「誘拐されて抵抗できず妊娠した」「気がついたら戦場にいた」 元子ども兵の女性が歩む再生への道のり

「気がついたら戦場にいた。埋葬されない死体が転がっている、そんな場所だった」

【映像】「息子と離れるの?」元子ども兵の女性、涙の瞬間

 アフリカ東部ウガンダでは、反政府武装勢力LRA(神の抵抗軍)と政府軍が20年以上にわたって戦闘を繰り広げた。LRAは3万人以上の子どもを誘拐し、男子を戦闘に駆り出し、女子を兵士と強制結婚させた。その後、LRAは隣国に潜伏し、今もなお子どもの誘拐を続けているという。

 2023年、中央アフリカからウガンダへ、140人あまりの元兵士とその家族が帰還した。その中に、パスカリーナ(25)の姿があった。コンゴ民主共和国出身の彼女は、2009年に誘拐され、約15年間を戦地で過ごした。「女の子は30人、男の子は20人誘拐され、私たち女の子は兵士の妻としてあてがわれた。誘拐された大人は水汲みを命じられ、全員殴り殺された」。パスカリーナはそう凄惨な過去を振り返った。

 「誘拐されてからは抵抗できずに妊娠した。赤ん坊が乳離れしないうちにまた妊娠した。出産して2週間後、草刈りをしていると銃声が聞こえた。コンゴ兵による襲撃だった」。息子の姿はなく、寝ていたはずの幼い娘は両手を広げた状態で木に釘付けにされ死んでいたという。夫のキラマも内輪もめで命を落とし、コンゴ兵に連れ去られた長男とは生き別れになった。

■「自分で人生を選べたことなんてこれまでない」自立への葛藤

 ウガンダに身寄りのないパスカリーナたち元子ども兵は、日本のNPO法人「テラ・ルネッサンス」の支援施設で洋裁や木工などの職業訓練を受けている。2005年からウガンダで活動を続ける同団体の小川真吾さんは、「長い間拘束され、命令に従う中で『自分が何を言っても受け入れられない』というマインドが染み付いている。特に女性はその傾向が強い」と、彼らが抱える深い心の傷を指摘した。

 パスカリーナは、すでに現在の夫となっていた元子ども兵のジョンソンを伴い、亡き元夫・キラマの故郷であるウガンダのアチョリの村を訪れた。ジョンソンはキラマの子どもたちの面倒を見ており、末っ子はジョンソンとの間に生まれた子だった。村人たちは「神の御心に従って彼女と子どもたちを歓迎する」と温かく迎え入れた。

 しかし、パスカリーナの心には葛藤があった。「自分を愛してくれる人はどこにもいない気がする。両親も死んでしまって故郷に帰る場所はない。自分で人生を選べたことなんてこれまでない」。施設での訓練を通じ、自立への道を模索し始めた彼女は、夫との関係に悩み始める。

「私は自分の人生を生きたい。誰にも強制されたくないの。元LRAの男たちと一緒にはいられない。たとえ夫であろうと、LRAを思い出し、平穏は訪れない」

 ジョンソンは「お前がコンゴに戻ろうが、子どもがいる限り血縁関係は永遠に続くんだ」と引き留めるが、パスカリーナの自立への意志は固まっていった。

■離れ離れになった長男との再会、そして「自分の道」へ

 そんな中、コンゴにいる兄から「元夫の親族が交通費と婚資を払えば、長男オラニャを国境まで連れて行ける」との連絡が入る。パスカリーナと小川さんたちは国境の町アルアへ向かい、生き別れていた長男オラニャと再会を果たした。

 しかし、パスカリーナの一族であるコンゴの親族側が、伝統に則り「子どもたちに対する牛9頭」や「パスカリーナが受けた苦難への代償」など多額の金銭を元夫の親族に要求。ウガンダの親族には支払う余裕がなく、交渉は決裂の危機に陥る。「お金が足りないなら息子をコンゴへ連れ帰る」と告げるコンゴの親族に対し、パスカリーナは「こんなのだめ。私は私の道を行く。こんなことで息子と離れないといけないの?」と涙ながらに嘆いた。そこでテラ・ルネッサンスが緊急措置としてウガンダの元夫の親族を資金面でサポートし、費用の一部を支払ったことで、無事に長男を自分のもとに連れ帰ることができた。

 後日、小川さんがパスカリーナの新居を訪れると、そこには夫ジョンソンと離れ、自らの手で子どもたちと暮らすことを決意した彼女の姿があった。「ここでビジネスをするわ。庭をきれいにして、ベッドと花を置きたい。(夫には頼らず)大人は私一人で子どもたちと暮らしていくし、心の慰めが欲しいの」。

 庭を手入れしながら、パスカリーナは穏やかな顔で語った。

「アチョリの土地に温かく迎えられ、人間としての自由を感じている。LRAには道がなかった。私を愛してくれる人たちがここにいる。だから大丈夫。私の人生も、子どもの人生も」

 過酷な戦場を生き抜き、自らの意志で人生を選び取った元子ども兵パスカリーナの、新たな人生が始まろうとしている。

(ABEMAドキュメンタリー)

関連記事: