マンタの3種目が正式に認定される
長らくマンタは「1種類」しか存在しないと考えられていたが、2009年に2種類に分類され、大きな注目を集めた。オニイトマキエイとナンヨウマンタだ。
そして今、さらなる発見が科学者たちの長年の努力によって実を結んだ。
2025年7月26日、新種のマンタ「モブラ・ヤラエ(Mobula yarae)」が正式に3種目に認定されたのだ。
この発見は、マンタを2種に分類した研究者の、15年にわたる根気強い調査のたまものだ。
長年、世界に生息するマンタは1種類だけと考えられてきた。
しかし2009年、アメリカ出身で、海洋大型動物財団(Marine Megafauna Foundation、MMF)の共同設立者の海洋生物学者、アンドレア・マーシャル博士が、これを「ナンヨウマンタ(Mobula alfredi)」と「オニイトマキエイ(Mobula birostris)」の2種に分類し、マンタ研究を一変させた。
そして博士はさらに踏み込んだ予測を記していた。「大西洋には、まだ発見されていない第三の種が存在するはずだ」と。
この予測は当時、突飛なものと受け止められたが、彼女には確信があった。
自ら水中で撮影した無数のマンタを、1匹ずつ手描きでスケッチしながら特徴を記録し、既知の2種を“身体で覚える”ほど観察し尽くしていたのだ。
この画像を大きなサイズで見るモザンビークのトフォでデータを処理するアンドレア・マーシャル博士(左)。マーシャル博士はマンタ研究の先駆者であり、世界で初めてマンタに関する博士号を取得した人物である。Marine Megafauna Foundationそしてある日、メキシコ・ユカタン沖でダイビング中に、未知のマンタと出会う。その姿は、既知のどちらの種にも当てはまらなかった。
マーシャル博士は、メキシコでの発見後すぐに調査範囲を拡大。2009年から2010年にかけてブラジルを訪れ、現地の研究者アナ・パウラ・バルボニ・コエーリョ氏と協力した。
アナ氏が網から救出したメスのマンタの映像を見せたところ、博士は即座に「これはオニイトマキエイではない」と断言した。
色合いや模様、体型の違いを詳しく分析するうちに、新種である可能性が高まった。これにより、未知のマンタはメキシコだけでなく、ブラジルにも広く分布していることが判明する。
この画像を大きなサイズで見るアンドレア・マーシャル博士は、メキシコのユカタン半島沖でダイビング中に、マンタの3番目の種が存在するかもしれないと初めて気づいた。Photo: Janneman Conradie新種と認定するには、「ホロタイプ」と呼ばれる新種の記載の基準となる代表標本が必要だ。
しかし、なかなか漁業にかからず、研究者たちは2009年から8年にわたって標本探しに苦しんだ。
転機が訪れたのは2017年のこと。
MMF(海洋大型動物財団)で活動し、フロリダマンタプロジェクトの創設者でもあるジェシカ・ペイト氏に、フロリダ州ポンパノビーチから「岸にマンタが打ち上がっている」との連絡が入った。
駆けつけた彼女が見たのは、若いメスのマンタだ。体長2.4mで外傷もなく状態は良好だった。そしてその模様は、新種とされる個体と一致していたのだ。
「これは、まさに探していた個体だ」
この1匹が、学術的に新種を認定するための“ホロタイプ標本”となった。
この標本は保存処理のうえでスミソニアン博物館に収蔵され、ついに2025年7月26日、「モブラ・ヤラエ(Mobula yarae)」として正式に認定された。
学名の「ヤラ」は、ブラジル先住民の神話に登場する水の精霊で、川や海に現れる美しい人魚のような存在だ。
ブラジル沿岸でもこのマンタが確認されたことに加え、その優雅で神秘的な姿が「ヤラ」のイメージと重なることから、この名が選ばれたという。
この画像を大きなサイズで見る新種記述のためのホロタイプ標本となるマンタを測定するジェシカ・ペイト氏とサラ・ホフマン氏 Photo: Bethany Augliereモブラ・ヤラエは、他の2種と外見が非常に似ている。だが、細部を見ればその違いがわかる。
