トランプ氏と「真逆」、NY市長選の最有力候補は民主社会主義者
9月下旬のある午後、ニューヨーク市長選(11月4日投開票)に出馬している民主党候補のゾーラン・マムダニ氏がマンハッタンのミッドタウンに到着した。黒いスポーツタイプ多目的車(SUV)から降りると、通行人が足を止めて見守る中、歩道に設置された小さな演台へと歩み寄った。
セントラルパークのすぐ南に位置するこの一帯は「ビリオネアズ・ロウ」と呼ばれる超高級マンション街。その一角では、報道陣やカメラマン、テレビクルーが待ち構えていた。
マムダニ氏の背後に立つ住宅用高層ビルでは、4ベッドルーム・7バスルームの物件が8750万ドル(約135億円)で売りに出されていた。米国で最も物価の高い都市の生活コストを語るのに象徴的な場所だ。
「ニューヨークには2億ドルを超える物件もある」と語ったマムダニ氏は、大半の住民が悩んでいるのは「家賃に加え、子どもの保育料や食費を賄えるのかという問題だ」と続けた。
この日の発言はマムダニ氏がここ1年、市内の5行政区を回りながら繰り返してきた演説とほぼ同じ内容だった。公園、教会、モスク、デモや集会など、あらゆる場で訴えてきたのは、家賃を下げ、交通費を安くし、保育料を手の届く水準にというメッセージだ。
マムダニ氏がニューヨーク市長選に向けた民主党予備選で圧勝してから約3カ月が経過していた。数日前には再選を目指していた現職のアダムズ市長が選挙戦からの撤退を表明し、マムダニ氏は今や次期ニューヨーク市長の有力候補として確固たる地位を築きつつあった。
あらゆる政治的立場のニューヨーク市民が、その考えになじみ始めていた。演説が始まって2分ほどたった頃、マムダニ氏は対立候補のクオモ前ニューヨーク州知事について、生活に苦しむ人々をないがしろにしてきたと非難した。
通りがかったBMWの運転手が「お前は最低だ!」と叫ぶと、マムダニ氏は笑顔で「ありがとう」と返した。数秒後、別の車からは支持する歓声と喝采が上がった。
その様子を見ていた1人の通行人が誰にともなくつぶやいた。「彼が勝つだろう」。
マムダニ氏は州議会議員(クイーンズ区選出)を3期務めるが、立法実績に乏しく、2025年初めの時点ではほぼ無名だった。しかし、そこから巧みなSNS戦略と地道な草の根運動で一気に知名度を上げた。
予備選直前にはマンハッタンを徒歩で縦断しながら握手を重ね、自身の「売り文句」を磨き上げた。政策の柱は、① 市内バスの無料・高速化、②市内住宅の約4分の1を占める家賃安定型物件の賃料凍結、③ 生後6週間から5歳までの子ども全員を対象とする無償保育の3点。実施費用は富裕層への増税で賄うとしている。
このメッセージは多くの市民の共感を得た。ニューヨーク市では公共交通機関の利用コストが年間1800ドル、家賃の中央値が月3400ドル、保育費は子ども1人当たり年間最大2万5000ドルにも上る。
6月の予備選の頃までに、マムダニ氏の陣営は5万人のボランティアを擁し、市内160万戸を訪問。公の場を避けがちだったクオモ氏を大差で破り、民主党候補指名を獲得した。最近の全ての世論調査が、11月4日の本選でも独立候補となったクオモ氏に勝利する可能性を示している。
自らを「民主社会主義者」と称するマムダニ氏(34)が、世界の金融の中心地であるニューヨーク市を向こう4年にわたって率いる可能性が濃厚となっている。そのシナリオが現実味を帯び始めるやいなや、裕福な実業家の一部は臨戦態勢に入った。
実業界の反発
