処方薬のないASD 注目集める「困りごと軽減」の専門プログラム
肌寒い土曜の朝、自閉スペクトラム症(ASD)がある10人の若者が、車座になっていた。
「診断を受けた時、すぐに納得された方いますか」
東京都世田谷区にある昭和医科大烏山病院のリハビリテーションセンターで昨年11月初旬、作業療法士の水野健さんが尋ねると、4人が静かに手を挙げた。
メンバーのほとんどが、平日は仕事をしている20~30代だ。グループで経験を語り合い、特性やコミュニケーションスキルについて学ぶ発達障害専門プログラムを隔週で受けている。
洋平さん(仮名、24歳)は、手を挙げなかった。中学教師の仕事がうまくいかずに診断されたのは、1年ほど前のこと。「『まさか自分が』と受け入れられなかった。いまだに実感はない」と打ち明けた。
自分を客観視することが苦手なのは、ASDの特徴でもある。納得できるようになったのは、このプログラムに参加したことが大きい。
ASDには処方薬がない。特に仕事をしている大人に対しては、困りごとを軽減するための支援が乏しい中、リハビリの専門プログラムが注目されている。
連載「となりの発達障害」より、好評だった回を再掲します。
夢だった教師→半年で自主退職
洋平さんには兄がいる。幼い頃にASDだと診断されていて、軽度の知的障害もあった。「こだわりが強く、空気が読めない。自分が話したいことだけ話しちゃうタイプ」。兄の姿が、ASDのイメージだった。
勉強が得意だった洋平さんは、中学の時から教師になるのが夢だった。大学で教員免許を取り、2024年春に首都圏の中学校で働き始めた。
だが、教壇には立てなかった。先生を相手にした模擬授業で、「まだ授業を任せられない」と言われたからだ。教材がうまくまとめられなかった。予測できない質問の答えに窮し、臨機応変な時間配分もできなかった。
仕方なく、倉庫の備品管理などの雑用を担うようになった。ある日、時間を勘違いして大遅刻してしまい、管理職から「メンタルクリニックに行ってみたら」と勧められた。
スクールカウンセラーが受診先として紹介してくれたのが、大人の発達障害専門外来がある烏山病院だった。
周囲は自分に「違和感」を抱いていたのだと思う。でも当時は気づかなかった。
夏ごろ、校長に声をかけられた。「学校として、何のために雇っているのか分からなくなっている」。きつい言い方ではなかったが「これ以上いられると困る」と…