チョコレートの明治で社内バトルが勃発?「ポッと出」部署がカマした綺麗ごと抜きの言葉(ダイヤモンド・オンライン)
「チョコレートは明治♪」でお馴染み、かつてBtoC専業だった明治製菓がBtoBに乗り出したのが1999年のこと。チョコレート原料の卸し事業は、立ち上げから10年で年間売上70億円を達成した。だが工場は、原料よりもヒット商品を作る部署を当然のように優先し、ライン争奪戦が繰り広げられる。営業部長だった著者はいかに立ち回り、事業を成功に導くのか──。※本稿は、明治ビジネスサポート株式会社 元代表取締役社長の山本実之『明治製菓カカオ事業部 逆境からの下剋上 「仕組み」で部下と顧客の心に火をつけろ!』(PHP研究所)の一部を抜粋・編集したものです。 【この記事の画像を見る】 ● 売上70億円達成を機に 社内での存在感もアップ 2009年、製菓営業部(編集部注/明治製菓の原料卸し部門。発足時の名称は「カカオ事業部」)は年間売上70億円を達成しました。 10年前、0だった数字が70億に。このインパクトは多大でした。 この10年は、「新規事業はどうせ成功しない」という社内のジンクス(編集部注/過去に中華レストラン、ウナギ店、宝石店などを立ち上げるも撤退)を覆す年月でもありました。 数字が上がるたびに、「どうせ」が「あれ、意外と粘ってる?」になり、「そこそこ頑張ってるじゃん」になり、やがて「えっ、何か成功してない?」になり……ここに至って「成功だ!」になりました。 「カカオ100」(編集部注/目標の売上100億円。著者が製菓営業部を離れた10年後の2020年にこれを達成する)を掲げる私たちとしては、70という数字は通過点に過ぎないので、「喜ぶのはまだ早い」と思っていました。 でも、「自分たちはできる」と信じるだけでなく、自他共に認められる嬉しさは、やはり格別。とくに、旧カカオ事業部時代を知る年代には感慨ひとしおでした。
社内の認識が変わった、と一番実感したのは、工場の生販会議に呼ばれたときです。 生販会議とは、工場の生産予定を組む月1回の会議。 明治の主力商品を取り扱う部署が一堂に会し、どの部署のどの製品のために、いつ、何本のラインを稼働させるかを取り決めていきます。 長らく、私たちはその末席にも加われませんでした。何をつくろうと、売れようと売れまいと、明治製菓全体への影響はさほどないと見られていたからです。 部外の人々から見た製菓営業部は、少々イキが良いだけのポッと出の部署。大企業に紛れ込んでいるベンチャーのようなものでした。 そこまでの関心さえ、持たれていなかったかもしれません。 ● 冬場に部署間で発生する 工場のライン争奪戦 これまでの工場部門や生産部門との連携は、生販会議を通したものではありませんでした。 ラインが空いた間に使わせてもらったり、個別に研究員に頼んで一緒に実験したり。正規軍ではなく、レジスタンスかゲリラのような活動をしていたわけです。 それができたのはとりもなおさず、扱う物量や、それに伴う時間や、動くお金が小さかったからです。 しかし70億円を売り上げる取引量となると、もう小さいとは言えません。 「工場の稼働に影響するので、次回の生販会議で状況を話してほしい」 とお達しが来たとき、私たちは思わず小躍りしてしまいました。 ついに市民権を得た――それは数字と同じくらい、大きな達成感でした。 工場の生産予定に影響する量を扱えるようになったこと。それは、明治製菓が長年抱えてきた問題の解決に寄与することでもありました。 チョコレートは冬によく売れ、夏には売れない。そのため工場の稼働量が落ちるという「農閑期問題」です(編集部注/夏場は工場のラインが動かずヒマを持て余すことを指す)。 原料は最終商品と違い、季節の影響をあまり受けません。コンビニのチョコチップアイスも、ファミレスのチョコレートパフェも、夏だからといって消費量が落ちたりはしません。部の業績が上がるにつれ、夏場の稼働予定の空白が、私たちの手で埋められていきました。