難病抱える息子の唯一の介護者だった父親、米移民当局に拘束 最期の面会の機会さえ与えられず

遺伝性の難病と闘い、今月23日に亡くなったワエル・タラビシさん(左)とICEに拘束されている父のマールさん/freemahertarabishi/Instagram

(CNN) マール・タラビシさんの家族は、息子のワエルさん(30)に最期の別れを告げるその場にマールさんが立ち会えることを願っていた。

ワエルさんの介護を主に担っていたマールさんは昨年10月から米連邦当局の拘束下にあり、遺伝性の重篤な希少疾患による過酷な合併症と闘う息子と離ればなれになっていた。

家族はマールさんの一時的な釈放を公的に求めてきたが、移民税関捜査局(ICE)はその要請を拒否したという。マールさんの弁護士が明らかにした。

現在、家族はマールさん不在のまま、ワエルさんの葬儀の準備を進めている。ワエルさんは、重度の筋力低下や心疾患を引き起こすポンペ病に生涯苦しんできた。

弁護士は27日の声明で「私たちは、マール・タラビシが最愛の息子ワエルに最後の別れを告げる機会を与えないとしたICEの決定に深く失望している」と述べ、この決定は、責任者に悲惨なほど人間性が欠如していることを示すものだと断じた。

ICEの決定の3カ月前、テキサス州ダラスで移民当局への定期的な出頭中にマールさんは拘束された。これ以降、家族は記者会見を開き、連邦移民当局に対し同州内の勾留施設からの一時的な釈放を訴えてきた。

家族は当初、マールさんが24時間体制の専門的なケアをワエルさんに施せるよう釈放されることを望んでいた。こうしたケアができるよう訓練を受けていたのはマールさんだけだった。しかし、ワエルさんが末期を迎えるころには、せめて最期をみとるだけでもと望みをつないでいた。

弁護士は葬儀予定前日の27日、移民当局者と葬儀の段取りやマールさんの参列の条件について協議したが、当初マールさんの「監督下での釈放を進める意思を示していた」当局者は結局それも拒否したという。

ICEのウェブサイトによれば、同局の拘束基準では、拘束された人物は「危篤の近親者を見舞う、またはその葬儀に出席するため、職員同伴のもと緊急的に地元に出向き、家族とのつながりを維持する」ことが認められている。

父の介護がなくなり健康状態が悪化

ワエルさんの義理の姉妹にあたるシャード・アルノーさんがCNNに語ったところによると、マールさんはワエルさんの入浴や着替えを介助し、チューブを通じた食事や投薬の管理をしていた。

熱が上がったときに、すぐに何を与えるべきかを知っていたのはマールさんだった。アルノーさんは「複数の医師に来てもらい、どの薬を与えるべきか確認しなければならなかった。マールがおらず、すぐに対処できなかったからだ」と語る。

12月の記者会見では、ワエルさんの声明が読み上げられた。

ワエルさんは「父は、私が最も弱っているときに命をつないでくれる存在だ」と述べたと、CNN提携局WFAAは報じている。「父がいなければ、私は何者でもない。父がいなければ、生き延びることはできない」。

マールさんが拘束されてから数週間後、ワエルさんの健康状態は著しく悪化。命に関わる合併症を発症した。

家族の声明によれば、11月には敗血症と肺炎、12月には栄養チューブの交換による胃の感染症で病院に緊急搬送され、集中治療室に約1カ月入院し、今月23日にワエルさんは亡くなった。

亡くなる直前のワエルさんの願いは、もう一度父に会うことだった。亡くなる当日、弁護士はICEの当局者と面会。マールさんが病院で息子に会えるよう頼んだが、拒否されたという。

国土安全保障省の報道官は、一時釈放が2度にわたって要請されたかどうか、要請がなぜ拒否されたのかについて答えなかった。

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