北朝鮮へのドローン作戦も犯罪に…李在明政権はどっちの味方か? 久保田るり子
尹錫悦前大統領は七月十九日、特別検察官チームにより職権乱用、虚偽公文書作成・同行使、大統領記録物法違反、公用書類損傷、大統領警護法違反、特別公務執行妨害、殺人逃避教唆などの罪状で起訴された。起訴は今回で三度目である。七月はじめに逮捕された尹氏は特検の取り調べに応じず、独房にこもっている。
韓国の特別検察官制度は一九九九年に導入された。前職大統領や親族、政府高官など政治的中立性の確保が困難な事件を国会が承認し大統領が任命する特別検察官に委任するが、李在明政権下での特検は、李大統領の親衛隊のような存在だ。
特検は七月中旬、韓国国防部、ドローン作戦司令部など二十四カ所を家宅捜索した。尹氏の「平壌無人機潜入作戦」を目下徹底的に調べている。
久保田るり子北朝鮮は昨年五月から十一月に計二十四回、総計で数千機に及ぶ「ゴミ風船」こと汚物風船を韓国に飛ばした。もともとは脱北者団体が北朝鮮に飛ばした金正恩批判のビラ風船が発端で北朝鮮は汚物風船を飛ばし対抗した。
北が「ゴミ風船」と呼ぶ汚物風船には寄生虫の混じった家畜の糞なども入っていた。ソウル中心部などに毎回、数百個が飛来。航空機の離着陸に支障をきたし、ノイローゼ気味になる人も続出した。
このため韓国は、昨年十月、非公表の秘密作戦で国防部が平壌に向け警告用のドローンを飛ばした。実行部隊は二年前に発足したドローン作戦司令部。本来は敵の無人機攻撃に対抗する陸・海・空軍と海兵隊の合同戦闘部隊だ。十月初旬、三回にわたって平壌上空に侵入した韓国ドローンは朝鮮労働党の党舎などに「金正恩批判ビラ」をバラ撒いた。
その一機が北朝鮮機で墜落した。平壌は驚愕した。「重大声明」と称し、金正恩氏の妹、金与正氏が「必ず代償を払うべき重大な国際法違反」と非難談話を連発した。正確に飛来するドローンに緊張した北朝鮮は軍事境界線に歩兵連合部隊などを張り付けた。
韓国はシラを切った。国防部はいったん「そうした事実はない」と言ったり、「確認してみる」としたり言を左右にした。しかし、これは当然のことだ。韓国の作戦は軍事対峙している北朝鮮に対する心理作戦でもある。「北の汚物風船」にいつ、毒物が仕込まれるかは不明なのだ。韓国の無人機がどこから離陸し、またどんな作戦なのかは軍事上の機密である。いざ有事となれば、韓国の無人機が自爆型となって平壌の要人殺害を企図することもあるのだ。
ところが、いま韓国では信じられないようなことが起きている。李政権の与党「共に民主党」議員で韓国陸軍の元将軍がドローン作戦司令部の作戦内容、飛行経路などの詳細を公開してしまった。
「共に民主党」議員で国家情報院(韓国の情報機関)出身の人物は、当時のドローン作戦司令部の「誰が何をどう指示したか」まで個人名を挙げて会見で発表した。
特検は、当初この「平壌無人機潜入作戦」を「外患罪」で立件しようとした。外患罪とは「敵と結託して国家(韓国)を攻撃させる、または敵に軍事上の利益を与える犯罪」で「内乱罪」と同様に最高刑は死刑もしくは無期懲役だ。「共に民主党」は尹氏が「戒厳令」宣布のため北朝鮮の挑発を誘導しようと無人機を平壌に侵入させた|と「外患」疑惑を提起してきた。結局、「北朝鮮との結託」は立証困難で、いまは「一般利敵」(韓国の軍事上の利益を害し、敵に軍事上の利益を提供した者)を適用しようと二十四カ所もの家宅捜索を実施しているのだ。
北朝鮮の汚物風船に立ち向かったドローン作戦を指揮した司令官は自らの弁護士に「作戦は十一月には終わった。戒厳令は関係ない。三十年、国に献身したのに、一瞬でスパイにされ悔しい」と述べている。李政権は「内乱勢力」の名のもとに保守の根絶やしを狙っている。利敵は一体、どっちなのだ。
(産経新聞客員編集委員)
(月刊「正論」9月号から)