言葉のない重度知的障害の人の苦しみをひろう技術、研究。

心の不調はどうやって重度知的障害のある人に見つければよいですか?
行動変化だけでなく、長く関わる人の観察と表情・呼吸・体のサインなどのサインを総合的に読み取ることが重要です。
RDoC(リサーチ・ドメイン基準)の考え方は現場でどう役立ちますか?
病名で分けず感情・覚醒・社会的やりとりなどの次元で心の動きを捉え、言葉を使わない人の心の動きを客観的に評価する試みですが、実践には測定負荷やデータの複雑さが課題になります。
どんな支援が求められていますか?
環境づくりと社会的つながりの促進、発声補助デバイスなどの技術活用、介護者の継続的な関わりと気質・トラウマに配慮した支援が必要です。

知的障害がもっとも重い人たちの中で、ほぼ半数が心の不調を抱えているといわれています。 しかし、その苦しみをどう見つけ、どう支えるかについて、私たちはほとんど何もわかっていません。

米オハイオ州立大学ニソンガーセンターを中心とした研究チームは、 「重度・重複知的障害をもつ人の心の不調(メンタルディストレス)をどう見つけるか」 という、これまで避けられてきた課題に正面から向き合いました。

これは実験ではなく、最新の研究を整理し、理論的にまとめたレビュー論文です。

研究者たちはまず、いま行われている評価法を見つめ直しました。 行動の観察、介護者や家族からの聞き取り——。 どちらも欠かせない手がかりですが、心の世界を十分に映してはいません。 たとえば、睡眠や食欲、活動量の変化といった行動の変化は観察できます。 けれど、それは「うつ」でも「不安」でも「痛み」でも起こるものです。

本当の原因を見分けるのは、非常に難しいのです。

この人たちは、言葉を使わずに気持ちを伝えます。 体のこわばり、呼吸の変化、表情、声のトーン。 それらは本人にしかない「サイン」であり、見慣れた介護者にしか読み取れないこともあります。 だから、介護者の報告は重要です。 しかし、職員の入れ替わりが激しい施設では、以前との違いをつかみにくくなります。

日々の細やかな変化を感じ取る力が、評価の質を左右するのです。

一方で、顔の表情の科学も進んでいます。 痛みのときには共通の顔の動きがあることが知られています。 同じように、抑うつ状態では表情筋の動きが少なくなる傾向があるといいます。 こうした生理的な変化をとらえる技術も、手がかりのひとつになりえます。

ただし、服薬の副作用などで表情が変わる場合もあり、慎重な判断が求められます。

研究チームは、心の不調を見抜くためには「基準」よりも「変化」を見ることが大切だと述べています。 その人らしい表情や行動のパターンから、どれくらい離れているか。 しかし、この「いつもとの違い」を正確に知るには、長く関わりを続けてきた人の目が必要です。

そして残念ながら、そうした関係が保たれにくい現実があります。

さらに研究者たちは、「なぜ心の不調が起こりやすいのか」という要因にも目を向けました。 まず、遺伝や家族の病歴があります。 精神疾患は家族内で共通して起こる傾向があり、同じ遺伝的な影響を受けている可能性があります。 また、重い障害をもつ人は、社会的に周縁に置かれることが多く、貧困や差別、孤立などの影響を受けやすい。

これらの複数の要因が重なり、心のしきい値を低くしてしまうのです。

気質(テンプラメント)も大きな鍵です。 これは、感情の表れ方や活動のしやすさといった、生まれつきの行動の特徴のことです。 障害がある人の中にも、その違いがはっきりと存在します。 ある人は刺激に敏感で、ある人は穏やかで持続力がある。 その組み合わせが、環境との相性を決めます。

つまり、気質に合った環境づくりは、予防にもつながるのです。

もうひとつ見逃せないのが、トラウマの経験です。 虐待や放置、愛着の喪失など、深い傷を負った人は少なくありません。 言葉で訴えられない分、その苦しみは行動の変化として現れます。 突然の攻撃、自己刺激、過度な緊張、拒否。

