円の安全資産としての地位に疑念、金に資金向かう動き-円安に拍車も

世界的な不安が高まる局面で安全資産と見なされてきた円の地位を巡り、懐疑的な見方が広がっている。これにより、今週8カ月ぶりの安値を付けた円の下落に拍車がかかる可能性がある。

  投資家は数十年にわたり、金融危機や地政学的な緊張など、市場が混乱するたびに円を買ってきた。日本が巨額の経常黒字を持ち、政治的に安定し、国内に大きな投資家基盤を抱えていることが、リスク資産が急激に値下がりする際のセーフヘイブン(安全な避難先)としての信頼を支えていた。

  しかし、そうした投資動向が今、揺らいでいる。円がヘッジ手段としての一貫性を失いつつある上に、主要通貨を避けて金(ゴールド)に資金を振り向ける動きも広がっているためだ。

  自民党総裁選で保守派の高市早苗氏が予想外に勝利し、円は今週、対ドルで節目の150円を超え、9日には153円を突破して売りが一段と進んだ。

  シュローダー・インベストメント・マネジメントのアジア担当マルチアセット投資責任者、近藤敬子氏は、これまでリスク回避が強まる局面ではヘッジの観点から円を買い持ちにすることもあった。以前のサイクルでは円はかなり信頼できる存在だったと述べた上で、現在はコストが高く、信頼性も低いためあえてそうしたヘッジを取りたい理由があまりないと指摘した。

    円の地位の変化は、相関関係の大きな転換にも表れている。最近では円が米S&P500種株価指数と正の相関関係になる局面が見られた。つまり、円は、グローバルなリスク資産買い局面で上昇し、リスク資産売りで下落するという、ヘッジ資産であれば本来が示すべき動きとは逆方向に動いたことになる。

  相関関係が崩れた一因は、日本特有の金融環境にある。日本銀行は、主要国の中で唯一、引き締め方向のバイアスを維持。他国が利下げに転じつつある中で異例だ。ただし、金融政策の正常化ペースは極めて緩やかで、景気刺激を重視する高市氏は金融緩和を支持している。 

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  シティグループのウェルスマネジメント部門でアジアの投資戦略責任者を務めるケン・ペン氏は「もはや円をリスクのバロメーターとして使うことはあまりない」と明らかにした。

  円は「日銀がどの程度利上げするか、そして日本のリフレーションと成長が続くかどうかという市場の見方を反映する存在になっている」という。

  シカゴ・オプション取引所(CBOE)ボラティリティー指数(VIX)、いわゆる恐怖指数に対する円の相関係数(30日)は負の相関関係に転じ、円が従来期待されていた方向にもはや動いていないことを示している。

キャリートレード

  オプション市場の動きも注目される。ドル・円のインプライドボラティリティー(IV、予想変動率)の大幅な低下は、ヘッジの必要性が薄れていることを示唆する。

  一方で、ドル・円の上昇・下落方向それぞれのヘッジ需要を測るリスクリバーサルは上昇しており、円安方向へのポジション需要が高まっている。

  日本の10年国債利回りは今週、1.7%近くに上昇したものの、ドル資金調達コスト(4%強)と比べると依然として大幅に低い。年初来の円はG10通貨の中で最もパフォーマンスが悪い部類に入り、対ドルで一時3%上昇したものの総じて軟調だ。

  米商品先物取引委員会(CFTC)の最新データによれば、資産運用会社は4月後半以降、円買い越しを約40%減らし、ヘッジファンドは円をショート(売り持ち)にしている。

  一方、他のヘッジ手段に注目が集まりつつある。ゴールドマン・サックス・グループやバンク・オブ・アメリカ(BofA)のストラテジストによると、スイス・フランは円よりも信頼性の高い低コストのヘッジ手段となり得る。

  フランは今週、連日で対円で過去最高値を更新。それでも強気筋の勢いは衰えていない。金と銀、暗号資産(仮想通貨)ビットコインも人気を集めている。

  ピクテ・ジャパンの塚本卓司シニアフェローは、日本の投資家が金の購入を増やしている理由の一つは、円安がさらに進行するリスクに備えるためだと説明した。 

  とはいえ、長期的な防衛資産としての円の魅力が完全に失われたわけではない。

  三井住友銀行の鈴木浩史チーフ・為替ストラテジストは、いわゆる「高市トレード」は現段階では円安方向に傾いているが、1カ月程度で一巡するとみられ、一時的な動きと考えられていると分析。また、円が1ドル=160円に接近すれば介入の可能性も高まると想定している。

  世界的なボラティリティー低下でヘッジの必要性が薄れ、円を原資とするキャリートレードも再び活発化している。円はかつてのような安全資産としての役割から遠ざかり、投機的資金の影響を受けやすくなっている。

  アセットマネジメントOneの債券担当最高投資責任者(CIO)、清水岳友氏は、以前の日本は変わらない信頼感のある国という印象だったが、今は政治的に不確実性が高まっており、円の信頼感は低下していると話した。

不確実な相場で資産の逃避先として長らく「安全資産」とされてきた日本円。ここ最近、円の地位が揺らぎ、入れ替わるように金(ゴールド)の需要が急騰してきた。国際情勢の影響を受ける金、止まらない円安。二つの値動きの違いは、いったい何を意味するのでしょうか?ブルームバーグTVでルース・カーソン記者が解説します。

原題:Yen’s Haven Status Undercut by Gold Surge, BOJ Rate-Hike Doubts (抜粋)

— 取材協力 Rthvika Suvarna, Mia Glass, Kentaro Tsutsumi and Mari Kiyohara

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