この画像を大きなサイズで見る左:オニイトマキエイ(Mobula birostris):a(背側)、d(腹側)、中:ナンヨウマンタ(Mobula alfredi):b(背側)、e(腹側) 右:モブラ・ヤラエ(Mobula yarae):c(背側)、f(腹側) Photos: Leo Francini a; Guy Stevens | Manta Trust b, e; Rawany Porfilho c; Mauricio Andrade d; and Nayara Bucair f- 肩の模様:背側(写真c)を見ると、ヤラエの肩には太くはっきりとしたV字型の白い模様がある。一方、オニイトマキエイ(写真a)の肩模様は細く縦に近いT字型で、印象がまったく異なる。
- 顔の色:腹側(写真f)を見ると、ヤラエは目や口のまわりが明るく、体全体も淡い色調をしている。オニイトマキエイ(写真d)やナンヨウマンタ(写真e)と比べて、より柔らかく優しい印象を受ける。
- 腹の斑点:ヤラエの斑点(写真f)は腹部の中央に集中しており、鰓(えら)部分までは広がっていない。対照的に、ナンヨウマンタ(写真e)は鰓のあたりまで点々と斑が伸びているのが特徴的だ。
- サイズ:ヤラエは最大で5〜6mまで成長すると考えられているが、現在確認されているのは若い個体が中心で、多くは沿岸の浅い海域で目撃されている。
外見だけで見分けるのは難しく、長年「オニイトマキエイに似たもの」として仮分類されていたが、遺伝子解析によって明確に別種であることが裏付けられた。
モブラ・ヤラエは、既存のオニイトマキエイから比較的最近分化した種であることが遺伝子解析から明らかになっている。
つまり、このマンタは今まさに進化の最中にある可能性が高いという。
ペイト氏は「私たちは進化をリアルタイムで見ている」と語る。大型海洋生物の新種発見は極めて稀であり、その進化過程まで観察できるのはさらに珍しい。
この発見は、海の生物多様性の解明において重要な手がかりとなる。
この画像を大きなサイズで見るマンタの腹部の独特な斑点模様の識別写真を撮るために潜水している、フロリダマンタプロジェクトの創設者、ジェシカ・ペイト氏 Photo: Bryant Turffsモブラ・ヤラエは、沿岸部や湾内といった人間活動が活発なエリアに多く見られるため、既存のマンタよりも大きな絶滅の脅威にさらされている。
フロリダでは、船の衝突による傷や、釣り糸による切断などが報告されている。
また、ブラジルでは、漁網にかかった個体が確認されており、特にエビのトロール漁が主要な死亡要因と見られている。
「新種として正式に認定された今こそ、この種を守るための研究と対策が必要だ」とペイト氏は訴える。現在、衛星タグによる追跡調査や分布マッピングなどが進められており、国際的な保護活動も計画されている。
「現代にまだ発見なんてあるの?」子どもたちによくそう聞かれるというマーシャル博士。だが、彼女の人生そのものが、その答えとなっている。
1種と考えられていたマンタを2種に分け、さらに自らの予測をもとに3種目の存在を証明した。
しかもそれは、メキシコ、ブラジル、フロリダ、そしてスミソニアン博物館に至るまで、国境を越えた研究者たちの協力によって成し遂げられたものだった。
モブラ・ヤラエの発見は、まだ私たちが知らない自然の秘密がまだたくさんあること、そしてそれを解き明かすために必要なのは、知りたいという情熱であることを教えてくれているようだ。
References: Third Manta Ray Species Mobula yarae Discovered in Atlantic Ocean
本記事は、海外で公開された情報の中から重要なポイントを抽出し、日本の読者向けに編集したものです。
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