きっかけは新婦のがっかりした顔。「プラスサイズのウェディングドレス」の専門ブランドをつくった理由
プラスサイズのドレスを専門とするウエディングブランドがある。
「Curvy Wedding(カーヴィ ウエディング)」では、17〜39号まで対応できるサイズ展開で、ドレスのレンタルを行っている。
プラスサイズ専用のウエディングドレスをつくることになった背景とは。カーヴィ ウエディングを展開するキクヅル(京都府舞鶴市)の代表取締役、久下幸典さんを取材した。
久下さんが、プラスサイズのウエディングドレスを作りたいと考えたきっかけは、自分に合うサイズがなく「がっかりした顔」を見せる新婦の姿だったという。
久下さんは大学卒業後、大阪のジュエリーメーカーで勤め、地元の京都・舞鶴にUターンし、父親が創業した貸衣装業のキクヅルで働くようになった。
初めは店舗での接客からスタート。ある日、プラスサイズの新婦がウエディングドレスの試着に訪れた際、合うサイズが店にないという出来事があった。がっかりした表情で「やっぱりないですよね」と話す新婦の姿を見かけたという。
新婦に合うサイズがなかった場合、ドレスメーカーのカタログを見てデザインを選び、大きめのサイズを取り寄せるという形になる。
しかし、ドレスが届いた際に再度試着に来てもらっても、カタログに載っているデザインと全然違うと、愕然とする人も少なくなかった。
例えば、カタログに掲載されているのが7号のドレスだとしたら、そのドレスの25号を取り寄せても、サイズが大幅に違うとデザインの印象や雰囲気などが違ってきてしまうのだ。
プラスサイズの体型に合わせて作ったわけではないので、着心地も悪いという声もあった。
そんな経験を何回もする間に、「どうにかできないか」と思うようになったと久下さんは話す。
「一生で一回の結婚式のためにドレスを選ぶという幸せな瞬間が、これではいけないと思いました。いつかプラスサイズのウェディングドレスを作りたいとその頃から考え始めました」
久下さんはキクヅルへの入社後、当時右肩下がりだった会社の経営をどうにかするために、約20年前、卒業式のレンタル袴のサイトを立ち上げた。
当時は袴のレンタルサイトは画期的で、初年度から大きな反響があったという。
サイトが多くの人に知られるにつれて、プラスサイズの女性からの問い合わせが増えてきた。電話でサイズの有無を聞かれるが、その当時は大きなサイズの袴はなく、断ることしかできなかった。
「ウエディングドレスで同じような経験をしていたため、どうにかしたいと思い、着物のメーカーさんに大きいサイズの着物と袴を特注で作ってもらうことにしたんです」
運営するネットレンタルのサイトにプラスサイズの袴を掲載したら、注文が相次いだ。
「こんなに困っている方がいたんだと思いました。袴にバリエーションを増やすと、年間100通くらいのお礼の手紙が届くようになりました」
手紙には、「もうどこに行ってもサイズがなく諦めていたので、ネットで見た時は歓喜しました」「憧れの袴を、よく大きいサイズで作ってくださいました」との言葉が綴られていた。
卒業生だけでなく、卒業式に出席する教員からも人気だった。
プラスサイズの袴で大きな反響を得たことで、大きいサイズのウエディングドレスをつくりたいという思いはさらに大きくなった。
転機となったのは、ウエディング業界が大打撃を受けたコロナ禍だった。
コロナ禍では、卒業式や結婚式が軒並み中止になり、「2年間くらいはどん底だった」。
しかし、逆に時間がたっぷりある状況下で「ピンチをチャンスにしよう」と、東京への出店を決めた。同時期に、ウエディングドレスメーカー「フィーロ」をグループに迎え入れることになった。
ドレスメーカーがグループ企業になったことで、自社でプラスサイズのウエディングドレスをつくりたいという構想が一気に現実に近づいた。
真っ先にドレスメーカーのデザイナーに話をし、そこから4カ月ほどで、6デザインのドレスを完成させた。
開発過程で取引先の貸衣装店などと話していた際、よく言われたのは「プラスサイズの方の来店はそんなにない」という声だった。しかしその背景には、まずウエディングドレスを着ること自体を諦めて、来店すらしていないという現実があった。
久下さんは、自分に合うサイズのドレスがない新婦の多くは「ドレスを着ることを諦めてしまう方が多い」と話す。
「たくさんのお客様から話を聞いてきましたが、『着れるドレスはまずない』『自分には無理』と思ってきたという方が非常に多いです」
欧米を中心とした海外製のドレスは、大きなサイズも取り揃えていることが多い。しかし、そこで問題となるのがデザインだという。
海外製のドレスはボディラインに沿ったものや、バストやヒップが強調されてしまうようなデザインも多い。
「海外製のドレスには胸元や背中が大きく開いたデザインのドレスも多く、日本の多くの新婦さんが希望されるデザインとは違うことが多々あります」
また、前提として海外ではウエディングドレスはレンタルではなく購入したり、オーダーメイドで作ったりすることも多いため、レンタル文化が主流の日本とは状況も違うという。
プラスサイズのウエディングドレスは、日本のドレスメーカーなど他社は未開拓の市場だった。久下さんによると、ブランドとしてプラスサイズのウエディングドレスを作ったのは「初」だという。
デザインの過程では、プラスサイズの女性約20人の協力を得て、サイズデータを取り、それを元にドレスのデザインを作成した。
「プラスサイズ」と一言に言っても、もちろん体型は人によって様々だ。バスト、ウエスト、ヒップなどのサイズや形もそれぞれに異なる。デザインの元となる型紙作成に、データや声を活かして開発を進めた。
カーヴィ ウエディングでは現在、17から39号までをカバーする4種類のサイズ展開で、カラードレスも含め18種類のデザインを取り揃えている。
結婚式では、友人や親族など多くの人たちの前に立つことになる。自信を持って大勢の前に立つことができるような、人生で最高の1着を作ることを目指した。
「その人の『らしさ』を大切にしようとよく話しているのですが、あくまで『隠す』のではなく、その人らしさを活かして可愛く見えるドレスを作ろうと心がけています」
第一弾のドレスを開発した時だけではなく、カーヴィには現在も、モニターのような形で活動をする「アンバサダー」が20人ほどいる。
商品開発に携わったり、ドレスのモデルをしたり、インスタグラムで発信したりなど、活動内容はそれぞれだが、皆「全国で諦めている女性がたくさんいる状況が嫌だ。一緒に発信したい」と強い思いを持って、参加しているという。
新作のドレスのデザインなどにも、アンバサダーの意見を多く取り入れた。
モニターからは「マーメイドドレスも着てみたい」という声もあり、今後は商品化も検討している。
プラスサイズのドレスを展開する中で、新婦の試着などを通して久下さんは「感動の現場に多く立ち会ってきた」という。
試着では、これまで他社でサイズがなかったという新婦も、ようやく自分のサイズにぴったりでデザインも好みのドレスに出会え、「本人も、付き添いの母親もびっくり」するという。
「これまでも何軒かドレスを見にいったけど、毎回帰り道は泣いて帰っていました」という声もあった。遂に自分に合ったドレスを見つけられ、試着をしながら涙を流す親子もいた。
駆け足で第一弾の6デザインを作り、2021年1月にローンチをしたが、まだ当時はコロナ禍真っ只中。人々が挙式をし始めるまでには時間がかかり、カーヴィ ウエディングも軌道に乗るまでは時間がかかった。
その間、プラスサイズの洋服ブランドの販売イベントに出店したり、アンバサダーやプラスサイズのモデルたちを通じてSNSで発信したりなど、地道に周知・営業活動を続けたという。
それまでは、キクヅル本店がある舞鶴と、コロナ禍に進出した東京・青山のサロンを拠点にしていたが、全国的に試着をしてもらいやすくするためにも、BtoBの横展開を開始した。
現在は、北海道と宮城県にもパートナーショップがあり、カーヴィのドレスを試着することができる。
各店舗には、周辺の都道府県からも多くの人が試着に訪れるという。大阪ではレンタルスペースを借り、試着ができるイベントなども実施。イベントの予約はすぐに埋まる状況という。フォトウェディング用にレンタルする人も多い。
久下さんが、前職でジュエリー業界で働いていた経験を活かし、結婚指輪のオリジナルブランドも立ち上げた。
プラスサイズの女性が百貨店などに指輪の試着にいくと、サイズがなく、「小指で試着させられて嫌だった」という声も聞いていた。13〜22号のサンプルリングを自宅で試着できるサービスも実施している。
現在は、パートナーショップの拡大で、北海道と東北、関東、関西でカーヴィのウエディングドレスの試着ができるようになった。
今後の目標は「全国10エリアほどにパートナーショップを広げること」。福岡に住む人などからも問い合わせが来るため、九州や四国などの客層にもリーチできるように拡大していきたいという。
また、韓国や台湾などアジア圏にも同様のニーズがあると考え、将来的には海外にも進出することも視野に入れている。
「体型を理由に理想を諦めることなく、みんなが幸せになることを、衣装でお手伝いできたらいいなと思っています」
ハフポスト日本版では、企画「Behind the Innovation」で、社会にイノベーションを生み出した商品やサービスを主役に、開発秘話や宣伝の裏側、込められた思いにも焦点を当てます。独自の視点で最新のトレンドを深掘りします。