「病院にいると余計に悪くなる」と退院を希望→2週間後に20代女性は亡くなった…精神科医が悔やむ5年前の決断(プレジデントオンライン)

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精神科医の仕事とはどのようなものなのか。精神科救急病院で働く駒木爽さんが書いた『精神科医おどおど日記』(三五館シンシャ)から一部を紹介する――。

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■精神科医に届く「最悪の知らせ」 「先生、××警察署から君島さくらさん(仮名)のことで問い合わせが入っています」 その日、救急外来に勤務していた私のもとに事務方から内線が入る。“警察(※1)”という言葉に無意識に首筋に力が入った。悪い予感しかしない。 「はい、回してもらっていいですよ」 院内スマホに転送された外線を取り、名前を名乗ると、電話口から感情の起伏のない事務的な声がした。 「××警察署の東野と申します。そちらに通院歴のある君島さくらさんのことでおうかがいしたいのですが、よろしいでしょうか?」 「はい、大丈夫です」 事故か何かかと考えをめぐらせながら“最悪の選択”だけをあえて頭から追い出す。 「先ほど、北区の自宅マンションから飛び降りたご本人を発見しまして、死亡が確認されました」 「……」 体の節々から力が抜けていく。 「所持品にそちらの病院の薬があったので、ご本人の病状についておうかがいできればと」 「え、あ……、はい、病名は――」 ※1 警察

精神科医は何かと警察との接触が多い。たとえば、精神障害があって自傷他害の恐れのある人を警察官が保護した場合、精神保健福祉法第23条にもとづき、最寄りの保健所長を経て都道府県知事に通報する義務がある(これを「23条通報」と呼ぶ)。この際、救急病院の精神科医は警察署に出向いて診察を行ない、措置入院が必要か判断する。

■精神科に対する誤解 20代の君島さんは双極性障害(※2)の躁状態で入院し、入院中にうつ状態に移行した。 当初は希死念慮(きしねんりょ)が出るほど重症だったが、薬物治療で徐々に回復を示し、本人の強い希望もあり、2週間前に退院した。 しかし、退院後の初回外来で睡眠が不安定になっており、薬の調整をし、毎週の通院を指示したところだった。つい5日前の外来での会話が脳裏に蘇る。 「お家うちでちゃんと休めそうですか? もし状態が悪いようなら、また入院してもらったほうがいいかもしれません」 「いえ、病院は窮屈だし、かえってストレスになるから、家でがんばります」 あのとき、もっと強く、無理にでも入院を勧めるべきではなかったか。君島さんと付き添いのお父さんの顔が浮かんで自責の念に囚われる。 私は、関東地方Ⅹ県にある精神科救急病院で10年以上勤務している精神科医だ。 かつて外科医だったころ、精神科は死からもっとも遠い診療科だと考えていた。 いくら心を病んだとしても、それが直接心肺機能を止めることはないからだ。しかし、それは思い違いだった。 ※2 双極性障害異常に高揚する「躁状態」と、激しく落ち込む「うつ状態」を繰り返す精神疾患。かつて「躁うつ病」と呼ばれ、生涯有病率は約0.5〜1%。広末涼子氏、こっちのけんと氏、海外でもセレーナ・ゴメスやマライア・キャリーといった著名人が本疾患にかかっていることを公表している。こうしたことで、患者が勇気づけられたり、病気への理解が進んでくれる、と精神科医としては前向きに捉えている。■患者の自死をもっとも経験する科 20〜30代の死因の1位は自殺だ。その大半が、自殺直前に精神科を受診すれば何かしらの診断が下る精神状態だとされる。つまり、精神科は若者の死をもっとも身近で経験する診療科なのだ。実際に十数年に及ぶ精神科勤務の中で何名もの患者の自死に接してきた。 精神科医は診療を通して、患者の生い立ちや家族関係、その歴史を知りつくす。そうして深く関わった患者が、一瞬にして命を絶ち、築き上げてきた関係が寸断される。その中にはいくつかの「自分がなんとかできた」死がある。後悔は何年にもわたって続く。 私の勤める精神科病院は、重症患者の入院施設を併設する。わかりやすくいえば閉鎖病棟だ。朝から晩まで奇声をあげ続ける統合失調症の人、数十年にわたって入院し意思疎通が困難になった認知症の人、アルコール依存症、双極性障害、うつ病……ここにいるのは、いずれも重症の患者ばかりだ。 本書では、彼ら彼女らとのやりとりを中心に、精神科のきれいごとでは済まないリアルを描く。医療現場の問題は正論だけで片付けられないし、精神疾患に無力感を突き付けられることも多い。そこには最近流行っている精神科マンガでは語られることのない、生々しい現実がある。 精神疾患に対する偏見・差別は根深い。その意識は私がどうがんばろうともなくすことはできないだろう。それでも、私が体験した出来事(※3)を包み隠さず伝えることで「精神科とはどんなところか」「精神疾患に苦しむ患者はどんな人たちか」という事実を知ってもらうこと(※4)ができるはずだ。 人は“知らないもの”に対して、必要以上に恐怖を抱き、偏った見方をしてしまう。本書を通じて、精神疾患の世界についての思い込みや決めつけを少しでも解消できたらと願っている。 ※3 私が体験した出来事本文はすべて私の実体験をもとにしている。ただ、医師には「業務上知り得た情報を口外してはならない」という守秘義務が課せられているため、病院名・登場人物名はすべて仮名とし、患者のエピソードについてはさまざまな症例を組み合わせ、また一部に脚色を加え、人物の特定が不可能となるように配慮した。※4 事実を知ってもらうこと