まずは、ヘッジファンド界の大物でトランプ米大統領を支持するビル・アックマン氏だ。「米経済の中心地に社会主義はふさわしくない」と、6月にX(旧ツイッター)に長文の投稿を寄せた。マムダニ氏の政策は「破滅的」で、富裕層の流出につながり、市の財政を行き詰まらせるとも訴えた。
同じくヘッジファンドを運営するダン・ローブ氏も「熱い共産主義の夏が来た」とXに投稿し、ニューヨーク州のホークル知事がマムダニ氏を支持したことを「必死のアピール」と揶揄(やゆ)した。
10月には不動産開発業者でスーパーマーケット業界の有力者、ジョン・キャツィマティディス氏がFOXニュースに対し、マムダニ市政下では不動産価格が半減しかねないと業界は懸念していると発言。根拠は示さなかった。
マムダニ氏はウガンダ系米国人で、イスラム教徒でもある。パレスチナ人の権利擁護を政治的アイデンティティーの中心に据えてきた。
イスラエルによるパレスチナ自治区ガザでの行動をジェノサイド(集団虐殺)と呼ぶ数少ない主流派政治家の一人でもある。そのため、さまざまな過激な批判の標的となる一方で、多様な若い有権者の間で支持を広げてきた。
一方で実業界の有力者らは、もしマムダニ氏が当選すれば出ていくと何度も表明している。ニューヨーク市では上位1%の富裕層が個人所得税収の4割超を占めるとされ、その影響力は極めて大きい。
こうした事情もあり、マムダニ氏は労働組合や選出された公職者、ユダヤ系コミュニティー、同氏に懐疑的な有権者との関係構築に努める一方で、この数カ月間はニューヨーク実業界との「第二の予備選」に臨んできた。
JPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモン最高経営責任者(CEO)との電話会談を皮切りに、スティーブ・コーエン氏のヘッジファンド、ポイント72の幹部マイケル・サリバン氏、弁護士ブラッド・カープ氏、デベロッパーのジェド・ワレンタス氏らと面談した。対話した人々の多くはマムダニ氏について、聡明(そうめい)でよく耳を傾ける人物だと感じたという。
マムダニ氏は10月初旬、マンハッタンのチェルシーにある陣営本部でブルームバーグ・ビジネスウィークの取材に応じた。クイーンズ区での集会を終えたばかりで、おなじみのスーツにネクタイ姿。疲れを見せずに街の将来像や実業界リーダーらとの関係などについて語った。
「正直であることが重要だ。そして正直さとは、意見の違いを理解することで、それが他の分野での合意の可能性を妨げないようにすることでもある」とマムダニ氏。「市内で最も利益を上げている企業のトップや、最も革新的なテック企業の経営者とも会ってきた。彼らの中には『税制ではあなたに反対だけど、無料バスには賛成だ』と耳元でささやく人もいた」という。
市政改革に意欲
クオモ氏はマムダニ氏の市政経験不足を声高に批判し、トランプ氏はマムダニ氏を「小さな共産主義者」と呼ぶ。すでにトランプ政権はシカゴ、ロサンゼルス、首都ワシントンなどに軍隊を派遣しており、軍幹部との会議で国内都市を兵士の訓練場とする考えを示唆している。ニューヨークについて政権が何を計画しているか、また次期市長がどこまで対応できるのかは定かでない。
しかし、マムダニ氏が選挙運動で示した方向性は明確で、民主党がこれまで獲得に苦戦してきた若年層を取り込んだ。「市政を変革し、政治への信頼を失わせるのではなく、ニューヨーカーが助けを求める場にできる」と語る。
マムダニ氏はウガンダのカンパラで生まれた。母はデンゼル・ワシントン主演の映画「ミシシッピ・マサラ」の監督として知られるインド系米国人のミラ・ナイール氏、父はコロンビア大学のインド系ウガンダ人学者マフムード・マムダニ氏だ。一家は南アフリカを経て、マムダニ氏が7歳の時にニューヨークに移住した。
