伊藤詩織さん会見、懸念唱えたかつての「伴走者」に謝罪なく…映像使用の正当化に終始
ジャーナリストの伊藤詩織さんが、自身の性被害をテーマに監督した映画「ブラック・ボックス・ダイアリーズ」を巡り15日に行った記者会見は、「取材源の秘匿」の原則を破ったと問題視される映像使用の正当性を終始訴える内容となった。性被害訴訟で伊藤さんの代理人を務め、映画の倫理的懸念を指摘し、自身の映像も無断で使われたとする西広陽子弁護士への批判が展開され、謝罪の言葉はなかった。
「弁護士の仕事に専念を」
会見は日本外国特派員協会で行われた。もともと今年2月に予定されていたが、伊藤さんの体調不良を理由に延期されていた。当時、伊藤さんはコメントを発表し、「映像を使うことへの承諾が抜け落ちてしまった方々に、心よりおわびする」と釈明していた。
この日の会見には、かつて伊藤さんを支援し、今は伊藤さんの映画や姿勢を問題視する女性ライターやジャーナリストらも駆け付けた。そうした人たちを前に、司会者は冒頭こう述べた。
「倫理的ルールは弁護士側にも問題があるのではないか。弁護士は弁護士の仕事に専念してもらえばいい」
「いろいろな報道機関が誤った情報を広げた。許諾を得られず調査報道することはある。やくざや電力会社の犯罪について許諾を取って報道したか」
伊藤さんも「こうしてジャーナリストの皆さんと話をすることが最初は怖かった。弁護士は事実でないことを話され、それが広まった」と問題視した。
記者会見するジャーナリストの伊藤詩織さん「外部の人は特定できない」
伊藤さんは過去に元TBS記者から性暴力を受けたとして提訴。担当警察署が準強姦容疑で逮捕状を取ったものの執行しなかった経緯が一部で報じられた。映画は、捜査員や性被害に直面した女性記者らの理解を得ながら真相を解明する過程や心の葛藤を描いた。60カ国で上映され、6月には優れた報道番組などに贈られる米ピーボディ賞を受賞した。
映画を巡っては、伊藤さんの取材に協力した捜査員の音声や現場となったホテルの防犯カメラの映像が無断で使用された、と問題となった。音声や映像には一定の加工が施され、伊藤さんは会見で「外部の人が特定することはできない」と主張した。
記者から、捜査員が誰か警察組織内で特定される懸念があると問われると、伊藤さんは「よくわからない」と述べ、笑いながら、音声や映像の使用は「(性暴力)サバイバーとしての権利だ。なぜ逮捕が阻止されたのか、知る権利がある」と語った。
日本公開が遅れたのは…
自らの映像を無断使用されたと訴える西広弁護士は、もともとは伊藤さんの代理人として約8年間、訴訟に「伴走」した人だ。昨年6月、伊藤さんと映画の素材を視聴し、問題を把握。10月に会見し、映像の目的外使用への懸念を訴え、問題部分の修正を求めた。西広弁護士と打合せする様子も無断で録音・録画されていたといい、映画の日本版で西広弁護士はモザイクをかけられた状態で登場している。
記者会見するジャーナリストの伊藤詩織さん(右から2人目)日本版は今月12日に劇場公開された。
会見に同席した映画プロデューサーのエリック・ニアリ氏は「日本の企業が自己検閲で政府との関係などを考慮し、配給しないと判断した(から公開時期が遅くなった)のではないか。弁護士が会見し、さらに複雑になった」と述べ、西広弁護士側に責任があると主張した。
伊藤さんも西広弁護士について「事実でないことを話し、それが広まった。ファクトチェックもない。非常に残念だ」と述べ、矛先を記者席に向けた。
東京・望月記者と応酬
「特に1人の記者は、(映画が)被害者の勉強会を許可なく利用したと言った。それは完全なウソ。望月さん。いらっしゃいますね。東京新聞は見出しを修正したが、ウェブサイトでずっと載っていた。なので事実ではないことが広がり、日本上映が難しくなった」
伊藤詩織さんの主張に反論する東京新聞の望月衣塑子記者名指しされた東京新聞の望月衣塑子記者は、今年1月14日、映画について「女性記者たちが性被害などを語った非公開の集会の映像が、発言者の許諾がないまま使われていた」とオンライン記事を書いていた。
この記事を伊藤さんは問題視し、「発言者のうち性被害について語ったのは、女性1人で、この女性から映像使用について承諾を得ている」と望月記者を提訴した。その後、取り下げた。
会見で望月記者は「見出しは確かに誤読させたとして修正した」と発言し、「それ以上に勉強会で多くの人から許諾を得ず、その後トラブルになったことも報じている」と指摘。「西広さんをはじめ、攻撃的な話ばかり。傷つけた人に何を思うのか」と尋ねた。
伊藤さんは「見出しは変えた…しかし、(見出しは)間違っていた。これはサバイバーの勉強会ではなかった」と再反論。
望月記者が「ひどい。あまりにもひどい」と記者席で漏らすと、伊藤さんは「わーお。私、西広さんには4回も謝罪していますよ。4回も」と語った。
西広氏側「謝罪の事実ない」
西広弁護士の代理人を務める佃克彦弁護士は産経新聞の取材に対し、伊藤さんが口にした「4回の謝罪」について、「そのような事実はない。謝罪したというならいつどうやって謝罪したのか具体的に言うべきだ。こちらは反証できる」と語った。伊藤さんと西広弁護士が面会したのは昨年7月が最後だったという。
伊藤さんは会見で、「今年に入ってから、修正版を弁護士に見せようと4回アプローチしたが、毎回断られた」とも語ったが、佃弁護士によれば、伊藤さん側からの修正版に関する連絡は今年10月17日が初めてで、かつ、修正「部分」を見せるものだったという。
会見の最後に、元TBS記者と関係が深かった安倍晋三元首相の暗殺について伊藤さんに感想を求めるやり取りが行われ、司会者が終了を告げた。(奥原慎平)