山上徹也被告は不遇だったが「安倍氏は関係ない」元首相銃撃公判 検察側の冒頭陳述詳報

山上徹也被告を乗せて奈良地裁に入る車両=28日午後、奈良市(川村寧撮影)

令和4年7月の安倍晋三元首相銃撃事件で、殺人などの罪に問われた山上徹也被告(45)の裁判員裁判の初公判が28日、奈良地裁で行われた。被告の母親が旧統一教会(現世界平和統一家庭連合)に傾倒したことに安倍氏は何ら関係がないとして、「旧統一教会に対する批判を高めるためだけに殺害を企てた」と動機を指摘した検察側の冒頭陳述は次の通り。

犯行に至る経緯

被告の母親は平成3年、旧統一教会に入信。多額の献金を続けたことで、親族との間で衝突が起き、家庭が安息の場所ではなくなった。

高校卒業後、大学進学を断念。14年に海上自衛隊に入隊したが適応できず、その後、母親が自己破産していたことを知った。17年に自殺を図り、自衛隊を退官した。

21年には、旧統一教会側と母親との間で献金の一部を返金することを合意。計5千万円を月々数十万円程度の分割で返金するとの内容で、被告も毎月約10万円を受け取っていた。

24年に通信制大学に入学するも、約1年で除籍。派遣社員などの職を転々とした。自分自身が思い描いていたような人生を送れず、それは旧統一教会が原因だと考えるようになり、旧統一教会への恨みを募らせていった。

27年には、多額献金などを恨んでいた兄が自殺。被告は旧統一教会への恨みをさらに募らせ、統一教会の最高幹部(韓鶴子総裁)を殺害しようと考えた。

令和元年10月、来日中の韓総裁を火炎瓶で襲撃しようと愛知県に行ったが断念した。これを受けて、より確実に殺害するには拳銃が必要だと考え、2年10月に拳銃の入手を試みたものの、失敗。銃を自作するしかないと考え、同年12月以降、手製パイプ銃や黒色火薬などの製造を始めた。

被告は、インターネットのサイトを参考に、弾丸を発射する仕組みの手製パイプ銃を製造することを計画。ホームセンターやインターネット通販で材料を購入した。パイプ銃を延べ約10丁製造。一部は解体され、現存するのはそのうち7丁。

3年12月~4年6月、奈良市内の山中にある資材置場でベニヤ板に向けて発射し、その様子を動画で撮影した。2~3メートルの距離から発射し、厚さ20~30ミリのベニヤ板を貫通する威力があることを確認した。

被告は4年6月ごろ、当時の勤務先を退職して無職となった。金銭に余裕がある早期のうちに襲撃を実行しなければ、生活が行き詰まってしまうので、それまでに旧統一教会の最高幹部の襲撃を実行しなければならないと考えた。

ところが、新型コロナウイルス禍で来日する見通しが立たず、最高幹部を襲撃対象とするのを断念した。被告は安倍氏が旧統一教会の友好団体にビデオメッセージを送っていたことをインターネットで知り、旧統一教会と関係があると考えていた。そこで、元首相として非常に著名である安倍氏を襲撃の対象とすれば、旧統一教会の活動実態に社会の注目が集まり、旧統一教会に対する批判が高まるなどと考え、安倍氏を銃撃することにした。

山上徹也被告

犯行前後の動き

被告は安倍氏銃撃後、それが旧統一教会に関連したものであることを世間に明らかにするため、教団関連施設が入るビルの銃撃を計画した。

(事件前日の)7月7日午前4時ごろ、パイプ銃で1回発射し、ビルの外壁などに命中させて損傷させた。

同日、安倍氏を銃撃するため、パイプ銃をバッグに隠して新幹線などを乗り継ぎ、岡山県内で行われた応援演説の会場へ行った。しかし、安倍氏に近付くことができず、銃撃することができなかった。

その日の夜、岡山から帰宅する途中でインターネットを閲覧し、翌7月8日に奈良市内の近鉄大和西大寺駅前で応援演説を行うことを知り、その際に銃撃することを決意した。

事件当日の7月8日、被告はパイプ銃をバッグ内に隠し、自宅から電車で駅まで行き、午前10時ごろから、付近のビルや路上から現場付近の状況を確認し、犯行の機会をうかがった。

午前11時半ごろ、安倍氏の死角となるロータリーから背後に歩み寄り、まず、後方約6・9メートルから散弾1発を発射。さらに安倍氏へ歩み寄り、振り向いた安倍氏に対し、約5・3メートルから散弾1発を発射した。

安倍元首相が銃撃され死亡した事件の初公判のため、奈良地裁に入る山上徹也被告を乗せたとみられる車列=28日午後1時18分

情状について

刑事裁判では、「行為責任の原則」という考えがある。刑の重さは犯行の態様、結果、動機などの犯罪自体に直結する事実により量刑の大枠を決定するべきとされている。

この裁判では、被告の生育歴、特に母親の旧統一教会への多額献金などが被告の生活に与えた影響、それに起因する経済的困窮やそれらが被告の人生に与えた影響などをどの程度考慮すべきかという点が問題になる。

検察官は、被告の母親が旧統一教会に傾倒していたこと、それによって被告らが不遇ともいえる生い立ちであったこと、被告が襲撃の対象に安倍氏を選んだ動機も含め、証拠上認められる事実関係について争うものではない。

ただし、不遇な生い立ちを抱えながらも犯罪に及ばず生きている人も多く、生い立ち自体は犯罪事実に直接関係する事実ではなく、あくまで一般情状。被告はプライドの高さ、対人関係の苦手さという自身の性格などから転職などを繰り返し、自分が思い描いていた人生を送れていないと考えていた。

そして、人生に対する失望感や挫折感、周囲に対する不信感や敵意、自身の不遇さを自己責任とみなされる不満や憤りが募り、それらを母親が所属する宗教団体に向けようと考え事件に至ったものだ。

母親の旧統一教会問題が事件と関係があること自体はその通りだと考える。しかし、不遇な生い立ちにより犯罪を踏みとどまれなかったということではなく、生い立ち自体は被告に対する刑罰を大きく軽くするものではないと考える。

最後に、この裁判で特に注目、考慮してもらいたいことに言及する。

事件の被害者は一人であるものの、聴衆などの生命に被害が出ても全くおかしくない状況だった。元首相が参院選の応援演説の最中に白昼堂々、大勢の聴衆が見守る中で手製銃により殺害されたという、わが国の戦後史において前例を見ない極めて重大な結果、社会的反響をもたらしている。

被告の母親が旧統一教会に傾倒したことやそれによる不遇とも言える生い立ちに関し、安倍氏は何ら関係がない。被告もそのことを認識していたにもかかわらず、単に旧統一教会に対する注目を集め、旧統一教会に対する批判を高めるためだけに被害者の殺害を企てた。計画性、危険性の高さは目を見張るものがある。

裁判員のみなさまには、ぜひこのような事情を意識して、この後の証拠の取り調べを見聞きしていただきたい。

弁護側の冒頭陳述詳報

関連記事: