競馬記者が見たアニメ『ウマ娘 シンデレラグレイ』(13)「日本一」

アニメ『ウマ娘 シンデレラグレイ』第13話。タマモクロスに敗れたオグリキャップは敗因をいくつか挙げ、「それとも勝利への渇望か?」と思った Ⓒ久住太陽・杉浦理史&Pita・伊藤隼之介/集英社・ウマ娘 シンデレラグレイ製作委員会 Ⓒ Cygames,Inc.

競走馬をモチーフとしたキャラクター、オグリキャップが主人公のTBS系アニメ『ウマ娘 シンデレラグレイ』(日曜後4・30)が放送中だ。地方・笠松競馬からはじまったオグリキャップのレースをリアルタイムで見てきた競馬記者が、毎週の放送に合わせて史実のオグリキャップやライバルたちの動向、実在の騎手、調教師、厩務員、調教助手、馬主、生産者らの言動を振り返ってオグリキャップの実像を紹介し、アニメ『ウマ娘 シンデレラグレイ』と重ね合わせていく。

※以下、アニメ『ウマ娘 シンデレラグレイ』のネタバレが含まれます。

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世紀の〝芦毛対決〟がついに決着を迎えようとしている。

われわれの住む現実世界の1988年10月30日に行われた天皇賞(秋)でも、誰もが期待し、誰もが頭に描いた名勝負が直線の坂を上がってから展開された。10月31日付のサンケイスポーツ(東京版)で水戸正晴記者はこうつづった。

<98回を数える天皇賞。いや130年に及ぶ日本競馬にもかつてなかった芦毛同士の一騎打ちだ。全サラブレッドの僅か6%しかいない芦毛馬。その少数派の両馬タマモクロスとオグリキャップが雌雄を決すべく、全勢力をふりしぼっての「攻」と「防」だ。恐らく今後とも見られないであろう芦毛同士のマッチレース。満天下をゆるがすほどの大声援がスタンドにこだまするのも当然だ。>

東京競馬場に居合わせた筆者も、あらん限りの声を振り絞ってオグリキャップを応援していた。水戸記者は続ける。

<そして、その結果はドラマチック。逃げるレジェンドテイオーをかわし、終始2番手につけていたタマモクロスが先頭に立つ。府中名物の坂を上りながらラスト400メートルの地点だ。インから通りやすい外に持ち出したオグリキャップとの差は約5馬身。鞍上・河内騎手は必死の形相で攻め立てる。4馬身、3馬身、2馬身。追撃のさまは前走、毎日王冠決勝時そのままの鋭さだ。

しかし、相手がこれまでの馬と違っていた。春、天皇賞、宝塚記念を圧勝。古馬の頂点に立った〝ビッグホワイト〟だ。ゴールまであと50メートル。やっとの思いで1馬身差まで詰め寄ったが、そこで精根つきはてる。「抜かれてたまるか!」。南井騎手のゲキが飛ぶと再び差を広げ、1馬身1/4差をつけてタマモクロスがゴールに飛び込んだ。これで盾春秋連覇、3連続GⅠ勝ちの新記録達成だ。>

アニメでは、オグリキャップのトレーナー・六平(むさか)銀次郎がゴールまであと50メートル付近で隣にいるベルノライトに「ここまでだ。オグリはもう限界を超えている」と伝えた。「その証拠に真っすぐ走れていない」と。対照的にタマモクロスは限界を超えてもなお、能力を発揮し続けた。マルゼンスキーとともにレースを観戦していたシンボリルドルフがつぶやく。

「ようこそタマモクロス。『領域(ゾーン)』へ」

それはかつてシンボリルドルフ自身も味わった体験だった。

アニメ『ウマ娘 シンデレラグレイ』第13話。タマモクロスとオグリキャップの芦毛対決に、シンボリルドルフ(左)は「今後、未来永劫誰も『芦毛は走らない』とは言うまい」とつぶやいた Ⓒ久住太陽・杉浦理史&Pita・伊藤隼之介/集英社・ウマ娘 シンデレラグレイ製作委員会 Ⓒ Cygames,Inc.アニメ『ウマ娘 シンデレラグレイ』第13話。タマモクロス(右)が先頭でゴール。左はオグリキャップ Ⓒ久住太陽・杉浦理史&Pita・伊藤隼之介/集英社・ウマ娘 シンデレラグレイ製作委員会 Ⓒ Cygames,Inc.