マンハッタンのアッパーウエストサイドで育ち、市内の私立・公立学校で教育を受けた後、メイン州のボウドイン・カレッジに進学。アフリカ研究で学位を取得した。14年にニューヨークへ戻り、数年にわたり地元進歩派候補の選挙に次々と携わった。
19年までにクイーンズ区に移り、非営利の住宅支援団体チャーヤで差し押さえに直面した住宅所有者の支援に当たった。同年末、5期連続当選の現職に挑む形で20年の州議会選への出馬を表明。家賃問題を最重要課題と位置付け、ニューヨーク市警(NYPD)の予算削減を訴えて選挙戦を展開し、423票差で勝利を収めた。
州議会での実績は乏しく、約5年間の在職中に成立させた法案は4件に過ぎない。だが、21年には15日間のハンガーストライキに参加し、タクシー運転手への4億5000万ドル規模の債務救済を実現させた。また23年には、ニューヨーク州都市交通局(MTA)に市内全区で無料バスの試験運行を求めるキャンペーンを展開した。
今年の早い段階で、マムダニ氏の支持率はわずか1%と最下位だった。しかし、選挙運動を通じて市民の声を直接聞く中で、自身の政策の柱に確信を持っていた。「市民の声に耳を傾けた。繰り返し語られた課題は住宅、保育、公共交通、食料品で、生活費の話ばかりだった」と話す。
予備選の期間中は、とにかく住民に会い、握手し、笑い合い、抱き合った。かつて携わった選挙戦から得た教訓だった。
「素晴らしいフィールドプログラムを作り上げたが、それだけでは不十分だ。テレビ、郵送物、ラジオなど、従来の方法でも対抗しなければならない。そしてその精神を市政運営にも持ち込むつもりだ」とマムダニ氏は語った。
支持が広がるにつれ、反発も強まった。マムダニ氏は予備選後には握手すべき相手が増えることを理解していた。
財界との関係強化へ
民主党予備選での勝利から間もなく、マムダニ氏はニューヨーク財界との関係強化に乗り出した。企業トップ350人を擁するビジネスロビー団体「パートナーシップ・フォー・ニューヨーク・シティー」のキャシー・ワイルド会長が仲介役となった。
ある金融業界の幹部は匿名を条件に、政治的な駆け引きを脇に置き、真摯(しんし)に耳を傾け学ぶ姿勢に感銘を受けたと話した。一方で、経験の浅い人物が市政を本当に運営できるのか懐疑的だとも述べた。
マムダニ氏は歴代の市長経験者3人と面会し、市政運営について学んだ。「これまでの成功と失敗から学ぶこと」が複雑な職務を遂行する鍵であり、「周囲に誰を置くかが最も重要な決断の一つになる」としている。
ニューヨーク市長は世界的に注目され、地元では強大な権限を持つが、財政を完全にコントロールしているわけではない。税制やMTA運営などの権限は州政府が握っている。
マムダニ陣営の試算では、子育て支援に年間約60億ドル、バス無料化に約7億ドルが必要となる。財源として、年収100万ドル超の高所得者への2%の追加課税と法人税率引き上げを提案している。しかし、市長には税制面の決定権がないため、実現には州議会の承認が必要となる。このため州レベルの連携にも力を入れている。
マムダニ氏は州議会のヒースティー下院議長とカズンズ上院院内総務の支持を獲得。ヒースティー氏は「富裕層への課税は世論の支持が高い」と述べた。ホークル州知事もマムダニ氏を支持しているが、増税案そのものには慎重姿勢を崩していない。
増税が「一番理にかなう方法」との立場を示してきたマムダニ氏も、9月のブルームバーグ・ニュースのインタビューでは、もし他の財源が見つかるならそれで構わないと発言。「最も重要なのはこれらのプログラムに必要な資金を賄うことだ」と語った。
