南米の友 今約束を果たそう 日曜に書く 論説委員・長戸雅子
今年も世界は激動の予感に満ちている。その「最初の舞台」となったのが、日本から遠く離れた南米ベネズエラだった。
米軍特殊部隊による首都カラカスへの電光石火の攻撃により、マドゥロ大統領夫妻が拘束された。目隠しや聴覚を塞ぐヘッドホンをつけられて他国に連行されてゆく一国のトップ。起きていることへの解釈が追い付かなかった。
そのベネズエラには、多少は縁があると思っている。ドイツに語学留学していたとき、ベネズエラ出身の同世代の女性と仲良くなった。授業中もジョークを飛ばしてカラカラと笑う。地球の反対側から来た私たちは、妙に気が合った。
ある日「ベネズエラの手料理を食べに来て」と招待された。いつになく真剣な表情の彼女は「マサコは記者だから、私たちの国のことを知らなければいけない」と話し始めた。
南米で最も豊かだったベネズエラだが、反米左派で元軍人のチャベス氏が大統領に就任後、様相が変わった。石油収入によるバラマキをはじめとする急進的な「社会主義改革」は国内分断と経済破綻を招き、多くの人が出国を強いられた。
富裕層出身の彼女は「今のこの部屋はカラカスの家のメイド部屋より狭い」と笑っていた。母国では弁護士をしていたという。高位の軍人だった父は失意のまま世を去った。家族は離れ離れで暮らす。多くのものを残して来たのだと分かった。
拉致、侵略された国
米国の奇襲攻撃が世界にさらけ出したのは、主権国家としてのベネズエラのいびつな姿だった。マドゥロ氏を護衛していたのは、外国人であるキューバ人部隊だった。キューバ政府は、米軍の攻撃でキューバの軍人や情報機関員ら32人が死亡したと発表した。
異様である。例えば、北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)氏が、中国に自身の警護を任せるだろうか。
原油提供の見返りにキューバから諜報員や軍人らの派遣を受ける〝独自のシステム〟はチャベス時代に始まった。チャベス氏の警護もキューバ人部隊が担っていた。
メキシコへ亡命したベネズエラ人ジャーナリスト、ユリ・バレシージョ氏はメキシコのラジオに、「外国部隊が一国の大統領を警護するなど世界のどこであっても想像できない。キューバの諜報機関が、ここまで浸透していたとは」と語った。
昨年のノーベル平和賞を受賞したマリア・マチャド氏が創設した野党「ベンテ・ベネズエラ」のメキシコ担当者、エドソン・マルティネス氏は「ベネズエラという国は拉致され、侵略されてきた。静かに、とても慎重なやりかたで」とメキシコの同じラジオで解説した。
マルティネス氏によると、ベネズエラでは、キューバやロシア、親イラン民兵組織ヒズボラ系の武装グループの「細胞」が住民を監視しており、反体制派側の人間に銃を向けることも厭(いと)わない。マドゥロ氏の拘束時、マチャド氏が、祝うために外に出るのでなく「自宅にとどまるよう」呼びかけたのも「細胞」などの存在のせいだ。
バレシージョ氏は、チャベス氏とマドゥロ氏の違いをこう語る。「軍人だったチャベスは、キューバとは一定の距離を保っていたが、マドゥロはキューバの幹部養成学校『ニコ・ロペス高級党学校』で学んだ、『キューバ人』なのです」
国民の4分の1が国を離れる破綻国家でありながら、どう考えても正統性のない選挙戦を繰り返しつつ、マドゥロ氏が命脈を保ってきたのは、キューバやロシアなどの「介入」のおかげだった。
ベネズエラはすでに「第2のキューバ」だった。
民主化への思い込め
独裁者が排除されたからといって民主化が一気に進むと考えるのは早計だ。釈放された政治犯は沈黙を強いられているという。ロドリゲス暫定大統領について、マチャド氏は「拷問、迫害、汚職、麻薬密売の中心人物の一人」「ロシア、中国、イランとの連絡役」と批判する。国内にはびこる外国勢力を新政権は断ち切ることができるのか。野党側も底力が試されている。
テレシータ。あなたは私に「日本の新聞にいつか、私たちの国の苦しみを書いてほしい」と言っていた。長い年月がかかったけれど、ほんの少し約束を果たせただろうか。ベネズエラ民主化への思いを込めて、これからも書き続けるつもりだ。(ながと まさこ)