東京競馬場で展開された天皇賞(秋)をゴール前付近で見ていた筆者は、外から伸びてきたはずのオグリキャップが、タマモクロスよりも内側でゴールしたことを鮮明に覚えている。『2133日間のオグリキャップ 誕生から引退までの軌跡を追う』(有吉正徳・栗原純一、ミデアム出版社)が伝える。

<オグリキャップは河内の予想通り、むしろそれ以上の末脚を使った。競走馬は限界を超えると、真っすぐ走れなくなる。タマモクロスを外からかわそうとしたオグリキャップはいつの間にかその内側に入ってしまうほどインによれていた。>

シンボリルドルフを管理していた野平祐二調教師は、サンケイスポーツの観戦記「祐ちゃんの目」でタマモクロスと手綱を取った南井克巳騎手を絶賛した。

「ふつうは前に行っても、直線では後続が来るのを待ってから仕掛けるのです。ところが、きょうの南井騎手は他の馬はまったく眼中になかったかのようなレース運びでした。馬の強さを信じ切っていたのでしょう」

アニメで、タマモクロスは「領域(ゾーン)」に入る直前、幼年時に「つらい時こそ腕を振れ、脚を高く上げろ」と教えてくれたおっちゃんへ心の中で言う。「約束したやんな。強くなるって。家族にカッコイイとこ見せたるって。日本一になるって!」。オグリキャップの追撃を封じてGⅠ3連勝を決めたタマモクロスは、病床に伏しているおっちゃんへ「見とるか。日本一や!」と胸を張った。

アニメ『ウマ娘 シンデレラグレイ』第13話。病床に伏しているおっちゃんは、タマモクロスが勝って手を挙げているところをテレビを見ていた Ⓒ久住太陽・杉浦理史&Pita・伊藤隼之介/集英社・ウマ娘 シンデレラグレイ製作委員会 Ⓒ Cygames,Inc.

史実でタマモクロスの活躍に救われたのは生産者だった。タマモクロスと、その妹で88年11月のエリザベス女王杯を勝つミヤマポピーを生産した錦野牧場はその時、存在していなかった。大きな負債をかかえていたため、牧場は人手に渡っていた。

東京都内に移って生計を立てていた元牧場主の錦野昌章さんは天皇賞(秋)を、母のキミさんと長男の3人で札幌市内のホテルで観戦した。体を悪くして仕事を続けられなくなった母を室蘭から呼び寄せるため、東京競馬場へ行くのをやめて札幌へ。テレビでの観戦とはいえ、母と初めて一緒にタマモクロスを応援することができた。生産馬が勝ち星を積み重ねるたびに錦野さんをはじめ、母、妻、3人の子供に生きる勇気と望みを与えた。「あの馬のおかげで、また家族が一緒に住めると思うと、それだけで胸がいっぱいになります」と錦野さんは語っていた(10月30日付サンケイスポーツ東京版)。母キミさんは「もう(牧場経営には)未練はないんですよ。私は家族が一つ屋根の下に住めれば、それで十分。タマモクロスの思い出は、そっと心の奥にしまっていきます」と語って手を合わせたという(31日付同)。

アニメでベルノライトが独白する。

「この日、みんなの心のどこかで思い描いていた。地方から現れた怪物が、中央の猛者を蹴散らして、現役最強のタマモクロスさえ打ち破る。なんとなく、そう思い描いていた」

1988年10月30日、東京競馬場でオグリキャップが中央で初めて負けたことを悔しがった筆者もベルノライトと同じことを思っていた。同時にタマモクロスの強さを痛感しながら、オグリキャップがリベンジを果たす日が必ず訪れるはず、とも。そして後日、気付くのだ。この敗戦は、オグリキャップが国民的アイドルホースになるために必要なものだったのだ、と。

タマモクロスとのライバル関係は続くし、海外から新たな強敵もやってくる。オグリキャップは、どう立ち向かっていくのか--。頂点を極める苛烈な争いを10月から始まる第2クールではどう描くのだろう。放送が待ち遠しい。

アニメ『ウマ娘 シンデレラグレイ』第13話のラストに登場したのは、米国サンタアニタレース場にいるウマ娘。新たなライバル登場か!? Ⓒ久住太陽・杉浦理史&Pita・伊藤隼之介/集英社・ウマ娘 シンデレラグレイ製作委員会 Ⓒ Cygames,Inc.

■鈴木学(すずき・まなぶ)サンケイスポーツ記者。シンザンが3冠馬に輝いた1964年に生まれる。慶応大卒業後、89年に産経新聞社入社。産経新聞の福島支局、運動部を経て93年にサンケイスポーツの競馬担当となり、ビワハヤヒデ、ナリタブライアン兄弟などを取材。週刊Gallop編集長などを歴任し現在に至る。サイト「サンスポZBAT!競馬」にて同時進行予想コラム「居酒屋ブルース」を連載中。著書に『史上最強の三冠馬ナリタブライアン』(ワニブックス)。

第98回天皇賞・秋のゴールシーン。1着9番タマモクロス(左、南井克巳騎手)、2着1番オグリキャップ(中央、河内洋騎手)=1988年10月30日、東京競馬場

★第2クール予告PV

https://youtu.be/nWpDJ5GwzBg

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