01.pdf

第三に、インフレのもとでの家計の逼迫と地元志向である。物価上昇で家計は逼迫しており、大学入学で地元志向が強まっていることが知られている。リクルート進学総研によれば、大学入学者の地元残留率は2016年の43.7%から2025年には45.4%へと1.7ポイント上昇したという。

リクルート進学総研『【全国版】18歳人口予測 大学・短期大学・専門学校進学率 地元残留率の動向 2025』(2026年3月)https://souken.shingakunet.com/research/2026/03/182025.html

ここで比較のために中国の高考(大学統一入試)を考えてみたい。2026年の受験申込者は1290万人であったという。全国統一の試験で、点数を見て進学先を選ぶ。このように単一の選択型試験で一元的に競う環境であれば、偏差値は集団内の位置を示す数字は強い意味を持ちうるだろう。

人民網日本語版『2026年の中国大学統一入学試験の受験者数は1290万人』(2026年6月4日)http://j.people.com.cn/n3/2026/0604/c94475-20463951.html

もっとも、その中国でさえ偏差値は単一の尺度ではない。募集定員は省、自治区、直轄市ごとに配分され、合格ラインもそれぞれが確定するため、同じ点数でもどこで受けるかによって結果が変わるのである。

日本の入試はもとよりそのような世界観からほど遠い現状であることは、先にも述べたとおりだ。国公立と私立、共通テストと個別試験、一般選抜と総合型選抜、学校推薦型選抜が併存し、科目数も配点も大学ごとに異なる。

偏差値は、いくつもある尺度のうちのひとつにすぎない。入学者の半数以上が別の評価軸で入学する、いわゆる大学のユニバーサル段階が具体化しつつある時代に、なおその数字ひとつで大学のすべてが語れると考えるのは、いささか牧歌的だ。

そして、今後ますますこの傾向は強まっていくものと考えられる。大学に限らず、教育について自分や家族などが経験した少数事例や遠い過去の体験で語ってしまいがちなだけに、こうした大学の変化については、予備校などの教育産業もそうだが、我々、大学教員や大学が積極的に社会に発信していくべきであることは疑い得ない。

社会学者/日本大学危機管理学部教授、東京工業大学特任教授

博士(政策・メディア)。専門は社会学。慶應義塾大学総合政策学部卒業。同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。同後期博士課程単位取得退学。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科助教(有期・研究奨励Ⅱ)、独立行政法人中小企業基盤整備機構経営支援情報センターリサーチャー、立命館大学大学院特別招聘准教授、東京工業大学准教授等を経て2024年日本大学に着任。『メディアと自民党』『情報武装する政治』『コロナ危機の社会学』『ネット選挙』『無業社会』(工藤啓氏と共著)など著書多数。省庁、地方自治体、業界団体等で広報関係の有識者会議等を構成。偽情報対策や放送政策も詳しい。10年以上各種コメンテーターを務める。

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