私はまだまだ未熟な精神科医だ。医学的な説明に誤りが紛れている可能性も否定できない。とくに患者や家族の方は、本書を医学書の代わりにせず、気になる点があれば主治医に確認していただきたい。

■娘の異変 そろそろ昼食(※5)でも、と考えていた午(うま)の刻、急患として来院したのは君島さくらさんである。20代の君島さんは食品会社に営業として勤務する会社員。 異変に気づいたのは同居する両親だった。もともと話好きな性格であったが、帰宅すると急にスイッチが入ったように話し出し、止まらない。ハイテンションでしゃべり続け、会話中に急に歌を歌い出したり、かと思えばテレビを見て泣き出したりと情動が不安定になっていた。 同時に週2回も美容院に行き、頻繁に髪型や髪色を変えた。節約家だったはずが、仕事帰りに何着も服を買ってきたり、10万円を超えるバッグを購入するなどの浪費行動が出た。寝ずに夜中に大量のLINEを送り、返信が来ないと電話をかけ、寝ている彼氏を叩き起こす。彼氏に電話を切られると怒ってスマホを壁に投げつけた。 一連の娘の行動を見て、父親は彼女の大学時代を思い出した。大学在学中にも同じような行動をして病院を受診し、双極性障害と診断され、近くの精神科に通院していた。 ところが、ここ数年病状も安定し、社会人となり業務が多忙となったこともあって、彼女は独自の判断で2カ月前から通院をやめ、薬も飲んでいなかった。 父親が彼女に尋ねて、薬を飲んでいない事実を知り、今日慌ててかかりつけの病院を受診させた。担当医は症状の重さから入院を勧め、三王子病院を紹介した。 ※5 そろそろ昼食PFCバランスに気をつかう私は病院に毎日、手作り弁当を持参している。愛妻弁当を食べている医師はちらほら見かけるが、40代で自作の弁当を持参する男性医師は私だけである。■厄介な「躁」の症状 「君島さんは学生時代に躁うつ病で加療されているんですね」 「私、大谷翔平クンになりたいんです。みんなから慕われて、悪いこと言う人は誰もいない。それでいてみんなに夢を与える太陽みたいな存在。彼みたいになりたい。いや、私もなれると思うんですよ。女性だったら綾瀬はるかですよね。だって癒しの太陽じゃないですか。有名になりたいんですよねー。私ワンオクが好きなんです。『カゲロウ』とか『We are』とか」 私の1つの質問に対し、彼女は怒涛の勢いで話し続ける。まさにマシンガントークである。 「君を想う気持ちはカゲロウ〜♪ まだ自分に素直になれない〜♪」 突然、歌い出す。上機嫌で声量も大きく、制御不能なエネルギーを感じる。 「世界が平和になったらいいなって思っています。すべての生物たちが生きていける環境が整うようになってほしいんですよね」「有名人の××になりたい」「世界平和」といった、非現実的な願望がとめどなくあふれ出る誇大妄想、そして話の内容がコロコロと変わって一貫性がない観念奔逸(ほんいつ)といった症状が出ている。明らかに睡眠不足なのに「眠りたい」という欲求は減り、深夜に彼氏に“鬼LINE”“鬼電”をして関係が悪化している。典型的な双極性障害の躁状態(※6)だった。 ※6 双極性障害の躁状態