一方、無料バス構想について、MTAのジャノ・リーバー最高経営責任者(CEO)らは懐疑的だ。リーバー氏はサービスを無償化すれば、支援を必要としない層も恩恵を受けることになるとして、さらなる検証が必要だと訴えた。選挙やマムダニ氏の提案への直接の言及は控えた。
そして最も火の手が上がりやすいのがイスラエル問題だ。マムダニ氏はイスラエルのガザでの行動を一貫して批判しており、イスラエルの生存権を支持するとしながらも、「人種や宗教に基づくヒエラルキー体制を有する国家の生存権は承認しない」との立場を示した。
予備選以降は実業界に対して使ったのと同じ「現場に出て耳を傾ける」戦略で、ユダヤ系コミュニティーとの関係修復を図っている。
米紙ニューヨーク・タイムズ(NYT)とシエナ大学が9月初旬に実施した世論調査では、有権者の39%が選挙期間中にイスラエル・パレスチナ問題に最も適切に対応した候補者はマムダニ氏だと回答。クオモ氏は17%にとどまった。
マムダニ氏は「私はこの街を故郷と呼ぶ全ての人の市長になりたい。民主党予備選で私に投票した人や本選で私に投票する人だけでもなく、イスラエルやパレスチナに関する私の見解に懸念や反感を持つユダヤ系市民も含む850万人の全市民のために」と意欲を示した。
対トランプ戦略
この10年で分かったのは、どれほど慎重に政治的均衡や連携を図ろうと、トランプ氏の影響を免れることはできないということだ。
連邦政府は2月、議会が承認した緊急資金8000万ドルをニューヨーク市の銀行口座から引き揚げた。連邦緊急事態管理庁(FEMA)が救援資金を不法移民向けに転用しているとするイーロン・マスク氏の誤った投稿が発端だった。アダムズ市長の下、市は現在、資金返還を求めて提訴している。
さらにトランプ政権は、地下鉄のセカンドアベニューライン延伸やハドソン川を横断する鉄道トンネル新設に向けた補助金など、総額約180億ドルの連邦資金の支払いを停止。MTA当局者は「ニューヨークへの報復行為だ」と非難した。州の対テロ資金1億8700万ドルも一時凍結された。
トランプ氏は今回のNY市長選への関心を隠そうとしていない。アルゼンチンのミレイ大統領を招いた10月の閣議で、同国支援は選挙結果次第なのかと記者に問われたトランプ氏は、突然ニューヨーク市とマムダニ氏を罵倒し始めた。
「彼は何も分かっていない」と述べ、「ニューヨークには金を送らない。その必要はない」と断言した。さらにニューヨークを「浄化」するために連邦法執行機関や軍を投入すると脅した。
次期市長にクオモ氏を推すトランプ氏が脅しを実行に移した場合、マムダニ氏にできるのは法廷闘争と世論に訴えることくらいだ。マムダニ氏は、イリノイ州やカリフォルニア州がホワイトハウスの州兵派遣命令に法的手段で対抗した例を手本に挙げている。
マムダニ氏は緊急資金引き上げや移民取り締まりを巡りトランプ政権を公然と批判し、「ニューヨークは恐怖を政治の武器にする連邦政府に屈しない」と語った。
マムダニ氏はまだ公約を実現しておらず、その自信が国家権力との衝突の中でどこまで通用するかは未知数だ。だが、生活費や交通費、子育て支援の問題で市民に手を差し伸べるだけでなく、明確な価値観も示している。対立する者との交渉における出発点は明確だ。
もし彼が財界を取り込み、双方が受け入れられる合意にこぎ着ければ、トランプ氏でさえ一定の敬意を払わざるを得なくなるかもしれない。
(原文は「ブルームバーグ・ビジネスウィーク」誌に掲載)
原題:Mamdani Is Working to Win Over NYC’s Skeptical Business Leaders(抜粋)