「このキズを残して死のうかと」腕には注射針で刻まれた“子どもの名前”が…寝技で男たちを死に追いやった【上田美由紀のその後】(文春オンライン)

 鳥取連続不審死事件で逮捕された上田美由紀。巧みな「寝技」で男たちを魅了し多額の金を引っ張っていた彼女だが、逮捕後に送られた留置所での取り調べは凄絶を極めた。 【写真】この記事の写真を見る(2枚)  過酷な調べの最中、彼女は持病用の注射針をこっそり持ち出し、己の腕に“あるもの”を刻み込んでいたのだった――。ノンフィクションライターの高木瑞穂氏の文庫新刊『 殺め人 』(鉄人社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目) ◆◆◆

 上田美由紀は2009年11月、詐欺容疑で逮捕された。逮捕前は、鳥取市内で豊満な女性が揃うスナックでホステスをしていた。  源氏名は「サトミ」。そこで知り合う孤独な男性に近づき、「一緒に暮らそう」などの殺し文句で男女の関係になった。上田美由紀は床上手で、男たちはみなトロけたという。  詐欺容疑での逮捕は、寝技でトリコにした男たちから多額の金銭を引っ張ったことだった。  保険金詐欺で私服を肥やした林真須美は、大きな敷地に建つ立派な日本家屋で暮らしていた。上田美由紀もさぞかし我が世の春を謳歌していたことだろう。そうかと思えば、鳥取市内の自宅は家賃2万5千円、12畳の1DK。黄と緑が混じったような色のうらぶれたプレハブ長屋だった。  上田美由紀はその後、知人だった男性2人に、借金などから免れるために睡眠導入剤を飲ませて水死させたとして強盗殺人罪容疑で再逮捕された。プレハブ長屋のなかは逮捕時、ゴミ屋敷のように荒れていた。

〈私は逮捕されてから7か月という長期にわたり留置所に入れられ、また、取り調べを受けました。取り調べは連日のように警察と検察であり、土日もありました。  休めたのはお正月の1日か2日ぐらいだったと思います。やっと検察の取り調べから帰ったら、休むひまが少ししかないくらい、次は警察の取り調べの連続に、私は途中で何度も苦しくなり「もう好きにして」と叫びそうになりました。あらゆる甘いことや子どもたちのことを言われるたび、何度も途中で心が折れそうになったでしょうか……。警察や検察が私の味方で弁護人の方が敵? と思えることもあったのですが、どんなときでも、少しの時間でも、一審の弁護団の先生方が面会に来て下さり、私を励ましてくれたからこそ、7か月間、どうにか保ったのだと思います。  この7か月間、もうお正月も関係なく、休日も関係なく、一日に何度も大雪だろうと弁護人面会に来てくれたのと、取り調べ途中で弁護人を呼んでもらい、SOSを何度も出しました。黙秘をしたのですが、黙秘も苦痛で、仕方なく甘い言葉や怒声の取り調べに頭がおかしくなりそうでしたし、取り調べはとてもメチャクチャでした。  留置所の食事は朝昼夜とも同じようなお弁当でした。また、接見禁止中だった私は、許可されるものがほとんどなく、朝から夜までの取り調べに心も身もクタクタになっていて、何度も自死を考えましたが、全てを取り上げられている上、留置所で弁護人と私のための被疑者ノートに、日々の状況を書き記すためのボールペンも芯が1ミリしか出ていないものしか借りられませんでした。  一日に何度か、持病のための薬を自分で注射器で打たないといけなかったのですが、その針をこっそり持ち帰り、私は、その針でウデに子どもたちの名前を彫りましたが、その跡がいまもうっすらと残っています。それくらい思いつめていて、このキズを残してもう自死しようと思っていたのですが……。その名前とメッセージを彫ったころに留置所の刑務官に針を取り上げられてしまいました。〉  面会時に彼女の左腕を見せてもらうと、取り調べ後にこっそり持ち帰った注射器の針で彫ったというその傷跡が、いまも微かに残っていた。  5人の子どもたちの名前が彫られていたという。 「ラーメンばっかり食べちゃいけんよ」2人殺して、死刑にまでなった彼女がなぜ…《鳥取連続不審死》死刑直前の上田美由紀が残した“奇妙なラストメッセージ” へ続く

高木 瑞穂/Webオリジナル(外部転載)

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