「陽の極み」である躁状態では、万能感に突き動かされ、寝食を忘れて活動し、大声・多弁となる。突然起業すると言い出し、荒唐無稽な事業計画を立てたり、面識のない著名人に会いに行こうとしたりする。

■人間関係や本人の名誉が棄損される 「ご両親が心配されているように躁状態になっていると思われます」 付き添いの父親に向かって言うと、 「最近は私たちにも大きな声で怒ってきたり、壁やドアを蹴ったりするんです。家には置いておけないです」と肩を落とす。「私生活にもかなり影響(※7)が出ていますし、病状によって彼女の名誉が大きく毀損(きそん)していると思われます。君島さん、入院しましょう」 機嫌よく歌っていた彼女の表情が曇る。 「ドクター! こんなに元気で入院する必要あります? 私ふだんからよくしゃべるんです。ドクターはふだんの私を知らないですよね。じゃあ異常かどうかなんてわからないじゃないですか⁉」 躁状態の本人は「自分は絶好調だ」と思い込んでいるが、このまま放っておけば、彼女の人間関係はどんどん壊れていく。外来治療では難しいと判断し、入院治療に踏み切ることとした。 ※7 私生活にもかなり影響一晩で貯金を使い果たしたり、知人・友人にのべつ幕なしに電話をかけ続けて信頼を粉砕したりする。職場では起業を宣言して退職届を出したり、家族に暴言を吐き配偶者に離婚届を突き付けたりする。私生活について全方位的に壊滅的影響を与える。■「あの人、どうにかして」 君島さんの入院から1週間がすぎた。まずは以前から使用していた抗精神病薬を再開したものの、躁状態はなかなか良くならなかった。 「ドクター、待ってました!」 診察室に入るなり、彼女は弾けるような声でそう叫んだ。目(※8)は大きく見開かれ、黒目が異様に潤み、まばたきの回数は極端に少ない。手に持ったONE OK ROCKのタオルを、まるでライブ会場にいるかのように頭上で振り回している。 「退院するにはドクターの話が必要だって聞いて。ドクターが現れた瞬間、後光が差したような気持ちでした!」 タオルを振り回しながら、私が席に腰を下ろす前から話し続ける。相変わらず多弁だ。 「君島さんは今の状態で退院できるとお考えですか?」 「もちろん! だって、こんな元気なんですよ〜!」 そう言いながら、芝居がかった表情で持っているタオルをターバン状に髪に巻きだす。以前の彼女ならわきまえているはずの礼節はタガが外れて消し飛んでいる。 「状況に応じた振る舞いができていないのは躁状態が続いている証拠だと思います」 「でも薬のおかげで体がだいぶ動くようになったんですよ。テニスのサーブとかできるようになりました。ちょっとフォーム見てもらっていいですか?」 突然立ち上がり、右手にラケットを持っているように構え、サーブの素振りだ。 「どうですか? 動けてます?」 「動けてはいると思います」 「でしょ? 私って才能ありません? いつか大坂なおみさんと試合したいんですよね。今なら互角に戦える、いや、もしかしたらワンチャン勝てるかも!」 今度はジャンプしつつスマッシュの練習をしている。 君島さんはハイテンションのまま、病棟中の患者に片っ端から話しかける。ほかの患者からも「あの人どうにかして」と看護師にクレームが入っていた。本人にとっても躁状態は早く落ち着かせたほうがいい。躁状態が長く続けば続くほど、その後にやってくるうつの波は大きくなるからだ。 ※8 目