それを「問題行動」とみなすか、「助けを求めるサイン」と受け止めるかで、支援の方向はまったく変わります。

また、社会的なつながりの少なさも大きなリスクです。 家族や友人との関係が乏しいほど、心の不調を抱えやすくなることが知られています。 小さな交流でも、安心できる関係があることが、心の健康を支えます。

その意味で、地域でのふれあいの場づくりは、精神的ケアの一部でもあるのです。

では、これからどうすればいいのでしょうか。 研究チームが注目しているのが、アメリカ国立精神衛生研究所が提唱する「RDoC(リサーチ・ドメイン基準)」という新しい考え方です。 これは、うつや不安などの病名で分けるのではなく、 「感情」「覚醒」「社会的やりとり」「思考」など、脳と行動のしくみ全体を次元として捉える枠組みです。 たとえば「恐怖反応」という一つの現象を、呼吸や皮膚電気反応などの生理データからも探ることができます。

この方法なら、言葉を使わずに心の動きを知ることが可能になります。

実際に、重度の障害がある人でも、心拍数や皮膚温、呼吸などが、ポジティブな刺激とネガティブな刺激で異なる反応を示すことが報告されています。 つまり、身体の中に「心の声」が刻まれているのです。

それを客観的にとらえる技術があれば、言葉がなくても、その人の「つらさ」を理解する手がかりになります。

ただし、RDoCの実践には多くの課題もあります。 脳波やMRI検査のような手法は、体をじっと保つ必要があり、重度の障害をもつ人には負担が大きい。 また、てんかんや代謝異常、薬の影響などがデータを複雑にします。

そのため、測定法の改良と、対象者に合わせた環境調整が欠かせません。

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さらに、研究の世界そのものにも変化が求められます。 知的障害のある人は、多くの精神医学研究から除外されてきました。 その結果、一般的な診断基準や薬の効果が、この人たちに当てはまるかどうかがわからないままです。 研究チームは「この排除を終わらせなければならない」と強調します。 軽度・中度の知的障害をもつ人たちは、すでに自己報告の適応版テストで信頼できる回答を示しています。

そうした取り組みを広げることで、研究に参加できる層を広げることができるのです。

さらに、特定の症候群(レット症候群やフェラン・マクダーミド症候群など)をもつ人たちの長期研究も進んでいます。 たとえば、レット症候群の女性の多くが強い不安を抱えているにもかかわらず、症状の重い人ほど治療を受けていないという報告がありました。

こうした研究は、支援の不公平さを明らかにし、より適切な治療につなげるための出発点となります。

技術の進歩も、新しい扉を開きつつあります。

  • 視線の動きで理解力を測る「アイトラッキング」
  • 声や表情の微細な変化をAIが読み取る「機械学習」
  • 言葉を発する代わりに操作できる「発声補助デバイス」

これらは、重い障害のある人たちの「心の声」を可視化するための道具となりえます。 また、持ち運び可能な新しい脳活動計測ヘルメットも開発されつつあり、より自然な環境での測定が可能になりつつあります。

論文の最後で、研究者たちはこう訴えています。 「心の世界を理解しようとすることなしに、支援はありえない」

この人たちの苦しみを見つけ出し、理解し、支えるためには、観察・対話・技術・そして共感を結びつけた新しい方法が必要だと。

重い障害をもつ人の心の苦しみは、しばしば見えない場所に隠れています。 しかし、それは「ない」のではなく、「届いていない」のです。 小さな変化に気づくまなざし、テクノロジーの助け、そして「あなたの心を知りたい」という姿勢。

そのすべてが、まだ言葉にならない声を救う力になります。

(出典:Journal of Developmental and Physical Disabilities DOI: 10.1007/s10882-025-10036-6)(画像:たーとるうぃず)

うちの子も重度自閉症で知的障害もあり、話すことができません。

親であっても、どっちを選びたいのか、なぜ泣いているのか、わからないときが大きくなった今でもたびたびあります。

すぐに力になれずに、自分が情けなく、申し訳なくなります。

声なき人の声になる、テクノロジーの発達と早く身近になって利用できるようになることを切に願います。

また、とても難しいことは察しますが、こうした人たちについてこそ、研究が進むことも願います。

AIが見落としている知的障害の人の声。見えない排除を考える

(チャーリー)

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