【コラム】日本の「たたき売り」防げ、M&A活況時代-リーディー

日本の企業社会は変革を求めていた。そして今、その変化は良くも悪くもすでに起きている。

  日本が「コーポレートガバナンス(企業統治)コード」を導入してから10年。今や企業の合併・買収(M&A)が相次ぎ、把握しきれないほどの活況を呈している。

  プライベートエクイティー(PE、未公開株)投資会社やアクティビスト(物言う株主)による提案や、次は自社が標的になるのではと恐れる企業同士の統合まで、もはやどんな買収も想定外ではなくなっている。

  ここ数週間だけでも例は多い。台湾の電子部品大手ヤゲオが芝浦電子に対して異例の一方的な買収を仕掛けている。

  ニデックからの買収提案を退けた牧野フライス製作所は、投資ファンドのMBKパートナーズに身売りする。

  アクティビストが出資している日本企業はT&Dホールディングスワコム、「ファイナルファンタジー」の開発元スクウェア・エニックス・ホールディングスなど多岐にわたる。

  NTTは、人工知能(AI)事業を手がける傘下のNTTデータグループを2兆3700億円で完全子会社化。NTTのモバイル子会社のNTTドコモは、住信SBIネット銀行買収する。

  トヨタ自動車を中心とするトヨタグループによる傘下の豊田自動織機に対する株式公開買い付け(TOB)を通じた買収計画もある。カナダのアリマンタシォン・クシュタールは「セブン-イレブン」のセブン&アイ・ホールディングスの買収を目指している。

  日本がガバナンスコードを採用したのは2015年6月。長らく軽視されてきた株主の利益を、経営陣に優先させることを促した。

  変化はすぐには表れなかったが、その後数年で企業の経営陣に浸透し、円安と相まって、出遅れを恐れる海外投資家の動きを加速させた。かつて日本企業は、株式の持ち合いや安定株主に頼って不本意な買収提案を無視することができたが、いまや取締役会は対応を迫られている。

  しかし、日本企業が売りに出されているかのような今の状況に懸念を示す声もある。例えば、ヤゲオが目指す芝浦電子買収に対し、「ホワイトナイト(白馬の騎士)」として名乗りを上げたミネベアミツミの貝沼由久会長兼最高経営責任者(CEO)は、芝浦の技術は日本の手にとどめるべきだと考えている。

  貝沼氏は最近、誰でも日本企業を買えるようになったが、高値でどんどん外国に売られれば、最後に日本には何が残るのかと英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)に語っている。

真の再編

  ガバナンスコードがM&Aを後押ししたのは間違いない。しかし、こうした動きは当初の目的通りの成果を上げているのだろうか。導入から10年が経過した今は、検証のタイミングかもしれない。

  日本の経営に関する報道では、出遅れや刷新が必要といった言葉が定番だ。しかし、欧米型の取締役会を手本とすることが、必ずしも良いとは限らない。

  著名経営者のイーロン・マスク氏はかつて、「MBA(経営学修士)が牛耳る米国」に警鐘を鳴らしていた。取締役会に金融界出身者が多く、エンジニアが少ないことを問題視していた。日本の取締役会はガバナンスコード導入以降、たしかに改善されたが、同じ轍(てつ)を踏まぬよう警戒すべきだ。

  私が以前から指摘しているように、日本の代表的企業の多くは、周囲に流されず独自の道を歩んだからこそ成功してきた。

  社外取締役を多数起用したとしても、取締役の9割超が社外だというワーナー・ブラザース・ディスカバリーのように「HBO Max」の名称変更を繰り返し、CEOに5000万ドル(約73億円)を超える報酬を支払うような愚策は防げない。合併と分割を繰り返す同社のような企業活動は、社会的意義に乏しく、短期志向の表れと言える。

  ただ、ガバナンスコードによって企業が手元資金の活用を真剣に考えるようになったのも事実だ。これはアクティビストが注目するポイントでもある。

  彼らは、株主還元として自社株買いや配当を求めて取締役会に働きかけている。ブルームバーグ・インテリジェンス(BI)の本間靖健アナリストによれば、日本でのアクティビストによるキャンペーンはこの5年で約3倍に増加し、24年は151件と米国を除けば最多だった。

  25年も5月末までに87件が始まっている。18年に財務相だった麻生太郎氏はガバナンスコードの主な目的は、企業の投資と賃上げ、株主還元を促すことだと述べていた。

  このうち、株主還元は進んでいる。しかし、他の2つはどうだろうか。確かに企業に眠っている資金は多く存在する。しかし、こうした潤沢な内部留保があったからこそ、日本は11年の震災や新型コロナといった危機を乗り越えられた面もある。

  だからこそ日本では、マレリホールディングスのような例は珍しい。同社はPE投資会社の米KKRがカルソニックカンセイとイタリアのマニエッティ・マレリを19年に統合し設立した自動車部品会社だ。だが、19年時点で多額の債務抱えていたこともあり、今月破産申請に至った。4万5000人もの雇用が脅かされている。

  日本に本当に必要なのは、真の再編を後押しすることではないか。上場自動車メーカーが7社も必要だろうか。ビール会社も上場企業が3社もいるのか、多くの人が疑問を抱いている(米カーライル・グループ傘下のオリオンビールも上場を目指しているという)。

  ガバナンスコードは、日本株の魅力を高める上で大きな役割を果たしてきた。しかし、日本企業はもともと、ちまたで認識されているよりもはるかに健全な経営をしていたところが多い。新たな時代は派手な見出しを生むが、日本の「たたき売り」になってはならない。

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(リーディー・ガロウド氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストで、日本と韓国、北朝鮮を担当しています。以前は北アジアのブレーキングニュースチームを率い、東京支局の副支局長でした。このコラムの内容は必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を

原題:Has Japan’s Corporate Revolution Worked Too Well?: Gearoid Reidy(抜粋)

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