躁状態の目は、剥き出しの神経が発光しているような異様な輝きを放つ。同様に、薬物中毒でキマっている患者の目も「ここではないどこか」を彷徨うように無機質な光を宿していたりする。日記シリーズのイラストレーター・伊波二郎さんが本書のカバーに描いてくれたような“目”である。

■うつの大波 君島さんにはしばらく個室に入ってもらい、施錠して外部からの刺激を遮断した環境ですごしてもらうことになった。 気分安定薬を追加して2週間が経過した。 「だいぶ気分は落ち着いてきました。こんなに眠れているのは初めてかもしれません。先生と話しているときとご飯のとき以外、ずっと寝てます」 テニスのサーブや一人カラオケをしていた彼女はそこにはおらず、燃え盛っていた躁の炎が徐々に鎮火しているようだった。部屋は開錠され、君島さんはほとんどの時間を自室で寝てすごした。危惧していたうつの大波が打ち寄せつつあった。 さらに1週間がすぎた。 「先生……死にたくなります。私ってみんなに迷惑をかけているだけだなって。大谷クンにくらべたら、私ってカスじゃないですか……」 意味のない比較で落ち込む。入院時とは打って変わり、彼女の表情は暗く、過剰に悲観的になり、自己否定と希死念慮が生じるようになった。君島さんはうつの大波に吞み込まれようとしていた。 双極性障害では、躁状態で気分がめちゃくちゃ上がっていると思ったら、急降下する。感情の波はジェットコースターだ。しかも双極性障害のうつ状態は、うつ病とくらべ、治りにくさでははるかに手強い。患者によっては、何年も落ち込んだ状態が続き、薬も効きにくく、自殺率はうつ病より高い。君島さんには薬剤の調整をしながらじっくりとつき合う覚悟を決めた。 そこから数カ月が経過すると、ようやく軽度のうつ程度まで持ち直してきた(※9)ように見えた。とはいえ、リハビリとして自宅外泊を行なうと、途中で不安感が強くなって頓服の抗不安薬を数回使うなど、まだまだ不安定だった。この段階で退院期間を見極めるのはベテランの精神科医でも難しい。 ※9 持ち直してきたうつ状態は回復初期がもっとも危ないとされる。うつ症状が一番悪いときには自殺を行動に移すエネルギーすら枯渇している。そこから睡眠や食事が取れるようになると少し生気が蘇ってくる。皮肉なことに自殺するエネルギーが備わってしまうのだ。■患者を死なせてしまった私の過ち ちょうどこのころ、院内でコロナウイルスが蔓延し、作業療法などの集団活動はすべて中止となった。気分転換の外出も禁止され、入院患者はおのおの自室のスペースですごすよう求められた。君島さんの両親もそんな入院環境の不自由さを危惧したのであろう、「退院させてあげたい」という希望が出た。 たしかに自室のみでの療養を強いるのは安心して休める環境とはいえない。本人との面談でも、「まだ100%っていうわけじゃないですけど、死にたいとかはもうないです。病院にいても息が詰まって、逆に悪くなりそうです。退院させてください」と強い要望が出された。 心配な部分はあったものの、本人と家族の希望を尊重して退院を指示した。 退院後の経緯は先述したとおりだ。本人と家族に恨まれてでも、入院継続を強く勧めるべきだったのだ。 自殺は防げる死だ。精神科医の至上命題は、自殺をさせないことだと考えている。一歩踏み外せば死の底に落ちてしまいそうな人をギリギリのところでつなぎとめる。 あれから5年の月日が経った今もなお悔恨が消えない。今、私ができるのは、救えなかった命の重みを背負い、目の前の患者に接していくことだけなのだ。----------駒木 爽(こまき・そう)精神科医1980年代生まれ。大学卒業後、外科医を志すも挫折し、精神科医の道へ。30代のころには、離婚をきっかけに自らもアルコール依存を経験。現在は関東地方X県の精神科救急病院に勤務。救急の最前線であらゆる精神疾患に向き合う現役精神科医である。

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